「子どもって、なんでこんな元気なのかねえ」
予想よりも移動が速い。はわずかに口元を苦笑させながら、道々を駆け抜けた。こぼれ落ちた魔物の死骸が点々と転がる。木々からひょいと顔を出したうさぎが、何事かと鼻を鳴らす。
「よっと!」 崖下に飛び降りた。
斜面を足でこすり、上がる砂埃鼻をこする。適当な木の枝に腕を伸ばし、両腕をひっかけた。ぐるりと回転ついでに足をひっかけ、「うんうん」 いるいる、とニヤつかせた青年の視線の先に、子どもが歩く。隣の姉に小突かれて、その後ろには緑の法衣の少年が。見知らぬ男に白い犬が一匹。
「ま、順調って感じかな?」
いいねいいね、と右掌を額にくっつけ、はからりと笑った。軍師は五分五分であると彼に告げたが、まあ何事もなく終わってくれればありがたい。
とかなんとか考えていると、うまくいかないことの方が多いということは、案外多くの人間が知っている。
***
「へえ、それで? ゴルドー様はどうなさるおつもりなんだろうね?」
「さあねえ……でもうちの騎士団長様は意気地がないから」
「あらま、言っちゃうね。あ、お代は400ポッチで。お姉さんは美人だから300でもいいかな?」
「うまいね兄さん。おまけの350だよ」
「まいどー!」
ひらひらと手のひらを振りながら、さて、とは肩をすくめた。(騎士団長様への住人からの評価は最悪と……) 表に出した商品をさっさと風呂敷に撤収させ、は小走りにロックアックスの街を歩いた。マチルダ騎士団長、ゴルドー。先代からの血筋で今の地位を気づいた小太りの男は、稀代の英雄でもなく、愚鈍でもなく。噂通りだ。
気位ばかりが高いその男は、おそらく“長いものに巻かれる”。新同盟軍との同盟は、あまり期待をしない方が賢明というものである。(まあでも、騎士様の騎士道精神ってものにかけてみるのも手なのかな) 赤騎士団長、カミュー。そして青騎士団長、マイクロトフ。この街の秩序は、ゴルドーの配下である、彼ら二人で保たれていると言っても過言ではない。
(温厚なフェミニストに、熱血漢の正義野郎)
一瞬、どうにも知り合い二人を思い起こした。性格なんて、てんでバラバラのくせに妙に馬が合う男二人、火炎と雷撃の男である。(その二人を味方につけりゃあ、マチルダの大半はこっちに渡ると思うんだが……) さて、それは難しい話だ。
騎士とは、ただ唯一に忠誠を誓う。団長であるゴルドーに、彼らは絶対の忠誠を誓っている。それが騎士であり、誇りであり、彼らの道である。(ま、無理な話か……) おそらくその気持ちは、痛いほどに理解ができる。ただと彼らの違いは、主が尊敬に値すべきか、否かという話だ。
は紙に文字を記して、腰の袋から取り出した粉をそれに擦りつけた。書いた文はくしゃくしゃに破り捨て、山にそびえる城にちらりと目を向ける。「ま、ナツ殿の様子を見に行くとしようかな……」
うまくいっていればいいのだが、なんて楽観視は、いまさらながらにやめておこう。
いつもの刀は袋に入れて、背中の荷物ともに仕舞いこんである。さすがに堂々と正面からの通りは難しい。乱暴を働くにも、あとあと面倒が起こる可能性を配慮すると、なるべくやめておきたい。(ま、なんとかなるか) 自然の要塞に囲まれた城を見上げて、鼻をこすった。
(自然の利に頼りすぎだな) 山の崖に囲みこまれた形から、背後からの敵勢に遅れをとる心配がない。(その分、心に余裕ができちまってる)
馬で崖を登るには苦労する。下手なやつらが複数人で動けば目立って仕方がない。けれども身の軽い男一人となると、また話は別だ。「あっさりしすぎて、ちょっと嫌だな」
はたはたと体のこびりついた砂と埃を手短に叩き起こして、は城の裏手に周り、使用人のあとをつけた。あからさま過ぎるロープは荷物の中に仕舞いこんで、ナツの居場所を予測する。これでも元は城仕えだ。どこの城も、ある程度の内装は似通っている。効率のいい形を模索していけば、姿が似ることは通りだ。
「ま、こっちかな……」
使用人口から堂々と胸をはり、そこらにあった適当な木箱を持ちながら城を歩く。中身はじゃがいもの詰め合わせだ。時折通り過ぎる騎士が不可解な顔を作る前に、こちらから会釈を繰り返した。(騎士さんってのはお人好しが多いのかね)
数人にひっつかまる覚悟ができていたというのに、ここまで順調だと、逆に申し訳なくなってくる。(それとも、それどころじゃないってか)
王国軍、新同盟軍とも手を貸すことなく、あくまでも中立の立場を貫き続けているここ、マチルダ騎士団の騎士達の心情と、ゴルドーの思惑が噛み合っていないのか。ひどく居心地の悪い空気だ。
まあ、こっちの方が楽ではあるがとあくびを一つしたそのときだ。「見ない顔だな」
涼しげな声に、はピタリと足を止めた。そうして、静かに振り向いた。「おっと、赤の騎士殿でしたか」 にまりと口元を緩めて、その伊達男に頭を下げる。
ぴしりと背筋が伸びた男だった。その割にはひどく表情が柔らかい。どこか余裕を持った、笑えば女の一人や二人が軽く釣れる、そんな雰囲気の男だ。(赤騎士団長、カミュー) ふとそんな言葉を思い出した。温厚なフェミニスト、その文字通りの言葉を、彼の隙のない身のこなしが裏付けしている。(こいつはできる)
「すみません、俺は渡りの商人なんですがね、商品の売りつけでやってきたってのに、使用人とでも勘違いされちまったのか、こんな箱を渡されちまって。厨房の場所も分からねえってのに、どうしろってんだか」
「それは災難だったな。厨房はあちらだ。こことは正反対だよ」
「はっ、そりゃ申し訳ねえ」
そんなら俺は、と重っ苦しいふりをして箱を持ち上げるに、「待て」とカミューは声をかけた。「悪いんだが、商人というのであれば、許可証を見せてもらえないだろうか。一応決まりだからね」
手間をかけて申し訳ないな、と微笑む青年に、は静かに舌を打った。ごとりと箱を床に置く。「はい許可証ね、許可証。どこに入れたんだったかな……」 わざとらしく時間をかけて、彼の指が剣に伸びたその瞬間、ほいさと木の板を彼の前に付き出した。「これですね?」「…………間違いないな」
時間を取らせて悪かったよ、とやわらかな言葉をこちらに向ける男の腹は、どうにも読めない。(シュウの旦那、いい仕事してくれたよ) 念のためと渡された偽造品を、にこやかに懐の中にしまい込む。(ぱっと見なら問題ねぇだろうが、さすがに完璧ってわけじゃないだろうしね) 相手が騎士団長殿でありがたかった。いくども品を見慣れた門の兵に見せるほどの勇気はない。
「そんじゃあ失礼しやす」ともう一度背を向けたそのとき、「カミューさん」 聞き慣れた声がする。おいおい。
こつこつと石の床に足音を立てながらこちらに向かう、金の輪っかの少年を遠目で見て、は口元に手を当てた。「ナツ殿、何か御用でしょうか」「いえ、下の街に用があったので、外に出ても構わないかと」「ええ、構いませんよ。……ん?」
不思議気に振り向いて、眉をひそめるカミューに、ナツはきょとりと首をかしげた。「どうしました?」「いえ……先程までここに商人が。……いませんね」
ぽつりと床に残った木箱一つを見下ろして、赤の騎士団長は、静かに瞬きを繰り返した。
***
「あっ、ぶねー……!」
慌てて窓から飛び出し、木の枝にひっかかる青年に、ちゅんちゅんと雀の楽しげな声が響く。「わらってんじゃねーよ……」 まあとにかく、うちの軍主様は元気そうで何よりだ。
マチルダ騎士団、新同盟軍の同盟締結は破綻した。そんな噂が流れるのは、それから数日後のことだ。あくまでもそれは紳士的な会合であり、ゴルドー様は彼らに数日の滞在を許された。そんな嘘くさい瓦を手に、頬をひっかく。「こりゃ、空振りかね……」 無駄な労力だった、といえばそれまでだが、曖昧であった彼ら騎士団との立ち位置がはっきりとなったわけだ。
「ま、俺の方も結構情報は集まったしな」
街の構造から、城の中身に騎士団の編成まで。数日ばかりの付け焼刃のスパイにしては、なかなかよくやったというものである。これから彼らは敵対する可能性が強まった。できることなら、即座に帰還し、次の行動に移してやりたいところだが、あからさま過ぎる動きはあちらを刺激する。まあ軍師殿にはあらかた報告済みである。あちらはあちらで、彼に任せておけば問題はないだろう。
どうしたもんかな、と相変わらずの商人面で街を歩いた。すると何やら入り口でもめている。はこつりと歩を進めた。
「お願いです、お願いです、私達の他にも、何人もの仲間がハイランドの兵に追われていて……!」
「だめだ、ミューズの難民は、何人たりとも通すなとのゴルドー様のご命令だ」
「ならせめて子どもだけでも、助けてください……!」
白服の騎士は、わずかに言葉を飲み込んだ。「だ、駄目だ。戻れ、我らの領地に足一歩踏み入れることは許さん!」 がつん、と合わせられた騎士二人の槍に先を阻まれ、そんな、と男は泥だらけの声を飲み込んだ。
「ちょいと失礼」
そんな間を、長袋にいれられたままの刀をひょいと使い、二本の槍の間を弾き飛ばした。
「な、なんだ、お前は!」
「ただの商人ですって。そう怒らないでくれよ」
代わりとばかりに引きぬかれ、喉に向けられた剣に瞳を落としながら、おっととは両手を降参させる。「なんでもないよ、ただマチルダの騎士様ってのは、随分目がいいなと驚いたのさ」 会話をなさないその言葉に、騎士は不可解に眉をひそめた。
「何でも思わず視界に入っちまうくらい目がよろしいんだなって言ってるんだよ。俺ならこんな一人二人、目にはいらなくって見逃しちまうね」
どうかな? と肩をすくめるを、騎士二人は静かに瞳を合わせた。わずかに瞳を落としながら、ちらりと男と子どもに瞳を向ける。「通れ」 男は瞳をきょろつかせた。そうして背に抱えた子どもを背負い直して、慌てて彼らの間を駆け抜けた。
騎士たちは静かに息を吐き出した。面倒はごめんとばかりに、はすたこら逃げ出した。遠目に彼を探す騎士の姿が見える。しばらくの行方を追っていたらしいが、諦めたらしく通常通りと門の警護に移動する。
(騎士たちにも、やりきれないことがあるってか)
店の壁を背にしながら、は頬を人差し指でひっかいた。それにしても、(ハイランドの兵が追っている、仲間が大勢いる、ね……)
嫌な予感がする。嗅ぎ慣れた戦場の臭いだ。
それから数刻ののち、マチルダの騎士達が、門をくぐり出陣した。
しかしながら、彼らはミューズの兵の保護を目的とせず、ただ自身の領地を護ることのみを思惑とした。
多くの騎士が、歯を噛み締め、戦場にて剣を投げ捨てた。
そうして、虐殺される民を傍観した。
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2012/12/29