女の子ってか弱いものなのだと、随分昔に知った。



その前はそうじゃなかった。母親代わりの女性は自分よりもずっと大きく見えて、口うるさい兄妹みたいに育った家族は自分よりもずっとこまっくしゃれで、近所の姉達は力強く生きていた。ぬいぐるみをいつも抱えた女の子だっていつかはああなるんじゃないか、下手をすると自分よりもずっとたくましくなるんじゃないか、なんて結構疑っていた。

けれどある日ふとしたときに、女の人は自分よりもずっと弱いことを知った。気づけば背が高くなっていて、強いと思っていた彼女たちだって、本当はただの子どもだった。なのに自分を守ってくれていた。

手を伸ばしたら、小さな手で小突けば倒れてしまう。きっとこんなのことを考えるのは生意気なのだろうけれど、守らなければいけないといつのまにかそう感じていた。

アルバさん、と彼女はときおりはにかんだように笑う。小さくて、きっと柔らかいような。そんな気がしていた。



***



目が覚めると、何やらみんなから目を背けられていた。解魂病というギアンの策もお守り代わりのライの腕輪のお陰か吹っ飛んで、なんのかんのと警戒は緩められないものの、今のところ方々はうまく収まった。はずたった。

ただ、だけは目覚めることがなかった。



マナ枯らしの雪が降った後もポムニットがこっそりと忍ばせた浄化の種である程度の回復ができたはずだし、雪がやんだ後は街の住人たちも今は変わらず日常に戻っている。有り難いことにも死者が出る前になんとか収束することができたということが大きい。

(なのに、なんで……)
だけが、ベッドに眠ったまま目を覚まさない。

「…………これね、あんたに言っていいものか、ちょっと言いづらかったんだけど」

神妙な顔で皆が集まった宿屋で、アカネの言葉にアルバはぐっと眉に力を寄せた。「あんたさ、最初に意識とんじゃったでしょ? 覚えてないだろうけど」「うん……」「なんかほら、あれってさあ、マナ? っていうか魔力? が少ない人間からやられちゃうみたいで」

あってる? という風にアカネがミントを振り返る。こくりと彼女も重々しく頷く。ところでなんでミントが直接説明してくれないのだろう。事情をわかっている分、アカネよりも伝えやすいのでは……? なんてアルバの疑問をよそに話がこんこんと近づいていく。

「アルバさあ、あの雪触っちゃったし、しかもあんた、召喚術とかもうまく使えないわよね? だからちょーっとやばかったみたいで」
「うん……」

覚えている。喉の奥から声すらも出なくて、とっぷりと重い海の中に沈んでいった。「だからね、がマナを分けてくれたらしいのよ」「うん……?」 あってるあってる? と二度目の振り返り。大丈夫、あってる、と静かに頷かれる周りの反応が何やら違和感がある。

「くれるって、どうやって?」
「いやほら。なんつーの? 召喚師って器用なことができるのねえ」
がおいらにくれた分、のマナがなくなっちゃったってこと?」
「その通りなんだけど」
「っていうかなんでさっきからアカネねーちゃん以外誰もしゃべらないんだ……?」

そうだったのか、と焦る自身の気持ち以外に、なにやら不安になってくる。いや、楽しい話題ではないことはもとより承知なのだが、異様な空気にアルバは息を飲み込んだ。返事の答えがないまま、アカネがけほん、と咳をする。なぜだかその瞬間、次の言葉を予想したのかルシアンが顔を赤くした。

「ちゅー、しちゃったんだけど」

「…………」
「ちゅー。キッス。もしかして……初よねえ」
「…………ん?」
「あ、あたしじゃないわよ。が。アルバに。キスしてマナを分けてくれたみたいなんだけど」


さすがにそんときは度肝を抜いたけど、そのあといきなりがぶっ倒れたもんだから二倍の驚きよね! なんて言っている彼女の言葉を反芻した。「……………」「人間ってそんな真っ赤になれんのね」

「いや、そんな、いや」
思わず口元を拭う。その手のひらが妙に注目されているような気がして、すぐさま片手を上げた。そしてテーブルに両手をつけた。アカネしか口を出さなかった理由をアルバは理解した。

「……まあその、具体的に説明するとね、マナ枯らしは直接マナを与えるだけだと、逆に活性化してしまうんだけれども、ちゃんがしたの魔力の底上げって言ったらいいのかな。ご飯の量が多くなると、その分なくなるまでの時間も長くなるでしょ? それと同じことをしたんだと思うというか」
「ミントねーちゃん、塩すりこんでるからそこはあんまり詳しく説明しない方がいいんじゃね?」
「え?」

ただただ、少年が崩れ落ちている。「あ……えっと、ごめんね……?」

「ぱぱー、ミルリーフ、いつまでお耳塞いでなきゃだめー?」
「もうちょっとなー」
「はーい」

あとでパンケーキつくってやるからなー、わーいパパだいすきー。…………、「お前聞こえてるじゃねえか!?」 お返事はしっかりしていた。
そんな彼らはともかく、アルバは頭を抱えた。事実だろうか。事実だろう。アカネはともかく、仲間たちが揃いも揃って自分一人をからかうわけがない。(フィズにさんざんからかわれてきたもんだから、未だに疑いが……) いやいや、と首を振る。

「その、そういうことをしたということはともかく」 若干、声が小さくなった。「どうしたらは目が覚めるんですか。おいらが何かできるんなら」「キス」「は」「いやいや」 若干頬を赤くして、ミントが片手を突き出す。この場にいる召喚師はリシェルを除いて彼女のみだ。残念ながらリシェルはそちらには疎い。ならば専門的な知識は彼女だけが頼りである。

彼女の台詞を待つように、しんと静まり返る。正直、さっき一瞬聞こえた。たださすがにそれはないだろう、とアルバは両手の拳を強く握る。さすがにそれは。

「アルバくんには、ちゃんに、キス、してほしいっていうか……」

さすがにそれだった。

「い、いやいやいや、な、そ、それは、ないでしょう。あ、ほ、ほっぺとか」
「口じゃないとだめなのよ」

思わずテーブルに崩れ落ちた。

「でももう、こうするしかないっていうか……私もね、なんとか色々試してみたんだけど」
「わたくしの天使の奇跡を使ってみたりですとかね」
「待ってたら、ちゃんの中のマナも回復するかなあ、とかも思ってたんだけど……」

ちょっと無理、みたいで……。と、呟かれる台詞を聞きながら、いやいや、と首を振る。「それで、なんでおいらが……」 感謝はする。何かしなければいけないと思う。けれどそれとこれとは別問題だ。「だからね、アルバくんの中に入ったマナを、ちゃんに戻す必要があるっていうか」 なんとなく筋が通るような気がするから苦しい。「だ、だから、って……」

「まあなんというか。入ってきたところから出て行くのであるから、通りであるな!」

はっはっは、と扇子を振りながらまとめられた言葉を聞いて、さすがのアルバも何を言っていいのかわからなくなった。



***



ぎいぎいと音を立てて宿屋の階段を上った。仲間たちに背中を見守られながら歩を進める心境はなんと言えばいいのだろう。一二度振り返った。いってらっしゃいと手のひらを振られる姿を見て、また進んだ。扉をノックする。返事なんてあるわけない。

「どうしろってんだ……」

考えたところで別の方法が思いつくわけでもない。
は眠っていた。女の子の部屋ならある程度ものがあるだろうに、と一瞬違和感に襲われたが、この部屋は借り物だ。の家はきっとどこかにある。(そういえば、のそんな話ってきいたことがないな) いつもどこか困った顔をして緊張していた。

ベッドの端に立った。少し屈んで、すぐさまアルバは自身の頬を両手で殴った。片手で顔を覆って、ため息をつく。それからまた、体を屈ませた。








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2015/09/23