少女と御夕飯



暗い。部屋の明かりへとちょいと手を伸ばし、ごろりと畳の上へと転がった。ちゃかちゃかと慣れたように畳を歩くニャンコ先生を尻目に木造で出来た天井を見つめる。妙な形で出来た染みが、お化けのように思えると感じたことはいつだったのか。


そう考えたとき、ふと夏目はひとりの少女を思い出した。ぱっと体をあげ、部屋に付けられた窓へと手を伸ばし、向いの家を見降ろす。明かりもなにもついていない一軒家は特に変わらず、ついこの間、回覧板を届けにいったときも同じような感じだったな、と考えた。

あの暗い家に、あの子はぽつりといるのだろうか。
もやもやとした気持ちのまま、家の庭を見降ろしていたときに、ぽつりと白い点があることに気づいたのだ。黒に白は、とても目立った。慌てて夏目は障子を開き、なんだなんだと聞こえるニャンコ先生の声を聞こえないフリをして、階段を駆け下りる。

「あら、タカシくん、もうちょっとで御夕飯よ、どうしたの?」
「すみません塔子さん!」


どだどたと廊下に音を響かせながら、夏目は急いで靴を履いた。戸を開けた。しんとした夏独特のにおいが鼻をかすめ、小さな道の向いにある家へと歩く。門のすぐそばには、ガレージ、その奥には、小さな庭だ。そんな中に、ぽつりとは立ちながら、空を見上げていた。




ちゃん、何をしてるの」

夏目はゆっくりと息を落ち着かせ、に問いかけた。は、ゆっくりと瞳を動かし、「べつに。なにも」

「もう遅いよ、家の中に入った方がいい。心配する」
「なんで?」


何で。何故そんなことを聞くのだろうと考えたとき、夏目はの家を見つめた。一つの明かりも灯されることのない彼女の家は、静かだ。誰もいない家は、空気で分かるものなのだな、と夏目は感じだ。一人なのだろうか。

夏目は静かに息を飲み込み、門の上から、ひょいと手を伸ばす。
彼女へと手を伸ばすことは、一体何度目なのだろうか。きっと4度目だ。「おいで」 小さくつぶやいた。けれども、意外にも強く響く言葉に、夏目自身驚きながらも、もう一度、呟いた。「こっちへおいで」

首をかしげるに、「ほら」と夏目はパタパタと手を動かす。の足は動かない。夏目を見上げるままの体勢のまま、ぴくりとも体を動かすこともない。そのことに、ほんの少し夏目はイラついた。違う、あせってしまっていただけなのかもしれない。


ちゃん、おいで。こっちへ、おいで」

そんな自分へと気づき、はっと息を吐きだし、大きく深呼吸しながら、ゆっくりと、静かに言葉を紡いだ。そしての瞳を見つめた。
小さな子どもの瞳はきょとりと丸く、やはり困ったような顔をしていて、この子どもは、いつもそんな顔をしているなとぼんやりと考えた。

動かない足に、「ほら」と夏目はまた声をかけた。とけちゃうよ。そんな言葉をきっかけにするように、ゆるりと、の足は動く。
夏目へと、ゆっくりと手を伸ばした。


握りしめた手のひらは小さく、温かい。何故子どもの体温はこんなにも温かいのだろうか。夏目も、昔はこんなに暖かかったのだろうか。




からりと開けた扉に、「タカシくんどうしたの?」と廊下へと顔を覗かせた塔子が、「あらあら」と目を丸くした。「ちゃん、いらっしゃい、どうしたのかしら」 優しい声に、は思わず顔をうつむき、夏目はその頭をなでた。


ちゃん、お家の人がいないみたいだったので」 案外するりと飛び出した声に、塔子はまた、あらあらと口元へと手のひらを当て、へと視線を合わせ、「ちゃん、御夕飯はもう食べたのかしら」と声をかける。
ゆっくりと首を振るに、「それじゃあ一緒に食べましょう、お家の人には、あとでご連絡しましょうね」と、なんてこともないように彼女は笑い、は小さく頷いた。

少し嬉しかった。



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2009/01/21
1000のお題 【991 真夜中の庭】