本編46話から48話のおまけ
(1章の3〜5)



***46話

あいつら何してんのって話である。




かつかつかつ。
こつこつこつ。
こんこんこん。

廃工場の中に、足音ばかりが響いている。がこがこがこ。かつかつかつ。ピタリと止まってガイさんが振り返った。私は思わずびくりと顔を上げて、彼と目を合わせた。けれどもお互いすぐにぷいっと顔を逸らしてコツコツ歩く。ぶふっとわざとらしく膨らんでいる自分のほっぺが、ちょっとだけ恥ずかしい。
(ガイさんに、なんて言われようとも、絶対に帰らないんだから)

すねたような顔をつくって、けれども本当はわかっている。(心配してくれてるんだよなあ)そうなのだ。私は迷惑をかけてしまっているだけじゃなくって、そんなふうにガイさんの重荷にまでなってしまっている。考えれば考えるほど落ち込んだ。かつん、かつん、と足元の鉄板の音を響かせて、しょんぼり頭を落として歩いた。でも駄目だ。(決めたんだから)

ここまできて、そんな風に落ち込んだ顔を作ってしょぼけている方が、ずっとずっと迷惑だ。うんうん、と私は一人で頷いた。とにかくできることをすればいい。「おーい、誰かそこのバルブまわせー」「はいー!!」

だから、「頑張ります!」と私はすぐさまルークさんのお願いに飛びついた。やりますやります、と一番近い私がぱぱっとパイプに近づいた。そうしたとき、「こら」 ガイさんがビシリと片手を出す。

「俺がするからきみは下がってくれ」
「私です。私がするって言いました」
「きみの力じゃ無理だ」
「やってみないとわからないです」
「手が汚れるだろう」
「そんなこと、私気にしません!」
「俺が気にする!」

やいのやいの、とぴーぴー騒ぐ私とガイさんの後ろで、「あいつら何やってんの……」と静かにぽそりと呟いたアニスさんの声は、ちょっとよく聞こえなかった。

「いいからてめーらさっさとしろー!!」「ルークさんに怒られちゃったじゃないですかー! ガイさんのばかー!」「なっ……! だからきみが素直にだなあ!?」




   ***47話



一体全体、どうしてこんなことになったのか。
ほっぺを真っ黒にして、埃だらけにした彼女の鼻先をぬぐってやりたくても、自分にできる訳がない。(まさか、まで来ることになるとは……) ナタリアまでなら、なんとか想像の範囲内だ。けれどもまさかのまさか、ルークの妹である、ファブレの娘である彼女まで来ることになってしまうとは。

王族に連なるものの責務だとかなんとかで、ナタリアに無理やり連れてこられたかどうかなのだろうか、と初めは疑いこそしたものの、さすがのナタリアでもそこまで無茶を通すことはないだろうし、そもそも、どうにもは俺にひねくれている。困った。心底困った。

あわあわ慣れないあたりを見回して、ばたんとひっつまずく彼女に、思わず両手が前に出た。だからこけるな、お願いだからこけないでくれ。どう考えてもおかしい。だというのに、ファブレの公爵達は彼女の旅を許可したという。理解に苦しむ。(なんでこんなことに……) 三度目にひっつまずく彼女を振り返って、頭が痛くなった。


「ちょっと、あなた。アニス。ルークに近づきすぎじゃありませんこと?」
「なーにー? 嫉妬〜? やっだーお姫様ってぇ、案外気が短いんですねえー! こわーい!」
「なんですって? わたくしのどこが? 言ってごらんなさい!」
「一から十までぜーんぶでーす!」
「まあ! なんて無礼な!」
「ちょっと、あなたたち黙りなさい……」
「なによーティアー。私本当のこと言っただけだしー?」
「アニス!」
「だ、ま、り、な、さ、い!」

それにどうして、うちの女性陣は仲が悪いのだろうか。彼女たちの言い争いを聞きながら、男連中は端っこの方で肩身を狭くしてカツカツと静かに歩を進めるばかりである。「あ、あの、みなさん、とりあえず落ち着いて」 そんな中で彼女たちの間で視線をふらつかせていたが、あはは、と声をからせながらぱたぱたと両手を動かした。「「「は黙ってて!!!」」」「はい……」 ブボッと大佐が吹き出した。やめてやれ。

(…………へ、へこんでいる……) 

ちらりと視線を移動させると、見事なる女性陣の連携プレーに、しょぼくれながら歩いているがいる。(は、はげましたい……) でもだめだ。だめだ。俺は彼女に怒っている、ということになっているのだ。
「ミュウ、おなかへったねえ……」 誰にも相手をしてもらえない寂しさのあまりか、つんつんとチーグルを指でつついて現実逃避の台詞までつぶやきはじめた。はげましたい。っていうか、俺を呼び捨てにしてはくれないくせに、なんでミュウはいいんだちくしょう。いやミュウだからか。

さんは、なんでみんなと一緒にいませんの? あっちは仲良くお話してますの!」

お話っていうか喧嘩だけどな、というツッコミが、静かに男性陣の中に沈んだ。うふふ、とが笑った。を除いた女性陣は、喧々囂々ともめ続けていている。うふふ、と彼女はまた微笑んだ。「なんだかちょっと、さみしいですねえ……」(本音まで出始めた……!) とうとう口から本音が出ちゃった。
励ましたい。話しかけたい。でも駄目だ。絶対駄目だ。俺は怒っているんだ。

ガツッ、ガツッ、ガツッと我慢のあまりに無言で黙々壁を殴る俺を見て、「ガイ、お前なにしてんだ……?」と生ぬるい目を彼女の兄からもらったりもらわなかったり。




   ***48話



ざあざあと降っていた雨は、いつの間にかやんでしまった。すっかり全員が雨に濡れてしまったわけだけれども、ぬかるんだ道の中で転んでしまったはというと、自分自身の両手と服を見つめて、「ありゃりゃ」とビックリ半分な声をつぶやいていた。ありゃりゃじゃない。

、あなたさっさと洗濯なさい! 顔も泥だらけですわよ!」とナタリア姫に押されて消えた彼女を思わず暫く見送った。声をかけるタイミングを見失ってしまったな、と彼女たちの背中を見つめて、俺はのそのそと野宿の準備を始めた。始めようとした。

「……ガイ、どこに行くの?」
「いやティア。今とナタリアが」
「ええ、川に行ったわね」

洗濯をしに。ごしごしと服を洗いに。「それでなんであなたもそちらに足を向けているのかしら」「ああ、俺も行こうかと」「待ちなさい」 声が冷たい。

「いや、違うよ、魔物が出たら危険だろうと」
瞳が冷たい。
「触るわよ」
死んだ。



とりあえずえっちらおっちら焚き火を集めていた俺のもとに、洗濯中の上着を抱えてナタリアと一緒に、てこてこは帰って来た。そのおかげでいつもより薄い彼女の服をそそっと覗き込みながら、これはこれで、とか考えて、実はちょっと喜んでた。









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2012/12/22