原作完結後のif話があれば、とアンケートでありましたのでifなお話です。
主人公視点ではなく、貴族になったガイに仕えるべくやってきたのし上がりを目指す系なメイドさん視点です。オリジナルキャラとして執事さんもいます。
それでもいいよー、という方はスクロール

巨乳とか貧乳とか乳とかアレな単語が連呼されます。お気をつけ。







のし上がってやる。女、一匹、私はぐいっとお屋敷前にて拳を握った。今日からメイドとして雇われる。ご主人様はこの頃やってきたというお貴族様だが、なんだかいろいろ逸話があるらしい。嬉しいことに、私が一人目のメイドというのだ。ライバルがいない。なんてチャンス。
のしあがってやる。

私はもう一回拳を握った。「よおおおおっしゃァアァァア!!」 見事お屋敷のご主人様をメッロメロにして楽しくウフフな貴族生活を満喫すべく、そして伯爵夫人の椅子を手にいれてやるぜぇ!! と足を踏み出した瞬間、扉が開いた。そこには黒髪の、ぬっとした顔と細い目つきの青年がこちらを見下ろしていた。「…………大声を出すのはやめていただきたい」 開口一番がそれだった。




その無愛想な男は、このガイラルディア・ガラン・ガルディオス家に唯一仕えている執事だという。あとはちょっとおじいちゃんな庭師が一人いるとのことだ。私はさっそくメイド服に着替えてひゅーひゅー口笛をふきつつ男の後ろを歩いた。カツカツカツ、と格好よさげなリズムで歩いている。ほほう。中々じゃないですか、と思いつつ、「そろそろ主人の部屋だ」とぽそりと呟いた。
おっとと、と私は居住まいを直した。

この伯爵さまが未婚者なのだということくらいは確認済みだ。けれどもそれ以上のチェックはしていない。おっさんだったら嫌だなーとか、禿げてたらいやーねーとか、取りあえず最低限の希望を持ちながら私はコンコンとノックする執事のノック音を聞いていた。ああー、いやーねー。

「どうぞ」と返事をする声は結構若い。……おお、おっさんではないぞ、よかったー、と胸をなでおろしつつ、失礼します、と私と執事は部屋に入る。下げた頭をあげた瞬間、ここはどこぞの天国かと思ってしまった。部屋の椅子に座りつつ、何かの音機関をいじくるご主人様は、こちらに向かって、にこっと笑った。金髪で青い髪がとても爽やかな好青年だ。おおおおお! 美青年じゃないですか! と私はひそかに拳を握った。グッ! けれどもその瞬間、若い執事がじろっとこっちを見た気がした。ググッ!

「あ、あの、えーと」
「ああ、今日から働いてくれるんだってな。聞いているよ、ありがとう、人が足りなくて大変かもしれないが、よろしく頼むな」

そしてまたニコッと爽やかに笑われた。

おおおおお、性格もさわやか! 私はぐいぐいぐいっと拳を握りまくる。「よろしくおねがいします!」と思いっきり頭を下げた後に、これは中々いい職場じゃないですかー! とそのときはっきりと認識した。私って、ものすごくラッキーだ!


と、思ったのだが。「ガイラルディア様、お茶が入りましたよー」なんて言って、わざわざ近くによって胸の谷間を強調するようにお茶を出しても、「ああ、ありがとう」とこっちに向かって言うものの、ぶっちゃけそれだけだ。何を反応するでもなし、しょぼしょぼとしつつお盆を持って部屋を出る。私は自分の胸を見てみた。心なしかしょんぼりしている。(……まさか……!) ガイラルディア様は、巨乳派……!

カッ! と降りた天啓に、私は慌てて街に底上げパットを買いに走り、ぎゅぎゅっと胸に詰め込んだ。いける! 私は再び拳を握った。そのとき前を通った無愛想な執事が、こちらを訝しげな目で見てきたが気にしない。

「ガイラルディア様おはようございまーす!」 私はニコッ! と笑いつつ、ついでに大きくなったと思しき胸を強調させながら挨拶する。「ああ、おはよう」 ニコッ! こちらもいつも通りな爽やかフェイスにくらりと来てしまったが、相変わらずの無反応である。そのまま去って行ってしまった。
ち、チクショウ! と今すぐ胸パットにつっこんで地面に叩きつけてやりたい衝動にかられたのだが、さすがに我慢した。チチチチクショー!!

「ちょっと執事! ガイラルディア様ってもしかして女に興味なかったりしますかね!?」

同じく並んで朝の挨拶をしていた執事の首をぐいっと絞める。執事は相変わらず無愛想な顔をして、「違う」と答えた後に「そもそも一晩でそんなに成長するかその貧乳が……」 冷静な突っ込みである。「うううううるせぇ!!」

乳だけは、そう、乳だけは駄目なのだ。私だって結構自分に自信があったりする。そうじゃなければ伯爵夫人の座なんて狙えない。けれども駄目だ、乳は駄目だ。あんなものただの脂肪の塊ではないか、そう、「何故男はあんなにも脂肪にときめくのかしら……!!」 もうブウサギのお肉でもぷにぷにして喜んどけ!

かくり、と廊下に手足をついてさめざめと涙を流していた私の上から、ぬーっと執事が覆いかぶさる。「とりあえずそういう問題ではない」 じゃあどういう問題なのよ、と私はむなしくもパットで膨れ上がった胸を触ってみる。悲しいくらいゆさゆさしている。「まあそのうち分かるんじゃないか」



そしてその日がやってきた。



「あ、新しいメイドの方でしょうか、こんにちは」

ほわほわとした話し方のその人は、私よりも年下かもしれない。少なくともガイラルディア様よりは年が下だ。着ている服はさりげなく上品で、いいところのお嬢様なのだと一目でわかった。優しい顔付きをしていて、赤とオレンジを混ぜたような長い髪の毛をしている。

様、お久しぶりです」

私がメイドにあるまじき態度のように、ぼんやりとお客さんに見入っていたときに、隣からひょいっと執事が顔を出した。「はい、お久しぶりです」とと呼ばれたお客様はほわほわとほほ笑む。「すぐに主人に声をかけてきます」と執事は彼女へと声をかけたのだが、彼女は「いえいえ!」と慌てたように手のひらを振った。

そのとき、部屋の奥から、おじいちゃんの庭師さんがひょこひょこと顔を出し、「おお様」とおっとりとした声を出した。さんは「ペールさん! お久しぶりです」とちょこんと頭を下げる。

「ペールと呼び捨てにしてくださって構わないのですが」「いいえ、ペールさんこそ、で構わないんですよ」 そうですか。そうですね。とお互いほわほわと会話をしている。よくわからないが、あそこだけ空間が違う。なんだこれ……とまた意識が飛びそうになったとき、ペールと呼ばれた庭師の後から、金髪の好青年が顔を出した。「おーい、ペール……って!」

ガイラルディア様はこれ以上ないくらいに、私がいつも見つめている爽やかフェイスなんてただの小手調べなのよ、と言わんばかりに、ぱーっと顔を輝かせたのだ。さんも、「ガイさん!」とパーッと可愛らしい、お花が咲いたような笑顔を咲かせた。おおお。そしてガイラルディア様は、さんの手を取って、部屋へと行ってしまう。その途中、私たちに「ああ、いつも通りこっちが声をかけるまで待機しといてくれてかまわないからな」と台詞を残していったのだ。


取りあえず、ペールさんと執事と、私がぽつんとその場に残ってしまった。ペールさんは「ほっほっほ」と嬉しそうな声で笑っている。執事は「おかしいな、到着は明日のはずだったのに、予定がずれたのかな」とぶつくさ呟いていた。私はぼんやりガイラルディア様が去った後を見つめていた。あれ、これは一体どういうことかしら?

「まぁ、これでわかっただろ」
執事が、またまた私を上から覗き込む。私は頷いた。

「うん、わかった」
「だろ、さっさと諦めとけ」
「貧乳……ではないかもしれないけれど、巨乳ってほどでもなかった」
「お前は乳の話題しか出ないのか」

やっぱりペールさんが、「ほっほっほ」と孫を見つめるおじいちゃんみたいに笑っていた。




私は紅茶の用意をお盆に乗せ、ふーっと辺りを探ってみる。執事は「呼ばれるまで待機だろ」と言っていたのだが、「それでも、言われずともお客様にお茶をお出しするのがメイドという役割ではないかね!?」と説き伏せてもらった。いやいや、気になる。いかん。なんだあのとかいう馬の骨は。いきなり現れて私の獲物をかっさらおうとするなどと……! とギリギリ歯を食いしばったのだが、執事いわく「お前の方がぽっと出だから」と冷たい声を出された。ちくしょう。

取りあえずと言えば、私はガイラルディア様のお部屋でこそっと耳をすましていた。気にはなる。気にはなるが、和気あいあいとしている中で堂々とお茶を持っていくような神経はさすがにない。こそこそしつつ、冷めても大丈夫なようにともともと冷たい紅茶を用意させてもらった。用意周到である。

(ガイさん、お久しぶりですね)
(そうだな、どれくらいぶりだろう)
(この間来たときはもう少し暑かったかもしれません)
(そうかそんなに前か)

うっすらと聞こえる声に、私はにやりとほくそえんだ。しかしだ、ガイラルディア様をガイさんと呼ぶとは、中々親密じゃないか。執事の言葉からすると長い付き合いらしいが、なるほど確かにそうかもしれない。

(ガイさんは特におかわりなく?)
(そうだな、ないな。あ、いや)
(なにか?)
(その、に会えなくて、さみしかった)
(が、ガイさん……!)

気の所為か空気が甘い。手に持つお盆が震えた。

は? 俺だけだったか?)
(その、私は……)
(ん?)
(が、ガイさん……!)
(なんだ、わかんないな)

ガイラルディア様の声が妙にいじわるだ。なにやってんのあの人……と、もうちょっと近づいてみる。

(ん、そうか)

お、また声が聞こえた。首を縦に振るでもして返事をしたのだろうか、と思いつつちょっとアホくさくなってきたので厨房に戻ろうかなぁー、と思っていたとき、ふいに彼らの会話が、いちゃつきカップルの会話から、普通の会話へとシフトチェンジしたのだ。

、ごみがついてる)
(え? どこですか?)
(ほら、もっと右)
(えっと)
(とってやるから。目をつむってくれるか?)
(はい)

い、いまだ……! 今しか好機はない。今を逃したら一生この部屋に入れない気がする! なにやら目的も見失ってきたけれど、私は思いっきり扉を開いた。片手にかついだ盆の紅茶の中身がたぷたぷ揺れる。
様にお菓子をお持ちしましたー!!」
そしてその瞬間、私は凍りついた。


ガイラルディア様がさんのほっぺにちゅーしてた。

目をつむっていたさんは、ぱちっと瞳をあけて、ガイラルディア様を見てそしてそのあと私を見た。驚愕の表情でそまっていたそれは、みるみるうちに真っ赤にそまり、頭から湯気が出そうである。私も固まった。ほっぺちゅーとは言え、人様のラブシーンを見るためには相応の覚悟が必要だったらしい。思考が停止した。

しかしながら、さすがのガイラルディア様は「お、悪いな、そこに置いといてくれ」とさんの肩から手をはなしながら、にこやかにこちらに笑みを向ける。私は言われるがままにそこにお盆を置いた。そしてロボットのような動きでギコギコと扉へ向かった。「し、失礼しました……」
扉を閉める瞬間、ありえないくらいに真っ赤な顔をしていたさんが、ガイラルディア様の胸をぽかぽかと叩いているのを目撃してしまった。なんだあれ。バカップルじゃないですか。



数日後のさんのお見送りに、私と執事とペールさんは再びバカップルを拝見した。別にいちゃこいている訳ではないのだけれど、お互い恥ずかしそうにしながら見つめ合って、また今度とかいつでも来いよとか、寧ろ来てくれとか別れの挨拶を交わす二人には、妙に甘い空気が漂っている。

私はハハハ、と思わず笑った。隣に立つ執事が、「な、わかっただろ」と小さく声をかけてきた。よくよく分かった、今度こそ。「他人様のものに手を出す趣味はないなぁ」と端的な気持ちを述べると、「意外といさぎがいいな」と彼は感心したように呟いた。そりゃあ、馬鹿らしくもなりますよ。

「あれかな、今度はカーティス家のとこの大佐さんとか狙おうかなぁ」
「貧乳好きだといいな」
「悲しいこと言うなよ」

ほっほっほ、とペールさんが笑っている。
あーあ。まぁ、なんていうか。

バカップルに幸あれ。



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1000のお題 【191 作戦失敗】