「今日の夕食は絶対の! じゃないと俺たべねぇ!」
名前も知らないひとに、恋をしてしまいました。 1
うぃーん、と電子音のなるドアをくぐり抜けて、右腕にぐいっ、と力をいれた。手の中の肉が、ぐいぐいと食い込んで、ちょこっと痛い。……むう。 朝、出かけにお弁当を渡して、さっさかと部活へといってしまった、一つ年上の兄の言葉を思い出して、ふー、とため息をついてしまった。……うーん、お弁当単品とかなら、いくらでも作ってあげるんだけど、な。夕食となると、私なんかよりもよっぽど上手な義姉さんの方がいいんじゃないかな、……なんちゃって(うう、もっと上手くなってやるもん!)
買い物袋を片手に、よいしょ、と足を動かす。大家族の食料調達は、命がけだ。(こ、こまかく買い込んでるはずなのに、なんでこんなぁ…)
半分ずるずると引きずる形になって、足を勢いだたせた。
景色が流れる。緑の公園で、嬉しそうに遊んでいる、男の子と、女の子が見えた。似通った顔立ちに、ああ兄妹なのかなぁ、とひっそりと思う(…楽しそう)
私には、兄がいる。姉もいる。たくさん、いる。 一番下の末っ子が、私。けれども、私の一つ上の兄の世話を、なんだかんだいって、ずっとしている気がする。私の記憶は、基本的に彼の世話をしている事しかない(…うう)
女の子が、男の子に、あぶないよ! と叫んだのが見えた。
大きなジャングルジムに、くるくるとお猿さんのように駆け回る男の子は、全然ヘーキ! と、にっこりと返す(……なんだか、彼、みたい)
右腕がしびれた。なんで私、こんなことしてるんだろう。 ご飯たくさん作るのって、大変なんだよ。そんな簡単に、いわないで。
お洗濯を一生懸命してる私とか、お掃除を頑張ってる私とか、野球ばっかりして、なんにも知らないくせに。
いつもは全然、そんな事ないのに、暑さと一緒にぽろりと流れる汗と一緒に嫌な気持ちがドバドバと、溢れる(やだなぁ、こんな、私)
重いな。と思ってしまったら、どんどんそれが重くなる。やだなぁ、ホント。何が重いのかわかんないよ。やだなぁ。
ジージーとなるセミの声はうるさくて、じゃりじゃりとなる砂も、うるさくて。
あんまりにもうるさいから、私はその場にピタリと止まってしまった。
(そうすれば、砂の音は聞こえない。耳をふさげば、何も聞こえない)
ゆっくりと、目をふさいだ。真っ暗の中にどっぷりと、私は沈んで、くらくらと暑さの中に倒れてしまいそうになる。……もしここで倒れちゃったら、彼は心配してくれるだろうか。(きっと、してくれると思う)(そんな事考えるわたし、やだなぁ)
ぽろりと一粒零れた滴を、人差し指ですくう。
「悠くんの、ばか」
(な、なにやんてんだろう、わたし)(ちがうよちがうよ)(そんな事思ってないもん!)
何にも見ないふりをして、たた! っと走り出した。なんだかすっごく自分が汚く思えて、嫌に、なって。なにしてんだ私! もうやだ! きゅ、と口をつぐんで、右手に力を入れて走り出す。じゃりじゃりじゃり。足下の音が、私を追っかけてくる(もう、やだぁ!)
ぼすん、と体全体に衝撃がかかった。「ふえ?」「うわっと!」引っ張られた左腕が、つーん、と針金みたいに伸ばされて、ゆっくりゆっくり、おしりに地面がくっついた。右手の買い物袋もくっついた。掴まれた左腕は、まだ何かにひっぱられてて、ビックリしたあまり、視線がついー、と下へと向いているところを、上へとひっぱった。
大きな男の人だった。頭をくるりと丸めていて、なんとなく、野球部なのかな、と思う。ボスン、とかかった衝撃と、引っ張られた腕。……あれ、私、この人に、ぶつかった?
その人といったら、私とパチリと目が合った瞬間に、絵に描いたような、「やっちまった……っ!」って表情を浮かべた。目をめいいっぱい、大きく開いて、口を半開きにして、眉毛がぐねぐね動いてる。……なんだか、かわいいかも? 「だだだだいじょうぶかごめんどっか痛いとこないか!」 予想していたよりも、若干高めの声にビックリして、その人をまたじー、と見つめてしまう。そしたらまた、うわわわわ! とその人は妙に慌ててて、あ、私ここ返事しなきゃダメなポイントだよ、このバカ!
「あ、全然大丈夫です。ごめんなさい、私がよそ見してた所為で」
「いやそれは俺もそうだし……っていうか大丈夫じゃないだろ!」
「え、大丈夫ですけど」
「だ、だって、」
「だって?」
こくん、と首を傾げると、いいずらそうに、「えーと」。首を掲げた反対方向に、もう一回、こくん。じー、と見つめると、その人は、眉毛を八の字にして、パクパクと口を何度か開けた後に、小さく、いった。「……だって、泣いてる、じゃん」
「え」 頬に手を伸ばして、ほんの少し、押しつけた。透明な液体が、指を伝って、地面へと丸い円を作る。……ホントだ。(でも、これは痛いとか、そうじゃなくて)(多分、さっきの衝撃で、二粒目が出てしまっただけだと思う)……だから、アナタは全然関係ないんですよ。といおうとしたのに、その人はポケットに手をつっこんで取り出したハンカチで(男の子って、ハンカチ持ってないかと思ってた)、グシグシと私の頬を優しく拭いた。「痛かったな、ごめんな」と小さく何度も謝ってくる彼に、どうしても、私は年下扱いを受けているような気がしてならない(いや、私の方が年下だと思うけど、もっと下な扱い!)
「あ、あの、ホント、大丈夫ですから」
「大丈夫じゃねぇーって。ほら、切れてるかもしんないし、丁度となりに公園あるし!」
「ほ、ホントに大丈夫だもん!」
ああもう、さっきからホントに子ども扱い! 小学生みたいに扱われる気分がして、ちょこっとイラッとしてしまったので、思わず声を張り上げてしまった。そしたら、その人は、しゅーん、となって、「ワリ」って、小さく、謝る(ええええ、ごごごごめんなさい、私が悪いだけなのに!)
しゅーん、と小さくなった彼は、可愛いけど(あ、身長はおっきい)、「ごめんなさい!」って、私も勢いよく謝った。そんで言い訳がましく、「家族の夕ご飯作らなきゃダメなんで、早く帰らないと、ダメなんです!」 確かに、そうだけど、ホントに、言い訳(都合の悪いときだけ、そうだよ……)
そしたら、その人が、また大きく目を見開いて、「そうなのか」といった。すい、と手を伸ばされて、頭へと持って行かれる。よしよし、と軽く撫でられた感覚に、優しすぎて、目眩がしそうだった。
ドキドキする。けど、シンドイどきどきじゃなくて、甘くて、甘くて、とろけてしまいそうな、ドキドキ。
その人はいった。「偉いな。家族思いなんだな」
まるで妹か何かみたいな扱い方だったけど、よしよしと彼にふれられている部分が、かー、と熱くなった。さっきまでの嫌な気分なんて、全部全部、ふっとんで、しまって。
「あり、がとう、ございます」
ドキドキする。すごく、ドキドキする。
あ、あれ? もしかして、これって。
どうしよう悠くん。私は名前も知らない男の人を、好きになってしまったようです!

2007.08.23
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