■ 水上砦へ配属



長く、は息を吐き出した。今日ですべてが終わる。長い訓練は終了した。卒業の日だ。ふと、は手の中の紙を見つめた。封を切り、閉じられた紙を取り出す。目を瞑った。長く、息を吸い込み、吐き出した。パッと瞳を開ける。中に書いてある内容は、わかっている。そう緊張することはない。中に書いてある内容は、わかっているのだ。「おし」 パッと紙をひらいた。その瞬間だった。「!」「う、うおっ!?」


ぐしゃっ、と手の中の紙を握りつぶしてしまった。は片眉をつり上げながら、振り返る。「なんだよ、アレン」 同じく訓練生である青年へ、瞳を眇めた。その後ろには、グレンシールだ。ふたりとも焦りを顔に張り付けていた。アレンはともかく、グレンシールは珍しい。は首をかしげながら、彼らに顔を向ける。「、見たのか!」「なんだよ、何がだよ」 アレンは興奮したように、両手をもだもだと動かした。こいつじゃダメだ、とグレンシールを見る。彼が口を開こうとした瞬間、アレンが叫ぶ。

「訓練終了後の、俺たちの割り振り先だよ!! 俺とグレンシールがテオ様で、お前は……!!」


は瞬いた。即座に、手の中で包まれていた紙を開く。ぐるぐると瞳を動かし、いくら探したところで、テオの名はない。一文を確認した。そして唇を噛んだ。
     ・マクドールは、ソニア・シューレン部隊、水上砦、シャサラザードへ     ぐしゃり。

手の中で握りしめた紙が、ぐしゃぐしゃになって床に転がり落ちた。「ふっ、ざけんな……」
ありえない。





     どういうことですか」

目の前の女性は、すっと目を細めた。は彼女を見下ろしながら、眉間の皺を深くする。「どういうこと、とは?」「俺が、あなたの軍に配属されたってことの真意を訊いてるんです」

ソニア・シューレン。年などいくらも変わらない、この美麗の軍人は、面白げに口元を曲げ、豊かな金髪をかきあげた。お互い知らぬ仲ではない。ソニアとテオが、そういう仲に近い関係であることを、自身は認識している。彼女も同じく、遠慮のない物言いで呆れたように首を振った。「いい年をして、駄々っ子か? ・マクドール。パパと一緒の軍に入りたかったか」「そうじゃない」

いや、その意味もある。
テオ・マクドール。彼への忠誠のためだけに、彼は軍へと足を踏み入れ、また日々を過ごしてきた。いつかはその息子、・マクドールへと家督は譲られ、同じく自身も、彼を守る。ただそれだけを目標としてきた。いや、目標ではない。それがにとって、すでに“事実”に近いものがあった。

彼女に本音をつかれ、は即座に否定した。あまりにも早すぎたかもしれなかった。早すぎる否定は、肯定と同じだ。一瞬だけ息を飲み込んだ。そしてため息をつくように、言葉を漏らした。「俺は、あなたの砦には相応しくない」「ふさわしい、とは?」「俺は」 敢えて、攻撃的な言葉を使ってみようと思った。「役立たずだ」

ソニアは面白げもなさそうに、はん、と鼻から息を吐き出す。「俺は、紋章を使うことができませんよ。少し足りとも」「知っている」「あなたは、一流の軍人であると同時に、一流の紋章師でもあられる。同じく、あなたの配下もだ。     そんな中に、俺が? お笑い種ですよ。役立たずを入れて、足を引っ張らせたいですか。正直、俺はアレンとグレンシールがあなたの下に行くものだと思っていた」

人には、適材適所ってものがあると思うんですがね。
皮肉げに付け足されたのセリフを、ソニアは馬鹿馬鹿しいとでも言うように、苦笑した。「一つ訊くけれども、それは誰が?」 意味が分からない、と言うように、は瞬いた。「誰が、私の軍が、紋章を使えるものだけ集めていると言ったの」「……それは」「そんな決まりは、決めた覚えはないのだけれど」

だからと言って、彼女の軍が、彼女と同じく紋章を使えるものを、多く保有していることは事実である。ただの言葉遊びだと軽くため息を吐き、視線を背ける。ソニアはつまらなそうに笑う。「これはその、お前が言う“適材適所”を、考えた上での選別だ。紋章が使えないお前だからこそ、私は選び、またその反対のことをテオ様がなさったまでのこと」

これは、テオ様も合意の上での決定だ。

彼女のそのセリフに、瞳を閉じた。わかっていたことだ。「不満か、・マクドール」 返事はしない。するつもりはない。「ならば、のし上がれ」 ソニアは毅然として背を伸ばし、を見上げた。

「不満であるのならば、のし上がり、私をうならせろ。言っておくが、お前が言うように、他と比べて、劣る部分があることは事実だ。だからこそ、私はそのようにお前を扱う。ただし、他人が紋章にかまける時間を、お前は武術の訓練に当てることを認める。前からしていたことだろう。私に足りぬものを、お前が補え。出来ぬと言うのであれば、さっさと尻尾を巻いて逃げ去るがいい。そしてマクドールの名に泥でも塗っておけ」

覚悟を決めろ、・マクドール

射ぬかれた彼女の視線に、は唾を飲み込んだ。僅かに右目を引きつらせ、右の拳を握り締める。そして唇から、とぎれとぎれに、息を吐き出した。負け犬のように、わざとらしく舌打ちをしたを、ソニアはただ、満足そうに微笑んだ。



ソニア・シューレンの片腕、マクドール家養子、・マクドール。
かの“紋章いらず”が副将軍として、世に名をあげることは、この数年のちのことである。





2012.01.15
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時系列その他はあまりつっこまないでやってください……