久しぶりに昔に書いたオリジナル小説をあさってたら、懐かしくってうはうはしますね……ということで二本目失礼します。
魔法少女×グロって素敵やん……/// とか思って4年くらい前に書いたんですが、当時の私にまどか☆マギカを見させてやりたいなと思いました。
一万文字くらいで、年を取った魔法少女の話。一応グロ要素有り。
まだまだあるっぽいのでまたアップしやす! 夢書け? うむ! すまない! まだ待って!
手の中にはピンク色の長細い棒が握られていて、その先端にはぷくっと膨らんだ、同じくピンクのハート型。
それを思いっきり眼前へとつきだし、ドシン、と大きく足を踏み出しながら、地面を揺らす顔中に醜い突起がつきだした怪獣をギッと睨んだ。思いっきり。
怪獣は、がぁ! と思いっきり口元を広げ吠える。勢いあまって口の端から飛び出した腐り落ちた肉片がうじうじとまるでミミズのように這いまわる。
うわ、きたなー、と一歩後ろへとひきかけたが、ぎゃああと逃げ回る聴衆人にカッコ悪いところは見せられないと唇を引き締る。こっちを見ているかどうかもさだかではないが。
ピンクの棒をくるくるとまわしながら、「悪の化身め!」と言葉を吐き捨てる。肩に乗ったマスコットが、「真帆ちゃん今だ!」と叫んだ。レースが何枚も重なったような白い光を腕に、私は思いっきり息を吸い込んだ。
「×××××!」
ぶすぶすと景気よくかっとぶ魔法の矢はギラギラと目に悪そうな光を発しながら怪獣の脳髄を飛び散らせ、ひびの入ったアスファルトの地面に汚らしい色を着けた。
オオオオオ………! 怪獣の最期の叫びと重なるように、聴衆人たちが興奮の抑えきれない声を腹の底から響かせる。
――――こんにちは。私、魔法少女です。
そんな彼らの中で、私はすいっと手のひらを垂直に掲げ、にやっと片方の口を釣り上げた。アンコール! アンコール! オーケイオーケイ。さぁもう一発、と呪文を唱えようとしたとき、
ppppppppppppppppppppppppppppp
けたたましい音とともに目が覚めた。
――――思いっきり、元ですが。
うがぁ! と私は人外もビックリな叫び声を上げながら思いっきり目ざましの頭をぶったたいた。表示されるデジタルな文字に目を白黒させながら時間を頭の中で計算して、よし行ける! と超特急でスーツに着替え、化粧をして、僅かに台所で足踏みをした後に腕時計を見つめ、ええいしょうがないと玄関から飛び出し、自転車に駆け乗った。
ガシャガシャと動かすペダルに乗せるヒールの高い靴が少々おぼつかなくて足元が気持ち悪い。信号手前でキキキとブレーキを止め、早く早くと道路をびゅんびゅん横切る車が目の前を通るたび目で追った。
私は元魔法少女だ。それは決して夢見がちな乙女の妄想とかそんなものじゃないし、ちゃんとした事実だ。
君は魔法少女になるんだ。ある日現れた無駄に可愛らしいハムスターのようにピコピコ動く耳を持った小さなマスコットは、私にそう言った。
うん、と頷いた私はその小さな手のひらをとり、ばったばったと怪獣を倒した。倒して倒して倒しまくった。魔法少女! 人々は私をそう呼んだ。
――――けれども悲しいかな、魔法少女だって老いるのだ。
とっくの昔にお肌の曲がり角へとやってきた年齢では、到底少女なんて呼べやしない。ピンクの棒はどこにもないし、光の矢だって打つことができない。そもそも、
「…………どんな呪文だったっけ」
忘れてしまった。記憶の中で、×××××と勝手に文字が入れ替えられてしまうのだ。せめて夢の中でくらい聞くことができたらいいのに、今朝の夢だって、いちいち律儀なことだ。
気がついたら信号はとっくの昔に青になっていた。
私は慌ててペダルを踏み込もうとしたが、靴の所為なのか、ずるりとバランスを崩してしまった体は、見事なまでに膝から転げ落ち、自転車と一緒にぺちゃんこに潰れてしまった。「うひゃあ!」がらがらがっしゃん。
丁度歩道を通った幼稚園児くらいの女の子が、ぎゅっと母親らしき人の手をにぎりながら、「あの人、こけたよ!」と私を見て、大きな声を上げた。目が合ってしまったお母さんは気まずい表情で視線をはずし、軽く頭を下げ、足早に去っていく。
私は思わず顔が熱くなり、周りの視線に嫌に意識しながら、体と一緒に自転車を起こして誤魔化すように、ぎゅっぎゅとハンドルを握り締めた。
ふいに痛んだ膝へと目を向けると、肌色のストッキングには、見事に大きな穴ができていた。「…………ああー……」
私はすみません、とお局様へと頭を下げた。彼女はぎゅっときつく後ろをくくってしまっている所為なのか、眼尻までぎゅぎゅりとつり上がっている。それを見るたびに委縮してしまい、いっそのこと、このまま小さくなってしまって、彼女の瞳から逃げ出したい。
ガミガミ金切り声を上げる彼女に、せめてお小言はもう少し小さな声で言って欲しいと心の中で懇願した。回りの社員が興味深げにチラチラと寄せる視線が心臓に突き刺さる。
最後にお局様は私の膝へとちらりと目視し、思いっきり眉をひそめ、「ストッキングくらいも買えないの?」と言い捨てた。
むかっとした言葉は、すぐにお腹の中に消えてしまい、結局、何もいうことはできなかった。
私ってこんなのだったかなぁ、と首を傾げていえる間に、すっかりとお昼の時間だ。
朝ごはんを食べることができなかったものだから、おなかの中がぎゅーっと、締め付けるように音を立てる。私は慌てて近くのスーパーへと駆け込み、あんぱんを二つ購入した。木曜日はパンの日で二割引だ。
昔は。少なくとも、怪獣と闘っていたときは、もっと堂々としていたような気がする。それがいつの間にこんな性格になってしまったんだろう。ごくりとお腹の中に飲み込んだ言葉は気持ちが悪い。
けれども、ここで我慢するのが大人なのだと言い訳のように頷き、そもそも遅刻した私が悪い、と小さな公園のベンチへと腰をかける。
あむっと口元にあんぱんをくわえこみ、ベンチの前をちょんちょんと跳ねるように歩く鳩を見た。鳩はバタバタと羽を広げ、ジャンプなのか飛んだのか少々わからないような動きでベンチの上にちょこんと両足を乗せた。
人差し指をゆっくり出してみると、グサッとやられた。とがったくちばしがめり込む。「い、いたぁ!」反射的に手を逃がすと、隣に座ったおでこがちょっと後退している男性が、じろっとこちらを睨んだ。ヤバいぞ、情けない。
慌てて小さくなって改めて鳩へとパンをちぎり、指を伸ばすと、鳩は高速でくちばしをつつき、満足したように羽をばたつかせ、ベンチを下りた。今度は鳩の手前にちぎって放ってやった。
するとどうやって気づいたのか、周りの仲間まで押し寄せ、ちょっとした騒ぎになってしまっている。
慌てて追加をしてやると、さっきよりも興奮したように彼らは羽をばたつかせて嘴で小さな的をめがけてつつき合いだ。隣の人に、またまたじろっと睨まれた。
今度は食べることだけに集中していると、目前に小さな女の子が座り込んでいることに気づいた。左右にくくったおさげを揺らしながら首を左右に傾げ、じっと鳩を見つめている。
パチン! とかち合った瞳に、なんとなく愛想笑いをしてしまった。女の子は花のように笑った後に、「あ、こけてた人!」と思いっきり私へと指をさし、「あな、あいてるね」と無邪気に笑う。
あ、あの子か! と今朝がたの記憶を思い出し、隣の男性がこちらを見る前に、うわわと慌ててストッキングの開いた穴を鞄で隠し、「しー、よ、しー」と口元に人差し指を立てる。女の子はそのしぐさが気に入ったのか、「しー、しー」ときゃっきゃと笑いながらまねっこをする。
女の子の肩にかけられた黄色い鞄を目にして、「幼稚園?」と私は首を傾げた。彼女はうん! と頷いて、「お昼でね、終わりなの」と拙い言葉を続ける。そっかぁ、と私が口を開いたとき、設置された時計台が、さびついたオルゴールの音色を鳴らした。
トンテントロトロ。太鼓を持った小人が時計台でくるくると回っていて、そんな様子を見ながら、私は慌ててベンチから飛び上がり、女の子へとごめんね、と手のひらを振ってパタパタ靴を動かした。
「お姉さん、またね!」
お姉さんなんて歳じゃあないけれど、聞こえた声に私は少しだけ気分をよくして、振り向き、もう一度手を振る。「またね!」
やっぱり、この靴は走りづらかった。
「さぁ真帆ちゃん、敵をやっつけようじゃないか!」
マスコットは忙しなく耳をピコピコ動かしながら可愛らしい声を張り上げた。私はうええ! と首をふって、嫌だよ嫌だよと首を振る。どかどか聞こえる怪獣が生み出した華々しい破壊音をBGMにマスコットは不思議そうに首を傾げた。
「なんで嫌なの? 真帆ちゃんは魔法少女なんだから、戦わなきゃダメなんだよ」
「それでも嫌なの、恥ずかしいよ!」
私の渾身の叫びに、マスコットはなあんだ、ととてもどうでもよさそうに、その小さな口を開いた。
「大丈夫だよ真帆ちゃん、なんたって魔法少女が誰かなんて、誰にもわかんないんだから」
給料日前は辛いなぁ、とお店のウィンドウをじーっと見つめ、私は軽く溜息をついた。ガラスに映りこむ自分の顔を見て、また嫌な溜息をついてしまう。思わず昔を思い出してしまった。逃げた幸せを吸い込もうと大きく深呼吸をしていると、ウィンドウに小さな影が増えていることに気づいた。
あれ、と視線を下げると、この間の女の子がにーっと唇を引いてこちらを見つめている。「お姉さんだ!」
案外早かった出会いに、私は瞳をパチクリさせて、「こんにちは」とにっこり笑った。
女の子は相変わらず黄色い鞄を斜めに下げていて、今日はこの間と違ってしっかりと閉じるはずのカバンの蓋は僅かにずれていて、鞄の横からは長い棒がにゅっと飛び出している。
「それ、なあに?」
思わず聞いてみると、女の子はとっても嬉しそうにぱっと顔を輝かせ、素早い動きで某を引き抜いた。ピンク色の棒。さきっちょはぷくっと膨らんだ、ハート型。
「まほーしょうじょー!」
ポーズをつけながらくるくると女の子は回転する。ビックリして固まってしまっている間に、女の子は「買ってもらったの!」と私へと自慢するように、ぐいっと棒を突き出した。
「じゃあ、怪獣と闘うんだね」
反射的に飛び出たセリフに、女の子は不思議そうに首を傾げた。ん、ん、ん、と左右に首を振り、「がおー」と体をばっと大きくさせ、「がおー?」 もう一度、首を傾げた。
どうやらこの頃の魔法少女は怪獣と闘わないらしい。
「じゃあ一体何と闘うの?」
今度はこっちが不思議になって、女の子へと聞いてみた。すると彼女はえらく真剣な表情をして、ピンクの棒をぎゅっと両手で握り締める。
「………………悪?」
それはまた、えらく判別が難しそうな相手だ。
帰りに、猫を見つめた。貧相な体系をしたその灰色の猫は、いいや元は白い猫だったに違いないその猫はふてくされた表情で道路の脇へと座りこんでいた。捨て猫かな、となんとなく考えて、肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握る。
――――わあ猫さん、一緒に飼い主を探してあげるよ!
きっと昔の私なら、そう笑いながら、猫の脇にちょいと手をさしこんで高い高いのポーズでもするんだろう。×××××。魔法の呪文でなんでも解決してくれるのだ。
(触ったら、汚いかな)
そう思った。汚いのはどっちなのかな。
どっちなのかな。
「真帆ちゃん」
静かな顔つきで、けれども相変わらず耳をぴくぴくさせながら、マスコットは呟いた。なに、と私は頬についた怪獣がびちゃびちゃとまき散らした返り血を右手の甲でぬぐいながら返事をした。赤くない血って気持ち悪い。
「あのね、真帆ちゃんはもう魔法少女ではいられないみたいだね」
あんまりにも唐突な言葉に、私は泣きそうな顔をひっこめて、えっ、と瞳を見開いた。「なんで」そして短く言葉を吐いた。
マスコットはきょときょとと視線を泳がせてやっとこさ決意したように口を開いた。
「大人になっちゃったから」
ヴィーヴィーヴィーヴィーヴィーヴィー
私は動き続けるコピー機を見つめながら、じっと息を押し殺した。
排泄口からは連綿と紙が流れ続け、触った手のひらは黒ずんだインクがついている。緑でもなく、赤でもない。
なんで大人になったらダメなのだろう、とあの時から延々と考え続けてしまう。別にいいのに。はたから見たら、ちょっとだけ痛々しいかもしれないけど。なんでずっと、私は魔法少女でいられなかったんだろう。そうすれば、お腹の中で言葉を我慢する必要なんてなくて、もっと好き勝手できたに違いないのに。
ポチリとボタンを押した。印刷途中の紙が機械音と共に吐き出され、その様子をじっと見つめる。
(………………悪?)
首を傾げた女の子はそう言った。
コピー機に手をついたまま、じっと白から僅かに黄ばんだ機体を見つめていた。怪獣だって悪じゃん。
「後ろつかえてるわよ」
「え。あ、すみません」
私の肩越しから覗きこむように眉をひそめたお局様に、わぁ! と慌てて、今度はいつの間にか止まってしまっているコピー機に、ええええ、と半泣きになった。そういえば、さっきボタンを止めてしまったような気がする。何にも考えず、勝手に指が動いてしまっていたらしい。
十本の指をあわあわ動かしてボタンを押す。押す。押す。
「ちょっと!」
怒られた。すみません、すみませんと定例の言葉を繰り返して、イライラと背後からぶつけられるオーラに耐えるようにぎゅっと歯を食いしばった。
やっとこさ正常に動き出したコピー機にほっと溜息をひとつして、お局様怖いよ! とコメカミあたりがちくちくするのを感じる。
(………………悪?)
ふと、チラリと後ろを振り返ってみた。相変わらず不機嫌な様子で部屋の入口にもたれかかるように彼女は通路を見つめている。
ガーガーガーガー。飛び出す紙の音だけが反響し、こっちを見もしない彼女へと人差し指を向け、九十度地点には親指。
「…………ばーん」
小さな声と一緒に、ゆっくり指をはね上げた。×××××!
その瞬間、お局様はぎゅるんとこちらへ視線を向けて、私は飛び上がるように体の向きを反転し、コピー機を見つめた。
ドキドキ騒がしい心臓を落ち着けるように胸を手のひらでさすり、ああなんだか違う気がするなぁ、と漠然と考える。
(悪人って、どんなんだっけ)
がおーと襲いかかってくるやつだっけ。
「お姉さんだ!」
女の子が手を振った。きっと近所の子なのだろう。相変わらず高いヒールで、自転車に足を乗せながら道路越しの女の子に手を振った。
ついこの間、ストッキングが破れてしまった場所だ。今日は遅刻なんかじゃない。
彼女は嬉しそうに、黄色い肩かけ鞄をパタパタ叩いた。にゅっと伸びる棒を引き抜いて、くるくる回る。危ないよ、と私は口元で小さく呟いてニコニコ笑った。
彼女の隣に立つ若い女の人、きっとお母さんが困ったように首をかしげ、私と同じようにニコニコ笑った。
ペコン、と頭を下げたお母さんを、改めて見てみた。やっぱり若い。女の子に似ている。美人な人だ。きっとあの子もこんな風に育つんだろう、きっと。
少女。魔法少女じゃないけど、少女。その女の子の体が、
とびはねた。
一瞬のことだった。猫が道を飛び出したのだ。灰色の猫だった。
お母さんの手をしゅるりと抜けて、ぶんと車が走る道路に同じく飛び出た。丁度同じタイミングでやってきた黒いバイクがばしりとぶつかる。
まるでゴム毬か何かのように女の子の体はびよんびよんと跳ねてピンクの棒は真ん中でぷっつり折れてしまい、そのプラスチックの破片がバラバラとあたりに飛び散っている。せっかくのハートの先端はどこかへと飛んで行ったらしい。
赤い絵の具のようなものが飛び散り、かすれたような小さな声から徐々に悲鳴へと移り変わる。
はねたバイクの男はキキキとまるでスキーでブレーキをしているポーズのように車体を曲げ体をぐらつかせていた。
被ったヘルメットで表情は見えない。あれ。私は瞳をぎょろっとまわして、男の手のひらを見つめた。あ、逃げる。そう思った瞬間、男はアクセルを回し、同時に私はペダルを思いっきり踏む。
何やってんだ?
自分の思考にそう疑問を挟む時間もなく、ガシャガシャと無言でペダルを回した。止まった車の中をぶんぶんと小回りをきかせてバイクは走る。私は歩道をつっきる。
あ、やば遅刻する。
お局様が、鬼のように眉を吊り上げる様を想像した。相変わらず怖くて、もういいやと反対向きに逃げてしまいそうになって、けれども足を動かした。目を皿のようにしてナンバープレートを凝視した。ぶんぶんぶれるスピードの所為か、いくら瞬いても数字が見えることはない。
私は犬のようにへっへと舌を出し、ばこばこ踊る心臓に見ないふりをした。つらい。靴の所為でペダルがこぎにくい。
びよよん。毬のようにはねた体を思い出し、流れた汗が瞳をつたう前に、片手でぬぐった。きっと化粧が崩れて、今の私はおばけみたいになっているだろう。
(………………悪?)
首を傾げる女の子が、瞼の裏にふと映る。 追いかけるバイクが、ぐんとスピードを増した。
「待てー!」
私はお腹の底からそう叫ぶ。
っていうかこれもう無理じゃん。
目の前に怪獣がいる。私は呪文を唱えた。今と違ってフリフリの服を恥ずかしげもなく着こなしていて、くるくるくると杖を回す。
肩に乗ったマスコットは調子よさげに、耳をぴくぴく、ぴくぴくぴく。
殺した。一匹目。殺した。二匹目。殺した。三匹目。その日は珍しく怪獣たちが徒党を組んでいて、じゅるじゅると口元から唾を垂れ流しながら、覆いかぶさるように私を襲った。
肩で息を繰り返しながら、今度は呪文を唱える暇もなく、ハートの棒をまっすぐに突き出した。
ぐさり。気持ちの悪い肉の感覚がダイレクトに手のひらに伝わり、穴が開いた怪獣の、意外にも柔らかい皮膚からはソーセージのような内臓が私の頭に降り注ぐ。やっぱり赤くなくて、緑色の液体が私の服を染め上げた。
色々と飛び散って欠けた死骸の中に私は立ちつくし、ずず、と鼻水をすする。どうしたの? とマスコットがきいた。
「もう無理だよ」
顔を下に向けると、頭にかかった怪獣の唾液が、髪からぼたぼたこぼれおちる。
「魔法少女なんて無理なんだよ、どれだけ殺したらいいの。もう放っといたらいいじゃん。意味ないよ」
涙交じりの私の声に、マスコットはそっと肩から降り立った。
そして言ったのだ。大人になったと。
――――諦めるのは、大人の特権だからね
そう悟ったように、マスコットのくせに、大人びた表情をして言ったのだ。それじゃあさようならといきなり消えた。今頃他の魔法少女と一緒にいるのかもしれない。もしかしたら、もうこの世にいないのかもしれない。魔法が使えないと何も出来ない子どもを残して、マスコットは消えたのだ。
(じゃああれか、諦めなかったら子どもなのか)
マスコットのくせに。
息が辛い。今度はバイクが路地裏へと突っ込んだ。ぐねぐね曲がり、建物の間で光も当たらないような場所につっこんだ。ガシャンガシャンガシャンガシャン! チェーンが外れそうなほどに、勢いよくペダルを回す。もうそろそろ、諦めがほしかった。
いっそのこと、チェーンが外れてしまえばいい。そうすれば、私は諦める理由ができるのだ。怪獣が倒しても倒しても消えなくて、いなくならなくて、だから諦めることができるのだ。
突き抜けた路地裏から、豆粒のような遠くで、バイクが止まった。またがっていた男が慌てたように首を下に向け、えいやと飛び降り、歩道を走る。私は思いっきり自転車をこいだ。男が随分近くなったと思った途端、ペダルがから回ったように嫌な音を立てる。チェーンが外れた。あ、どうしよう。
外れたら諦めることができる。そう思っていたはずなのに、私は自転車を放り投げた。走りにくい靴をばたばたさせて歩道を掛ける。
変わらない距離を一生懸命縮めようと、運動不足の体を精一杯動かした。おぼつかない男の後ろを、同じくふらふらの体で追いかける。待て! と叫ぶ体力もなくて、一回こけた。
この間と同じようにストッキングが破れて、その上膝小僧に血が滲んでいた。けれどもすぐさま駆けだした。走りにくい靴は両手に握って、素足になる。びりびりと足の裏でまたまた破ける音がして、小石が小さな傷を作っても、それでも駆けた。
情けない格好でこけたときに一緒に擦ったものだから、右袖のスーツにまで穴があいてしまっている。それでもって顔はお化けだ。途中で通り過ぎる通行人が、「ひえっ!」と失礼な声を上げた。
今の私の顔はまる見えなのだ。魔法少女みたいに、「一体あれは誰なんだ?」なんて思ってくれない。素の私だ。いいやある意味一体誰だ? なのかもしれないけど。
時々、ぶんと視界がぶれる。まっ白になりそうになる。追いつけないかもしれない。×××××! なんでも願いを叶える呪文だ。なんで思い出せないんだろう。なんでなんで、頭の中からすっぽりと消えていってしまったんだろう。
――――魔法のステッキなんて、もう持ってない。
それでも、いいじゃないか。一回ぐらい、いいじゃないか。
足がふらつく。苦しくて涙が出てきて、横っぱらがずきずきする。
あと一回だけ。一回だけでいいから。思い出させてほしい。まっ白い光の矢で、あいつの頭を思いっきり打ち抜いてやりたい。
気づけば、男はヘルメットを脱ぎ棄てていて、私以上にヘロヘロだった。何度も何度も汗を拭うような仕草をし、アスファルトを蹴り上げる。
思い出せ。思い出せよ、思い出そうよ、魔法少女だった証を出してよ。今が必要ですよ、そうですよ、駄目ですか、お願いです、おいマスコット! 私は叫んだ。本当に、最後の最後の体力を振り絞った。もうこれ以上動けないよと色んなところがヒイヒイ悲鳴をあげるくらいに思いっきり!
×××××!
「このやろおおおお!」
えいやと思いっきり投げた、ヒールが高くてまともに走ることも出来ない靴が見事に男の頭に突き刺さった。ぐさり。一発、もう一発。その瞬間、ヒットした男は頭をぐらぐらとさせて道端に倒れた。
同じく私も体力が尽きた。熱い。もっと太陽遠慮してくれないか。ああ疲れた。視界がぐるんと反転する。一瞬で真っ白になってしまった。まるで立ちくらみみたいになって、ぐるり。
結局、魔法の呪文なんて思いだせる訳がなかったのだ。
白い包帯を頭に巻きながら、女の子は髪を二つにくくり、ベッドからちょこんと顔を出してこちらを向いた。
「麻紀ちゃん、こんにちは」
私はぎゅっと胸に包装紙を抱きこんで彼女に笑う。「お姉さんだ!」と彼女は少し前と変わらないようにきゃっきゃと笑った。
早く退院できるといいね、とよしよしと彼女の頭を撫でようとしたのだけれど、白い包帯が目について、やめておいた。変わりにベッドの横に置かれた、緑のシートをかけられた丸椅子に腰を乗せる。
「お母さんは?」
「ごはん買いにいってるよ」
「そっか」
どうしようかな、ときょろきょろと目を泳がせていると、不意に彼女が私の手に持つ包装紙に興味を注がれているように、じっと見つめていることに気づいた。「ん?」と首を傾げると、わざとらしく、ピッと視線を逃がす。私はにやにやと笑いながら、彼女のベッドに、その包装紙をちょこんと置いた。
「麻紀ちゃんに、プレゼントです」
彼女はごそごそとベッドから起き出し、開けてもいい? と上目がちにこちらを見つめた。うん、と頷いた途端、素早い動きでピンクのリボンをしゅるんとほどく。
薄黄色の包装紙の中からまず一番初めに覗いたのは、ぷっくりと膨らんだハート型。それにしゅるしゅる続くようにピンクの棒。
「うわぁ!」
彼女は目をきらきらさせ、ピンクの棒を握り締め、右の手だけで宙をかきまわすように動かす。「まほーしょうじょー!」決め台詞らしい。
気にいった? と聞いてみた。うん、うれしい、ありがとー! とストレートな答えが返ってきて、私も嬉しくなった。砕け散った魔法のステッキはもうどこにもない。けれども新しいものがある。
そんな彼女を見て、私はにやにやした後に、こっそり耳打ちしてみた。
「実は私、昔は魔法少女だったんだよ」
そんな言葉を聞いた彼女は一瞬きょとんとして、「あ、それじゃあ」と手のひらを叩く。「わたしと、おんなじなんだね!」そしてまたくるくると棒を回す。まほーしょうじょー。
思わず噴き出すように笑ってしまった。そして、むっとした彼女に、誤魔化すようにそうだね、おんなじだ。ともう一回笑った。
魔法少女は、もしかしたら今もいっぱいいるのかもしれない。マスコットは、いろんな女の子のところを飛び交って、また離れていく。
今、私や、この子が怪獣なんかに襲われることがなく、平和に暮らしているのも、もしかしたら、誰か一人の女の子が諦めることなく、頑張った結果なのかも。
私も、諦めなかったらどうなっていたんだろうか。
どうもなっていないのかもしれない。結局、魔法少女をやりながらお局様に怒られてたかも。
一つ想像し始めると、また笑えてきてしまって、首を傾げる女の子に、なんでもないと手のひらを振った。「まほーしょうじょー」彼女がくるんと手を回す。私もマネをして棒も何もない手のひらを、ぎゅっと握りしめ、くるんとまわしてみた。
「魔法少女ー」