どん、どん、どん。ぴーひゅらら
祭り囃子の、音が聞こえる。


07





「ああ、おまつり……っ!」

なんていっている暇はなかった。次々に現れる人が、やきそば一丁! お手伝いにとさせて貰っていたはずなのに、気づけば私は鉄板の上で茶色いそばをぐるんっ、と引っ返している。キャベツにお野菜忘れずに。
元々お手伝いさせて貰っていたおじさんは開始1時間後、ふらりとどこかに消えてしまった。どうすりゃいいんだと途方にくれて、また一時間。真っ赤な顔と、ぷーんと匂うお酒の香りに、ふげ! とビックリしてしまった。店長が頑張れよ、と肩を叩いてくれたのはこれが原因かもしれない。


ゆっくりと日が暮れて、気づけば提灯が赤く光っている。どんどん増える人混みに、いらっしゃいお客さん、と腕を振るった。
(あまりものを、持って帰れる……っ!)
ちなみにやる気は十分です。

頭に巻いたタオルからぽろりと汗が零れた。「………あついぃ」

吐いた息の向こう側に、屋台につるされた電球が、人の影を作る。ほとんど反射のように、顔をにっこりとさせて、「いらっしゃいませー!」 お兄さんも優しそうな顔を笑みを作って、美味しそうだね、という声と一緒に指を折った。

「すみません、やきそば8個」
「は……」
「8個よろしくお願いします」


お兄さんが私の手の前に出した指は、確かにパー1つに、指が3本。ぼけっとしている場合ではない、急いでコテを使って焼きそばをぐるぐると鉄板に回して、鉄と鉄がガチガチ合わさる音がする。(お兄さんが、一人で食べる、な訳、ないか)
手早くパックの中へと暖かい麺を入れた。お兄さんは始終嬉しそうな顔をしていたけれど、それが入る瞬間、またぱっ、と嬉しそうに頬を緩ませる(やっぱり、お兄さんが食べるんだろうか、これ)

お兄さんに渡したパックを横からひゅっ、と誰かが奪い取る。思わず目を見開いて、何があったんだと叫びたくなってしまったけれど、その前によく知る声が、私の耳へと響いた。

「ゆき、お前それは食い過ぎだろ」
「あ、ごめんね桃矢、待たせちゃった?」
「先輩?」

先輩は、ゆき、と呼ばれたお兄さんのパックを半分持って、私を見るなり、「おっ」と目を開きニヤリと口元に笑みを浮かべた。「今日はちゃんとメシくってんのか?」「た、食べてますよ!」
ぐ、と握りしめたコテが、ちょっと痛い。

メガネのゆきさんは、目をきょとん、とさせたまま、先輩の浴衣の端っこを、ちょいちょいと引っ張る。おお、と先輩もゆきさんをちらりと見て、私を指さした。「こいつ、」 ………なんですか、その紹介方法。

それでいいのか、と思ったものの、ゆきさんも納得顔で、「なるほど」 彼は人なつっこい笑みのまま、いった。

「僕、月城雪兎、桃矢の同級生。よろしくね、ちゃん」
「あ、はい、私はです、月城さん。その……二人で、お祭りを?」

別にそれでも全然問題はないけれど、中々に仲がいい。
そんな私の疑問を、先輩は違う違う、とパックを持っていない方の手を振る。

「怪獣と一緒」

怪獣ってなんだろう。
頭の中で、東京タワーを踏みつぶし、がおー! と暴れる姿を想像したのは私だけじゃないはずだ。
鉄板の上に麺をのせて、ソースをかき混ぜる。じゅわっ、と広がる焼けたソースの匂いが広がって、私のお腹もきゅるきゅる叫んだ。
「じゃ、怪獣がまってっから」と手を振る先輩に、私も軽く手を振り返して、律儀にも月城さんは、ペコッと頭を下げた。もちろん、私も下げ返す。

(………かいじゅう。がおー)

一体先輩は、どんな強面さんと一緒にお祭りに来たんだろう、と考えながら、取りあえず、目の前の焼きそばとの格闘を、余儀なくされたのだった。
(いっぱい、余ったらいいなぁ)(そしたら持って帰れる!)