あれからまた二年近くが過ぎた。 ![]() 「籐矢、お前何かあったか」 飄々としたままの彼の表情を見詰め、はぽつりと呟いた。驚いたかのように籐矢は目を見開き、「なんで?」 黒い学生服を彼はぎゅっと握りしめて、まるでおかしなものを見るかのように、を見詰めた。「なんで分かる、」 籐矢とは、高校一年生のとき偶々席が近く、偶々何度か言葉を交わした事から、友人といえる関係になっていた。親友とまでいっていいのかはよく分からないが、籐矢より仲の良い友人はいないし、またその反対も同じ事を知っている。 「わかる。籐矢は隠し事が得意だけどな」 にっ、とは笑うと、つられたように、籐矢も笑う。つい昨日まで顔を合わせていた友人なのに、どこか違う事が気にはなったが、特に深く言及する気はなかった。いいたくない事はいわない。それが籐矢という人間だからだ。 視線をほんのすこし下げたとき、籐矢の右の甲に、赤く長い傷がはしっている事に気がついた。剣道の傷としてはどこかおかしい。もっと鋭利なものに切り裂かれたかのような、そんな傷だ。 「籐矢、それどうした」 「ん、ああ、たいしたことない」 「いや、それはないだろ」 せめて保健室にでも行くべきじゃないのだろうかと声を掛けようとしても、「いや、これくらいすぐに治る」と、まるでそれ以上の怪我を、なんどもしたかのような言葉がひっかかったが、チャイムの音と共に、は席へと戻る事になった。 聞こえる教師の声も、あまり耳には入らない。何かがおかしいと頭の中で理解していた。 (年が、17、黒髪、学ラン、トウヤ、籐矢) 何かがひっかかる。あれからクラスの名簿や、年が変わった事で調べやすくなった他校のメンツの名前を探っても、自分には何も分からない事を、今更ながらに理解した。 ソルの事は未だに覚えている。きっといつか来ると言い残し、消えた友人(と、いっていいのか分からないが)を、頭の中で思い描いた瞬間だった。 煙が、教室中に広がる。まるであのときと同じように、いがらっぽい感覚に、突然の衝撃。机に腹を押され、イスも後ろにぶっとび、げほん、と軽い咳が口から飛び出した。 「何があった!」と驚くクラスメートの声。わかる。これは、 「ソル!」 の声ではなかった。立ち上がった、深崎籐矢の姿に、クラスは唖然とした目で見詰め、煙の真ん中へとぽつんと立つ、茶色い髪の、あのときとまったくもって変わっていない姿の彼が、長い杖を持ち、じっとトウヤを見詰めた。やっと見つけたと、微かに動いた口は、きっと以外気づくことはない。 彼はやはり諦めなかったのだ。子どもっぽい自分の駄々を聞きながら、かならずトウヤを見つけるのだと決めていたに違いない。 一体、なんなんだ! と叫んだ教師の拳は、ソルの首もとへと向かった。ぐっと少年を持ち上げるような体勢になるのを、は思いっきりその男性教師へと飛びつき、一緒くたに床へと沈む。 ほんのすこし、焦ったような籐矢の瞳を珍しいと感じながらも、は叫んだ。「いけ!」 いってこい、いっちまえ! 「」 ソルの声が聞こえる。見える視界の中で、ソルはトウヤの手を掴み、まるでそれは俺がソルの手を掴んで、町中を歩き回っていたときのようだと一瞬錯覚してしまったけれども、今回は違う。 あのとき最後に出来なかった事を、今回はしてやろうとは思った。口元をぐっ、と開いて、にっ、と笑みを作る。この二年間でずいぶん考えていたのだ。またソルが自分の前に現れたとき、自分はどうすればいいのかと。 「じゃーな!」 先ほどと同じようにあふれる煙に、教室中は包まれた。その煙がなくなってしまった瞬間、きっとソルとトウヤは何かのマジックのように消えていて、乱雑とした教室が残っている事は、だけが知っている。 彼らがどこへ行き、何処へと消えてしまったのか、だけが知っているのだ。 (誰にも、いうわけないけど) 彼の非日常である日常は、きっとここで終わりを告げた。 1000のお題 【542 風とともに去りぬ】 BACK TOP 2008.08.12 |