俺は俺が、どうすればいいのかよく分からなくなってきた。


第8話   唐突に 1




文化祭は、つつがなく終了した。流石四天王様といえばいいのか、女性客を収集する笠井と藤代には、こっそりすげぇなぁ、と拍手を送らせてもらった。

けれども俺自身は、あんなに文化祭を楽しもうと息巻いていたというのに、最後の最後まで校舎の廊下の隅で、いつものようにぼうっと窓の外を見詰めるだけで終わった。クラスの委員長にはしっかり手伝え僕のお手製看板どこにやったと怒られたけれどすまんすまん俺ちょっとおトイレでこもっとってんといえばバカじゃないのという視線と一緒に解放してもらえた。


ほんの数日前の、自分の思考を思い返して、恥ずかしさのあまりに顔から火が吹き出そうでたまらない。また誰かの役に立てるかもしれない。誰だ、そんな事いったバカ。

机の上に顔を伏せってただただ周りの声を聞いてた。その俺の顔と同じ位置へと持って行くように、「なぁ」とおそらく体育座りのようなポーズをしているんだろう藤代の声も聞こえたけれど、聞こえないふりをした。お願いだ、今俺は寝てるんだ。話しかけるな、寝てるんだ。

そのうち藤代も諦めたのか、どこかへと行ってしまってからも、俺はずっと寝ているポーズを続けた。キンコンカンコンと、機械音に混じった響くチャイムの音が聞こえる。



俺は延々とこんな事をしている場合ではないという事を、ほんの少し理解していた。確かに一ヶ月ほど前の俺だったなら、別にもういいじゃないかと早々に投げ出して、ああもうどうでもいいや。と一言呟いて終わってしまっていたかもしれない。
けれども、それじゃあ多分、駄目なのだ。
何か駄目なのかも、俺にはよく分からない。けれども胸の奥でくすぶるような火だねが未だにぐつぐつと音を立てて、思い出したくもない光景が頭の中を回った。目を瞑った瞼の裏でも、シゲに殴られた瞬間が、パッチリシャッターで押されていたかのように記録されている。
いたい。

反射的に俺は、自分の左頬を押さえた。いたくない。いたいなんて訳がない。
けれども俺は、今、とてもとても、痛く感じられた。


「俺、桜上水やから、暇な時にきいやー」


頭の中で、最後に聞こえた、シゲの声が、回る。桜上水。どこだろう。地名だろうか、それとも学校名だろうか。俺はあまり寮の外へは出ないから、よく分からない。
(どうしようか)

そう頭では考えていたはずなのに、俺はイスから立ち上がって、真っ直ぐ歩いていた。昼飯時だっていうのに特に腹も減らない。他人の弁当を見ても、いつもは美味そうだなぁ、とか羨ましいなぁ、とか思うはずなのに、今は特に何も考えられなかった。

「ふじしろ」

いくつかの机をお互いに合わせて、ぼそぼそとしたパンを大口を開けてほおばっている彼へと声を掛けた。数日ぶりに喉からすりだした声は、ほんの少しかれているかもしれない。口いっぱいにパンを詰め込んだまま、藤代は、俺へと振り返る。「桜上水って、どこだ」
それだけ訊いた後に、ああ、藤代の隣に座る笠井に訊いた方がよかったな、と今更ながらに考えた後に、頭を使っている機関が、どこかずれているらしい事に気づいた。
しょうがないので俺は、「ふじしろくん、桜上水ってどこなんかな」と、言い直した。









(あー………車とか、久しぶりに乗った)

電車は勘弁、と結局笠井から(藤代ではなく)聞き出した桜上水までの往き道は、バスだった。片手じゃ足りない年数、乗り物なんてものに乗ってこなかった俺は、うえっぷと腹の中身に撃沈だ。視界がぐらぐら回るし、腹が減っているのか減ってないのか意味が分からないし、なんで俺ホントにこんなトコ来んだろ、と森色をしたブレザーに手を伸ばして、目の辺りを力一杯こする。


運がいいことに、桜上水前というバス停に、俺は足を踏み入れた。
夏と比べて日差しは幾分か柔らかくなっているけれど、それでも首筋あたりに汗がにじむ。(髪、うっとおしーなぁ)
脱いだブレザーは腰へと巻き付けた。

レンガで包まれた正門は、武蔵森よりも随分小さい。これが普通のサイズだったのか、それとも桜上水中学がただ小さいだけなのか俺には分かりかねたけれど、この門の中にシゲがいるという事だけは分かる。
(………あれ)

左手につけた腕時計を確認してみると、とっくの昔に放課後の時間帯だ。桜上水は寮ではないらしいし、こんなの部活をしている人間くらいしか残っていないだろう。
シゲはどうなのだろうか、と考えてみると、明らかに人よりも何倍も早く帰宅するタイプなように思う(………俺のぼけ)
迷っていてもしょうがない。
校門前へとこそこそと移動して、ごくりと唾を飲みながらえいやと一歩踏み越える。不法侵入だ。誰かに見つかったらどうしようかと意外とチキンな感情がふつふつと溢れそうになる。

(………つか、制服で来なきゃよかった)

時々見かける女子(そうかここは共学か)と男子の彼らは、セーラーに学ランだ。俺はもの凄く浮いてしまっている。私服で来る勇気なんてもん持ち合わせてないけど、せめて体操服かジャージでこっそり入ればよかったのに、いっそもう堂々とした方がいいのかもしれない。


「すみませんシゲを知っていますか………駄目だこれじゃ怪しすぎる。」
口元へと手を当てながらぼそりと呟いて、シゲの名字ってなんだったか? と考えてみた。いいやそもそもシゲって本名か? あだ名か何かじゃなかったか。ナオキがあんまりにもシゲシゲ呼んでるもんで俺もそう呼んでたけれど、実は太郎君でしたなんて事があったんじゃ笑えない。

そのままウロウロぐるぐると猫のように回っていたけれど、そんな事を延々としていても仕方ない。歩いていれば、見つかるかもしれないじゃないか。
そもそも俺は何のために桜上水に来たのかも、よくは分かっていなかったけれど。

腹をくくって、おそらくしかめっ面となってしまっているだろう状態で、どすどすと歩みを動かす。誰かに声を掛けられてしまったらどうしよう、と何度も繰り返した自問に、答える事が出来なかった。
(ああやっべ、ホントにどうしよう)


「………くん?」


背後から呼ばれた名前に、体が飛び跳ねた。気づかれた、と振り返った後で、俺の名前を呼んだ人間は、予想以上に低い位置へと視線がある。ジャージ姿のまま、体に不釣り合いなサイズの鞄を持つ少年は、人なつっこい笑みを顔へと浮かべていた。
俺は教師にバレちゃあまずい、とほんの少し慌てながら、「あ、ちゃうねん。勝手に入ったんやないで。や、勝手に入ったんやけどな」

少年はほんの少し目を見開いた後に、首をほんの少し傾げて、「くんでしょ?」 なんでこいつ、俺の名前知ってんだ、と考えた後に、その顔を眺めてみると、どこかで記憶がひっかかる(この………チビ具合)

「かざみ、違う風祭!」
「うん(かざみ?)」


「覚えててくれたんだ」と風祭はにこりと笑って、彼の事はよく知らないが、あまり前と変わっていないようで、ほんの少し安心した。身長ぐらいは変わっててもいいと思うが。

「風祭くん、桜上水に来とったんやね」
「うん、くんも元気そうでなにより」
「おおきに。………サッカー、続けとるん?」


昔、あまり見たくもない光景を見てしまった事を思い出した。誰が風祭を早くやめさせるか競走しようぜ、ととても嬉しそうに彼らは言葉をはいていた。おそらく、あれはサッカー部の部員だと思う。
その光景を、風祭はしっかりと目にしていて、いつもはぱっと明るい光がついたような瞳は、薄暗く、俺はとても客観的に、「ああこいつは、部活を辞めるな」と思った。現に、彼は学校からも消えていた。
それでも、ほんの少しは気になる。

風祭は不思議そうに首を横へと傾けた後、薄く目を細め、「うん、サッカー部、入ったんだ、今から行くところ」と本当に楽しそうに声出す。
自分でしょうがないと放っておいたくせに、ああよかったなぁ、とほっとため息をつく自分が、なんだか嫌だった。

くん、なんでここに?」

いきなり本題にも近い話題に、ぎょっと息を飲み込んでしまった。「あー、」と声にならない声をあげて、「ちょっと知り合いにやね」「知り合い?」
本当に、桜上水なのかも怪しくなって来た気がする。

(………帰るかな)
風祭に、元気でな、と手を振って、バス代はもったいなかったけれど、もうこれで帰ろうか、とぼんやりと考えていた。
「サッカー部、見ていく?」と風祭にかけられた言葉も曖昧に流して、ああそういえば、名前が分からなくても、簡単に確認する方法があるじゃないかとそのときふと気づいた。


「風祭くん」
「ん?」
「ここの生徒で、金髪で、シゲってヤツ、おるかな?」

半分どうにでもなれ、という気分だったっていうのに、ええっと、と口を濁した後、彼は、

「ポチ、遅いでぇ、水野が怒っとる」


思わず目をひんむいた。もちろん、風祭がこんな台詞をいった訳じゃないけれど。




  

2008.07,26