「じゃあ行ってくるね、ちくさくん」
学校に来てないみたい。(もともと行かないにゃん)
さんはきっちりと来た制服に袖を通して、俺の頭をするりと撫でた。
何度も慣れた会話に、俺は玄関までさんの隣をトコトコと歩く。にゃんにゃんと歩く。
靴を履いた彼女に、行ってらっしゃいの合図で、尻尾をぱたり。
行ってらっしゃいませだにゃん
さんは学校に行く。俺も前まで行ってた。時々サボってたけど。逃亡者だってのに俺こんな堂々としてていいんですか骸さま、とクロームになった骸さまに訊いてみると、「堂々としてた方がいいんですよクフフフフ」なんだって。そんなもんなのかなんだか違う気がするぜとおもったんだけど、なんだか考えるのがめんどいので「あ、そうなんですか」で終わってしまった。
土曜日と日曜日以外は、さんは、昼間この家にいない。ぽつんとリビングに四本足で立つ俺の影が、後ろへと伸びていた。いやいや別にそれが何って訳じゃないけど。なんとなく、ヤな気分になるなってだけだけど。
暇なだけだ。何かをするのはめんどいけど、俺は暇は嫌いだ。人間のように便利に動く手足があったのなら、段ボールの中に時々入ってるプチプチとか、日本文化らしい折り紙で延々と鶴を折るとか出来るのに、残念ながら今の俺が自由自在にとっても器用に動かせる部分は尻尾だけだ。
尻尾で何するんだ俺。
とにかくさんは出かけてしまった。暇だ暇だとちゃかちゃか歩き回っていたら、ガラス窓の向こう側で、バンバンと叩く何かの音がする。
なんだ泥棒かそれなら俺が退治してやるぜとか思ったけど、ちょっと無理だ。さんごめん。
「あーけーてー」
なんだかマヌケな声が聞こえる。
窓の向こう側に見えるふさふさな毛皮に(ちょっとツンツンしてるけど)、鼻の頭にちょんと付いた傷痕。
バンバンバン。あーけーてー
俺の耳にはしっかりと人間の言葉に聞こえるってのに、人間から聞いたら一体これはどう聞こえるんだろうか。「わんわんわん」こんなトコ? そんなバナナ。なんで日本人ってバナナっていうの俺理解できない。
俺は短い手足と身長を駆使して、ぴょーんぴょーんと飛び跳ねて、鍵部分をほんの少しずつ回した。銀色の小さな鍵が、ほんの少しずつ下を向いて、一番最後に、カチャンッと高い音を出して窓がずれた。ガラガラガラ。
「あーもー柿ピーさっさと気づけよー」
俺はお前と違って暇じゃないんだよ。あと何ていうの、汚れた足でリビングに入らないでよそこで伏せしろ伏せ。伏せが分かんないならお座りしとけ。
伏せもお座りも分からないバカイヌは、窓のサッシに足をひっかけて、「オレって今ばあちゃんとかのアイドルなんらよね」とか意味の分からない事にばかり口をくるくると回す。
ああなんなんだろう。暇というか、なんていうか、空しいというか。
いつまでこんなお馬鹿な状況が続くんだろうなぁ、と考えてぶるりと何故だか身震いした。
いつまで続くんだろう。いつまで。
あれ、なんだこれ。
ふと見上げた空の光に射抜かれて、なんだこれ考えるのめんどいんだけどとフローリングをひっかく。カリカリカリ。小さな、茶色にまじった白い線ができた。
おかしい。めんどい。
「そーらった。オレ、骸さまから、柿ピーに伝言があるんだった」
犬はふさふさツンツンした髪の毛を、ぶるぶると振って、気持ちきゅるんと大きくなった瞳を、俺へと向けた。
1000のお題 【899 伝言ゲーム】

2008.07.14
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