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うっふん

05 27 *2012 | 独り言::オリジナル

更新もろもろないのが寂しいので、昔に書いたオリジナル小説とかひっぱってきました。
ネット媒体で読むことを前提としてないので、多分めちゃくちゃ読みづらいです。高校生男子の夏の話。五千文字くらい。


続き

 その女の子は極寒の地に立っていた。降りしきる雪の中で、半そでから覗いた細い腕を両手でこすりながら、しきりに呟く。「寒い、寒い」ぶるぶるっと体は震えていて、その度に彼女の頭の上にくっついた大きな耳の輪郭も大きくぶれた。白の風景に交じる耳は真っ白く、耳から透き通った血管はピンク色だ。
 そのとき俺は思ったのだ。

「あ、今日はうさ耳か」



 ……いや何がうさ耳か。
 寝ボケ眼な瞳をぐしぐしとこすりながら俺は考えた。寒いなんてなんのこと。窓の外から照らされる日光は殺人ビームのごとく俺の肌をじりじりといじめあげ、ぐっしょりと汗に濡れた布団を手のひらでばたばたはたく。
 枕もとに置いておいた携帯が、ぴこぴこ光っていることを尻目に、軽い溜息を吐いた。「おいいー」ついでに確認した時間はとっくの昔に予定をオーバーしていて、「はじめぇ」と聞こえる母親の声に、「へいよぅ」と我ながら間の抜けた返事をしつつ、服を脱ぎ去り、紺の下地にチェックのついたズボンにぐいぐい足を入れて、シャツを着た。
「送れるわよぅ」
 俺と同じように間延びした声へ返事の代わりと思いっきりドアを開けてバタバタ階段を降りて行く。
「あんたお弁当はいらないのよね」
「うん、午前で。夏期講習だし」
 そりゃあ楽でよかったわ、とコーヒー片手にケラケラ笑う母さんはひょいと首を傾げたのだ。

「そういやゆきちゃん、この頃来ないわね」


 この頃俺は夢を見る。

 彼女はずっと寒いと繰り返す。獣の耳をぴこぴこ揺らしながらひんひん泣きわめき、鳥肌だらけの皮膚を擦り続ける。
 繰り返し見続ける夢に、正直ちょっと辟易していて、なんだろうなぁ、もしかして欲求不満なのかも、でもそんなんならもうちょっとえっちい夢にしてくれよ、と自分の頭をぽかりと殴った。獣耳が趣味ですか。
「寒いようー」
 いえいえそんなこと言われましても。
 俺には何をすることもできません。

「ええい起きろ」
 がっつん! と頭に響いた衝撃に、俺は暫しの間ぼやける視界の中で瞳を瞬かせ、よしよしと自分の後頭部をなであげた。ぬっと覆いかぶさる影は一冊の教科書をばさばさと振っていて、厳つい唇を引き締めもう一回、教科書の角で俺のでこをごつんとやった。
「このやろう、いい身分だ。遅刻の上にお眠りか」
「すんませぇん」
 ばさばさばさばさ。
 教科書が揺れる度にくすくすと聞こえる笑い声へと、照れ隠しのように耳の後ろを人差し指でひっかいた。ちょっと顔を俯かせながら辺りを伺えば、ばーか、とでもいうようにメガネの友人が口元をニヤニヤさせ、しらっとした視線をこっちへと向ける奴もいる。(あ)パチッと、目が合った。(ゆきだ)
 長い黒髪を高い位置で二つにくくっていて、目が合った途端、彼女は瞳を釣り上げた。ように見えた。次の瞬間には眉毛が落ち込んでいて目を背けられた。
 おっとっと、ずきっとするぜ、とぱんぱん胸をひったたく。にやにやするな、と三度目が俺の頭に振りかぶる。


「うひー、寒いぃ」
 ぺとん、とした犬耳をぷるぷるさせて、よく見れば瞳に涙をためた彼女はやっぱり半そでだった。俺はそんな彼女にどうしたらいいか分からなくて、思いっきり五メートルは離れた位置でぴたりと止まり、雪に埋もれた足を一度だけずぼっと引き抜いて、やっぱりそのまま足を沈めた。突っ立ったまんまだった。たぶん頭の中が硬直していた。
 動かそうとした口元は、かじかんだように上手く動かない。ぎゅっと握った両の拳は開くことなんてありはしないのだ。

「えっちな夢でも見てました?」
 見事本日中に四度目の叩きを食らった俺は、にやにやしながらかけられた声に向かって、びしりとそいつの後頭部をひっぱたいた。
「メ、メガネが飛ぶだろうが!」
「お前の脳みそごそ飛んでしまえ」
 いぶかしむように辺りを見回すと、メガネの男は呆れたように笑って、「何、ゆきちゃんでも気にしてんの」とバカにしたような言葉を口にした後、「ダイジョブ聞いてないって」と確認してもいないのに、ばしばしと満足げに俺の肩を叩いた。にやにやしていた。「いいねぇ彼女もちは」からかったような口調だった。
「ちげぇよ」
 本当に。違う。「ご謙遜を」「してねぇし」うるせぇ。
 ばしこん、とメガネの手のひらを思いっきりうざったく見えるようにはじき落して「うっせ」と死ぬほどイライラした声を上げた。
 メガネは喉の奥で声をすりつぶしたような、重くて軽いどうでもいいような声を上げて、「ん、ん、あらごめん」謝った。「ヘイどういたしまして」嫌な気分は払拭した。
 なんだ違うのかぁ、とメガネは笑う。お前もこっち側かぁ、とまた笑う。そっちってどっち。

「はじめ」

 ひょいっと軽く優雅に割り込んだ声に、俺はコメカミあたりがキンとした。「おう、ゆきちゃーん」明るい声が聞こえて、彼女が「ん」と軽く挨拶をする声が聞こえて、俺は机の上に腕を乗せて、無意味に何度も手のひらで腕をこする。ごしごしごしごし。「あれ寒いのお前」ごしごしごしごし。「クーラーきいてんもんね」ごしごしごしごし。「女の子みたあーい」ごしごしごしごしメガネうるせぇ。
「ねぇはじめ、あんたさぁ」
 彼女は、ゆきは俺の机へと両手を置いてトントンと片手でつついた。伏せた瞼の向こう側に、ちらちらと映る二つの黒い房は、ゆきの長い髪の毛だ。黒い。揺れてる。
「うあー!」
 不意に俺は叫んだ。叫びたい気分になった。なんだ、とゆきと、メガネと講習仲間がこっちを向いてぎょっと見開いて、俺は机へとかけた鞄をひったくるように立ち上がり「こらはじめ!」掴まれた。
 細い指先がぐいぐいと俺の手首にくいついて、女子らしいちょっと長い爪がちょっと痛い。思いっきり手を振るえば折れちゃいそうで、なんとなく怖くて、指うわしっろ、と関係のないことを考えて、ぐつぐつ暴れる胸の中をなんとかしたい気分になった。っていうか
「いい加減にしろぉ!」
 俺の心の声が、勝手に飛び出したのかと思った。けれども違った。
 ゆきは怒っていた。やっぱり怒っていた。「メールの!」と何かをいいかけて、うあー、と変な声を出しながら首を横へと傾げて、「普通これ、立場逆じゃん? 変じゃん!」普通ってなんぞ。
「知るかい!」
 逃げた。激しく逃げた。まぁ別に平日の授業って訳じゃないし。夏期講習だし。夏休み中だし。さぼってもいいじゃん。な、いいじゃん。そんな風にいいわけをつけて、俺は思いっきり逃げた。ぐっばい。ぐっない。
 激しく彼女、震えております。
「さ、さむ、ぶえくしゅ!」
 予想外にも男らしいくしゃみをして、本日はアメリカンショートヘアみたいな猫耳な彼女はずるずると鼻水をすする。なんだか意外にも持てた親近感にそそっと近づいてみた。ティッシュを、と思った瞬間、持ってるわけないじゃん、と気づいて、けれどもよく見れば、何故だか右手にポケットティッシュ。俺はんん? と首を傾げる前に、ごくん、と唾を飲み込んだ。勇気を出した。
「……どぞ」
「……あざっす」
 やっぱり男らしかった。
 彼女は潔くぶひひーん、とティッシュで鼻をかんだ後、真っ赤な鼻を人差し指でごしごしこすって、ぶえくしゅ、ともう一回くしゃみをした。「寒そうっすねぇ」俺がかけた言葉に、彼女はケッ、と嫌な顔をした。「見りゃわかんだろうよ」「……ですよねー」こええ。
 近づいた距離は、あんまり嬉しくはなかった。相変わらず足は雪の中へとざくざく埋まっていて、ずむっずむっずむっと体重をかけるたびに、どんどんじゃりじゃり沈んでいく。やってらんねぇ、と足もとの雪を固めながら、彼女を見た。やっぱ猫耳。ぴこぴこ。
「あの」
「なんだっつの」
 こええ。
けれども、声を引っ込めることがなんとなくできなくて、俺は格好をつけてズボンのポケットに片手をつっこんだまま、ずいぶんと気になっていたことを、改めて聞いてみたのだ。
「なんで半そでなんですか」
「はああ?」
「……や、あの半そでって超寒いっすよ」
「あああん?」
「長そでとかどうさ」
「うっざ」
 女こええ。
 俺が声を上げるたびに、猫耳がぴこぴこと方向を変えていて可愛らしいくせに、ドスの聞いた声に思いっきり後ずさりそうになった。けれどもその瞬間、猫耳少女に、俺の腕はぎゅむっとつかまれた。細くて白くて爪がちょっと長い彼女はぎゅうぎゅうと痛いくらいに俺の手首を握り締め、「あんたさぁ」と挑むような目つきをこっちへと向ける。「可哀想だと思わんの」
 …………なにがだね。


「お昼寝かテメ」
 ドスの聞いた声で目が覚めた。
 彼女はよく見りゃ可愛い顔を不細工に歪めていてバチン! と俺の顔の正面を平手で打った。あまりにもアグレッシブな行動に驚く暇もなく鼻をつままれ、「馬鹿かあんた!」と耳元で叫ばれた。
「そりゃあ、私はあんたふったさ、ふったけどさ。友達じゃあないんかい!」
 そんな彼女の、何の気後れもない怒号を聞いて、ああチクショウと思いっきり頭を抱えたい気持ちになって、
 眠った。

 耳の奥くらいで、なんでやねん! と叫ぶ声が聞こえたけれども、それでもどっぷりどっぷり沈んでいく。そりゃあ俺起こされたんだから。眠いよ。寝させろ。違う、まだ逃げさせて。


 女の子は黒い毛並みのロップイヤー。一週回ってうさ耳なのか、と変に感心した気分でたれた耳を見つめた。すると彼女は鬱陶しそうに眉を顰めて、けれども何故だか俺の服へと指をからめた。布がぴんっとひっぱられて、ロップイヤーの耳がふるふる揺れる。彼女は寒くてぶるぶる震えていて、俺は思わず頭を撫でた。ぐしぐし撫でた。妙に冷静に、無心に手のひらを動かして、ぽっと頬と耳を赤く染めた彼女を見下ろす。
 その時俺は、初めて彼女を見た気がした。黒髪で、よく見れば可愛くて、どこか勝気そうで二つのたれた耳は(あ、そうか)二本の房だ。真っ黒い房。
(ゆきか、お前)
 呼んでみた。心の中だけで。良心がとがめた。なあなあ好きなんですけど付き合わん、と聞いて、え、無理。と即答した彼女は俺の中でうさ耳少女で犬耳少女で猫耳少女だったらしい。
 ぶえくしょん、と彼女がくしゃみをした。男らしいところは変わらない。俺はおいで、と言おうとしてやめた。せめてこの中でくらい、男らしくなるべきだった。もう手遅れだけど。
 夢の中で背中へと手を回して引き寄せた少女はほそっこかった。けれどもこれはただの俺の想像だ。妄想だ。いい匂いがする気がする。妄想です。俺の胸の中にうずもれて、けれども隠し切れてない耳が赤いのは、俺の願望だ。「はじめー」呼ばれた。気のせいか甘ったるい語尾だけど。ゆきは多分こんな声出さない。俺の渇望で欲求だ。欲望だ。
「まだ寒いんですか」
「暖かい」
「そりゃあよかった」
「うん」
 そうか、俺は。(すっげぇ、寒い)
 何かが、震えていた。彼女はもう震えていない。けれども何かが震えていた。なんだ。これは、(俺か)


 震えていたのはケータイだった。いつの間にか握り締めていた四角い箱はぴこぴこ着信を示していて、俺は久しぶりにそれを開いてみた。ビックリするほどたくさんのメールと同じ差出人に、それだけの回数、こいつは一人でぶるぶる震えたのか、とぼんやり思った。
(そりゃあ寒いわな)
 一通一通確認していくうちに、自分がふられたことがしっかり認識できてきて、やっぱり泣けた。友達でいよう、と書かれた文章のあまりの多さに本気で泣けた。無理だろ女ってわかんねぇ、と呟いた後、ゆきちゃん帰ったわよ、あんた何したのと言われたことに愕然として、明日学校こええ殴られる。と思ったけれど、実際殴ったのは教師だった。講習さぼりやがってと教科書の角でやられた。
 ゆきはにやにや笑っていた。はじめのバカでぇ、と言われて、叩かれた頭を押さえて、うんと頷く。(友達でいよう)いやしかし。
 俺はもうちょっと、馬鹿でいようと思う。
 獣耳の少女は、今日もぴこぴこ髪を揺らし、日差しはうだるくらいに暑かった。

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