64話番外




(それにしても、カワウソってなんなんだ……?)

思わず自分が叫んだ言葉を思い出してううん、と唸った。を見た。髪が短くなってしまった彼女を残念に思いながら、それでもやっぱりかわいいと言ってしまった。それからティアに髪を整えられて、これはこれでまた違った可愛さがあった。思わずその際にも声をかけてしまいそうになったのだけれど、力の限り我慢した。

嫌がる、と言えば言葉が違うかもしれないが、好きでもない、こんな男から賛美を言われたところで、不快に思うだけではないだろうか。一瞬のうちに、そう思ってしまったのだ。

今までは頭が考えると同時に、女性を敬う言葉が飛び出ていた。だから知らなかった。


可愛いと言うことを我慢することが、こんなに辛いだなんて。



自分でも何を言っているかわからないが、とにかくを見ると可愛かった。長年見てきた彼女と違うのだ。見るたびに新鮮さを感じるなと言われても無理というものである。近寄らないように、けれどもいつでも守ることができるようにと背後にたてば短くなってしまったの髪がほんの僅かに揺れている。かわいい。たまにこちらを振り返る。かわいい。せめて一回くらい言わせてくれ。すごくかわいい。

我慢すればするほどわけがわからなくなってくる。
あんまりにも考え込んでいたものだから、ルークから声をかけられたとき、妙な言葉を叫んでしまった。カワウソってなんだ? 思わず口から出てしまったが、なんなんだ? 生き物なのか?

(誤魔化す言葉を考えておかないとな……)

うっかり言いかけてしまったときのレパートリーを増やして置いた方がいいかもしれない。呟いた。「かに」 考えた。「かき」 思案した。「か……かめ……?」「ガイさん、何を言っているんですの……?」 普段はルークの傍をちこちこと歩いているチーグルが、不思議気にこちらを見上げている。ハッとして口元を抑えた。彼に疑問を抱かれるほどに自身は挙動不審だったのだろうか。

ちらちらと周囲を探る。大丈夫だ。「ガイさん……?」 あとはこのチーグルのみ。

「ミュウ、とても大事な話があるんだが」

考えてみれば、あまり彼とは腹を割って話したことがなかった。決してたまにに抱っこしてもらってるとか、よしよししてもらってるとか、珍しく呼び捨てにされていることにひがんでいたわけではない。オスのくせに。おっと本音が。

ミュウは神妙な俺の言葉をきいて、短い眉毛をキリリとさせた。こいつがいいやつだ、ということは十分に理解している。しかしそれは眉毛でいいのか? そう呼称しても構わないのか?

「な、なんですの! ガイさん!」
「これはとても、重要なことなんだが。一つお願いしたいことがあってだな」
「ぼ、ぼくにできることなら、がんばりますの……!!」

すごくすごく、がんばりますの……! と力を入れてお尻を振るチーグルはやはりいいやつだった。ゆっくりと頷いた。そうして懇願した。

「俺と一緒に、『か』から始まる言葉を考えてくれないか……?」








「か、かんばん」
「か……かし! おかしですの!」
「おお、新しいパターンだな!」
「あとは……か……かーすろっと、ですの!」
「おおっと、それはあんまり思い出したくねえやつだなー!」




「あれは一体、何をしていますの……?」

ガイの肩に乗りながら、談笑する小動物の姿を見た。珍しい組み合わせですわね、とナタリアはこくりと小首を傾げた。その隣ではジェイドがやれやれ、と首を振っている。「さて。私にはわかりかねますが」 どうせ無駄な抵抗をしているのでは? と小さく付け足された言葉に、キムラスカの姫はこれまた首を傾げた。どちらかと言うと、彼女は鈍いのだ。この男が鋭すぎるだけとも言えるが。


「互いにさっさと諦めた方が、綺麗に収まることもあると言うものですがねえ」
「よくわかりませんが、できることなら拳を握りしめてでも諦めませんことよ、わたくしは」
「まあ、あなたはそういう人ですよね」

いや、そういう意味ではないんですがね、と眼鏡を押し上げて、まあ自分にはどうでもいいことだが、とか考えた、セントビナーへ向かう際の一コマだったりとか。そんな。





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2019/12/12