あなたと歩く、ABC
* 朝チュンモードなので、会話がやらしい。下ネタ含む。
私はぼんやりと目を開けた。天井が見える。いつもの自分の部屋だ。それにしても、なんだか体がだるい気がした。なんでだろうなぁ、と重たい腰を動かして、ごそごそと布団の中で動いていると、服を着ていないことに気づいた。これはいけない。
服を探すのと同時に、とにかく今は何時だろう、とシーツをひっぱって、目覚ましに手を伸ばした。そうすると、後ろから何かにひっぱられ、ぎゅっと抱きしめられた。「……えふっ」 自分でも、ちょっとマヌケな声が出た。なんてったって、ものすごくびっくりしたのだ。がっちりした腕が、私を掴んで、ついでに自分にたぐり寄せて、大きな手のひらが、むにむにと私の胸を揉んでいる。「う、うわ、ちょ、うわ」
うわー! とびっくりしながら腕を振り回すと、丁度私の肘が、いいところにヒットしてしまったらしい。「いてっ」と半分寝ぼけたような声が聞こえて、男の人がおでこを押さえて、「あ?」とぼんやり顔で私を見ていた。私も同じく彼を見て、お互いじわじわと顔を赤くして、ごそごそと私は布団の中にもぐった。そうだ。それだ。
私はグリーンさんと、えっちなことをしてしまった。
あー、とベッドの中で体を小さくしていると、目が覚めたのか、今度はグリーンさんがごそごそと動いて、枕元の目覚まし時計を見た。「あー、7時かー。まあ、もうちょい寝れるなぁ」 なんでそんなにまったりしているんだろう。私がうーうー唸っているのに、あっちの人は平然としているのだ。なんだか怒りたくもなる。
「さんは? もうちょいいける?」 私はムッとして、返事をしなかった。そしたらグリーンさんは何を勘違いしたのか私の布団をめくるようにして、「あ、もしかしてしんどい? つらいとか。今日もポケセンに行ったりする? 俺、昼まで問題ないし、一緒に行こうか」 休めるんなら、休んだ方がいいかなぁ、と普通に会話を続ける意味がわからなくて、私はぐいっと布団をひっぱって、もっと布団の中に埋まった。「さん?」とグリーンさんが不思議そうな声を出すから、「お仕事、ない」とロボットみたいに単語で答えると、「おう、よかった」と安心したような声を出した。
それだけだったんなら、私もごそごそ外に出ようかな、と思ったのだけれど、彼はハー、とため息をついて、「いや俺、ちょっとやりすぎちゃったしさあ。あんま優しくできなかったしさ、次はもうちょい頑張るわ」と次のことまで言い出したので、布団の中で、ばしばしと彼の腕を叩いた。「え、ちょっと、意味わかんねーんだけど」 別にわからなくていい。
さーん? とまたまたグリーンさんがめくろうとする布団をひっぱると、グリーンさんはすぐさまベッドの外に放り出されてしまった。一人用のベッドなんだから、当たり前だ。
彼はくしゅん、とくしゃみをして、「さむっ」と呟いた。そのまま服を着る音がした。私はおまんじゅうみたいになりながら、たしかに私も寒いかも、と思うのだけれど、ベッドの外に出る勇気がなかったし、下着はひどく、その、汚れてしまっているだろうから、もう一回使うのも気がひける。うーん、と顔だけひょこりと出すと、グリーンさんも同じ事を考えていたみたいで、ぱちっと彼と目が合った。もう一回、私はごそごそと布団に埋まった。
「さん、寒いでしょうに」
「別に」
「体、痛くねぇ?」
「……ちょっとだけ」
じゃあ、朝飯は俺なー、と言いながら、彼がトコトコと台所に行く音がする、と思ったのだけれど、方向が違う気がする。あれ、と思って顔をあげると、ガタガタとタンスの引き出しを開ける彼の背中が見えて、ひょえっと驚いた。
「ぐ、グリーンさん、そこ、下着の場所!」
「おう。だから適当に、さんの新しいやつな」
「やめて、やめて、お願いやめて、やめてー!!」
「はいはい、痛いんだろ、さん、どれがいい? 俺ピンク」
「希望を訊きながら要望を出さないでぇー!」
俺、もーちょっと濃い色も趣味だからさー、今度一緒に買いにいくかー、レース系もいいよなあ、とタンスを物色される羞恥に耐えながら、私は涙目のままグリーンさんから下着を受け取った。せめてもうちょっと、全体的に照れて欲しかった。
***
とにかく、その日は一日中自分の部屋に居た。グリーンさんに作ってもらった、トーストと卵をもぐもぐして、ついでに彼はポケモンたちにご飯を作っていた。狭いアパートの中で、一瞬床が抜けてしまわないだろうか、と不安になったのだけれど、大丈夫みたいだった。さすがに体の大きなナッシーやピジョット達は、すみませんなぁ、と言う風に体を小さくさせて、こっちに頭を下げた後すぐにボールの中に戻ってしまったものだから、反対にこっちの方が申し訳ない気がする。
ひょーい、と軽やかにジャンプしたイーブイは、私のベッドの上に着地して、ふわふわの尻尾をぱたぱたさせながら、私のほっぺたにひんやり濡れた小鼻をちょんと押し付けた。可愛いなぁ、と思わず抱きしめると、「あー、こら、イーブイ」とグリーンさんが困った声を出した。
朝ごはんは作ってくれたのだから、お昼は私が、と提案したら、だーめ、と目の前でばってんを作られた。彼はご飯と一緒にイーブイをおいて行って、ジムが終わると、スーパーの袋片手にまたアパートの玄関をくぐって、ご飯を作ってくれた。別に病人ではないのだから、申し訳ない気がするのだけれど、なんだか体は重くて辛いし、ありがたく、気持ちは受け取らせてもらった。
それから相変わらず私とグリーンさんはお互いのお仕事に行って、待ち合わせて帰宅した。まるで何にも変わらないみたいだけど、やっぱりちょっと変わった。気がする? どうなんだろう。
ただ別に、お互い告白した訳でも、付き合おうと言った訳ではなくって、なんとなく一緒にいるだけだ。
もちろん、私はグリーンさんがとっても好きだ。でも、グリーンさんはどうかはわからない。嘘だ、ホントはよくわかってる。けれども、きちんと言葉を聞かないと、やっぱり不安だったし、例え好きだったとしても、イコール付き合おう、となる訳ではない気がする。どうなんだろう、と、もんもんとしながら、彼と手のひらを繋いでぶらぶら帰宅した次の日、ジムの定期健診で、何度か話したことのあるトレーナーの男の子が、「グリーンさんと付き合ってるんですよね、さん」とちょっとだけ興味深げな顔をして、こっちを見た。
この間も、おんなじようなことを聞かれた気がする。そういうことが好きな子なのかもしれない。それとも、自分のジムのリーダーのことだから、気になるのかも。「うーん、どうかなぁ」 私はごまかしたように笑って、かちかちとシャープペンシルのお尻を押した。
あんまり、こういうことは言うべきじゃない気がする。私が適当にごまかして用紙に記録を書き込んでいると、「でも、一緒に帰ってますもんね。やっぱりそうなんだなぁ、おめでとうございます」となんだか決定事項のように言われてしまうと、反対に困った。本当に、付き合っている訳じゃないのだ。多分。
「あの、多分、違うよ」
否定の言葉を小さく呟くと、彼は「えっ」と必要以上に驚いて、どこか別の場所を振り返った。どうしたんだろう、と思いながら、カリカリと私はペンを動かした。「グリーンさんのこと、嫌いなんですか」「ち、違うよう」 思わず笑ってしまった。「そうだったら、いいなぁって思うけど」
一瞬、空気がしんとなった。うん? と私は首を傾げて、「あ、違うよ、グリーンさんのこと嫌いになれたらいいって意味の方じゃなくて、その、付き合えたらいいなって、思ってて、あ、ちがう、なし、なし、聞かなかったことに」 なしだからね! と少年に首を振ると、「はあ」と彼は気のない返事をしたので、「なしだからね!!」 ともう一回確認した。やっぱり彼は、はあ、となんだかよくわからないような顔をしながら頷いて、ちらりとまたどこかを振り返った。
***
さーっ、と背筋が寒くなった。うわ、と思わず口元を押さえて、さっきの彼女のセリフを思い出した。ちらちらとこっちを見るヨシノリのやつは、どう考えたってわざとである。こっちがいるとわかって、敢えてのセリフだ。どうせ彼女からノロケゼリフでも引き出して、後で俺をからかってやろうだとか、そんな魂胆だったに違いない。しかしながらあっちから向けられた視線は、なんともコメントのしづらい、一番近い言葉は何かと訊かれると、憐憫だった。うわ泣ける。
(え、俺達って、付き合ってるんじゃなかったっけ……?)
手をつないだ、デートした、なるべく一緒にいる時間を作ろうと思ってる。俺といたら、さんは嬉しそうにするし、俺だって嬉しい。キスもしたし、それ以上のこともした。そんなに回数は重ねてないが、セックスもしたのだ。(なのに、付き合ってないって?)
どういうことだ? とさんを待つまでの時間、俺はうんうんと考えた。どう考えたって、お互い好き合ってる。まさか無理やりした訳でもない。見ていると可愛くて抱きしめたくなる。何度考えても彼女のことが好きだった。「えーと、つーか、いつから付き合ってることになるんだ……?」 いや彼女曰く、付き合ってないらしいが。けれども、そうだったら嬉しいとか。
キスをしたとき。
いや、あの時は、思わず俺が押し倒してしまったのだ。よくぞまあ、気まずくならなかったものだと思う。デートしたとき。それはないだろう。手をつないだとき。これもちょっと、はやい気がする。じゃあ、キスしたとき。そうだそれだ、と思ったけれど、なんだか違うような。セックスしたとき。確実に、ここまでには付き合ってる。付き合ってる。そう、付き合って………「る?」 まてよ、と頭を押さえた。
「…………俺、さんに好きだって言ったっけ」
別に、付き合おうとお互い言い合って、付き合い始めるのが全部の形だとは思わない。なんとなく付き合うという仲もあるだろう。けれどもちょっと待て、ある意味最低限のラインなような気がするそれっていうか、「告白とか、したっけ……?」
じわじわと、嫌な汗が流れてきた。俺は額に手のひらをついて、うおおお、としゃがんで頭を抱えてしまいたくなったのだけれど、さすがに人目を気にして、それはしなかった。うわ、してない。してない。全然してない。というか俺、全体的に順番がおかしかった。最初にキスをしてしまったところからもう駄目だった。
え、うそ、付き合ってるって思ってたのは俺だけ? 俺チャラ男? チャラ男なの。さんからしたら、女に軽いだめ男と言う訳なんでしょうか。いや最初からキスしちゃったし。
うわー!! と本気で焦り始めた。それはない、ないない、と首を振っていると、ポケモンセンターの扉をくぐって、さんが嬉しげに手を振りながらパタパタとこっちにやってくる。
俺は思いっきり顔を引きつらせながら、彼女に手を振った。さんが、なんだかおかしいな、と言う風に俺を見た。はは、と俺は笑った。いつもなら、彼女の手のひらを取って一緒に歩いている道なのに、俺はあんまりにも動揺してしまって、彼女よりも先をずんずんと大股で歩いた。グリーンさん? と問いかける声に、生返事を返した。どうするよ、と何度も考えて、告白とか、した方がいいのかなぁ、とジャケットのポケットに手を入れながら考えた。でも、ちょっと今更だしなぁ、別にいいか。
まあ、いいか。
やっぱ恥ずかしいもんな、なんとかなるだろ、と彼女を振り返ると、ふとさんはしょんぼりとして俺よりも数歩後ろを歩いていた。あれ、なんでこんなに後ろ、と思ったのだけれど、先に進んだのは俺だ。彼女と俺じゃ、歩幅もスピードも全然違う。
「あ、ごめん、さん、なに?」
気づけば、彼女の話をまったく聞いていなかったことを思い出したのだ。何か重要な話をしていたのだろうか。「ごめん、俺、考え事しててさ、で、なに?」 やっぱり彼女は不安そうだった。
ふと、さんが、俺の手のひらをつかもうとした。でも思わず、付き合っていない、と言った彼女のセリフを思い出して、ひょいと手を逃してしまった。そのときしまったと思った。
さんは、またしょんぼりとして、あ、と息を吐き出した後、自分の手のひらを、背中に回した。なんでもない、と言う風に頷いて、「ううん、別に、ちょっと名前を呼んだだけ」
そう言いながら、俺を見上げる彼女を見たら、なんだか胸がきゅっとした。思わず彼女の小さな体を力いっぱいに抱きしめていた。さんが、慌てて周りに目を向けた。別に、誰もいないよと、建物の影に隠れて、彼女の耳にささやいた。それでも、さんは不安げな顔をした。「あのさあ、さん。俺、すっごい言い忘れててさ」
めちゃくちゃ今更だから、ちょっと笑わないんで聞いて欲しいんですが。と、まるで最初に戻ったみたいに、思わず敬語を使ってしまった。さんは、少しだけ不安そうに俺を見上げた。「いや、悪い意味じゃなくって。結構ポジティブな内容なんだけど」「ポジティブ?」 それだけじゃあ、伝わらないに決まっている。
俺達は、ちょっと順番がおかしかった。
お前の所為だろ、と言われれば、申し訳ないと謝ることしかできないのだが、そんな風にステップを間違えてしまったから、なんだか言葉が出しづらい。多分俺は、ひどく照れているのだと思う。「あー、うー、あー」と何度か言葉を繰り返して、もう一回彼女を抱きしめた。グリーンさん? と彼女が不安げな声を出している。そりゃあ、不安になる。「あのさあ」 パッと腕の力を緩めて、彼女を見つめた。彼女の顔を見た瞬間、なんだか照れくさくなって、あ、やべ、やっぱ言えない。思わず視線を逸らした。いや、駄目だろ。
駄目だって、と気合を入れた。さんは、困惑したようにこっちを見ている。うー、と俺は唸った後、彼女の肩を掴んで、ちゅ、とキスをした。口を離した後、彼女を見下ろすと、彼女は街灯の下で、ちょっとだけ顔を赤くしていたけれど、それだけだ。こくり、と不思議気に首を傾げた。「俺、さんのことが好きなんだけど」 けれどもそう俺が呟いた瞬間、何度かパチパチ瞬きをした後、ぼふっと顔を赤くした。
ほら、順番がおかしい。
キスしてちょっと照れるだけなのに、好きっていったらこの反応ってどうよ。普通反対だろ。「え、え、え」と自分の聞き間違いかと思ったらしく、何故かきょろきょろと周りを見る彼女に、「だから、俺、さんのことが好きだから」 すっごい今更なんだけど。と呟いた。でも彼女はぶるぶる首を振った。なんだかこっちも自棄になって、「だから、好きだから。好き。すっげー好き。最初っから好きだった」「や、ぐ、グリーンさん、やめ、そんな、ちょ」
そんなに何度も言わないで、ととうとうさんは両手で顔を隠して、すとんと地面にしゃがんだ。俺は腰をかがめて、彼女を見下ろした。「で、さんは」 いや、別にわかってるんだけど。やっぱさ、きちんと確認しといた方がいいし、と言ったら、うわー、とさんが叫んだ。可愛いけど、ちょっと変だ。いや可愛いけど。
「さん、ほら、返事」
早く言ってくれないと、また俺告白するぞ、とどんな脅しだよ、と自分でも思ったのだけれど、これが案外きいたらしい。彼女は真っ赤になったまま、顔を上げた。心底困った顔をして、「好きに決まってるじゃないですか!」と叫んだ。決まってるらしい。「はいはい、そりゃごめん」 今更だったよなー、としゃがんだ彼女の体を抱きしめるようにして、背中に手を回した。ぽんぽん、と彼女の背を叩く。「じゃ、お付き合いしてたってことで。いや、現在進行形で、してますってことで。もし人に訊かれたら、そう答えるように」
オッケー? と確認したら、さんがぶるぶると首を振った後、うんと頷いた。どっちだよ。「聞いてたの?」とそれから小さな声を出した。「なにが?」と俺はとぼけたけれど、多分ヨシノリとの会話のことだろうな、と思った。もちろん聞いてはいたが、さすがにかっこわるくて、そうは言えない。
「あのさあ」 ぽんぽん、とまた彼女の背中を叩いた。「さん、好きだよ」 意味もなく、もう一度呟いた。さんは暫く考えるように何も言わなかった後、「うん」と小さく呟いた。「私も、同じ」 俺は苦笑した。「ちゃんと言葉で」 ぎゅっとさんが、俺の服をひっぱる。ぽんぽん、と背中を叩く。「グリーンさん」「はい」「すごく好き」「そりゃ嬉しいね」「だから、お付き合い、したい」「言われなくても」
それは、こっちからお願いします。と言えば、彼女はちょっとだけ笑った。それから、またちゅっと口を合わせた。
それから二人で笑ってしまった。
結局ここまで来るまでに、何度もキスをしてしまったのだけれど、ある意味これが、一番最初な気がした。踏み間違えたステップに、苦笑しそうになったけれど、やっぱりあれは俺達のステップで、こんな形の恋があっても、いいんじゃないだろうかと思ったのだ。
それから暫く経って、彼女も同じようなことを言っていた。
別に、あんな始まり方があったって、いいんじゃない。
みんなそれぞれ、ステップがあるんだよね。
色んな恋の形が、あるんだよね、とかさ。