そういや、あの桜の花も、もう散ってしまったな、そう思っていた頃。




【覚えてるか】






「せんぱーい、みかみせんぱーい!」

見かけが犬、中身も犬が寄ってくる。
どたどた音をたてながら、尻尾をぶんぶん振りまわしながら。

ああ、只のでかい塊であるコイツをどっかに放り投げたい気持ちではあるが、
残念な事に、俺は今日は(いやいつも持ってないけどよ)犬用の骨なんて持ってない。

「悪いな藤代、俺はお前の餌なんて持ってねぇ」
「なんスかそれー!新手のギャグっスかー!!」

両手を上に上げながらうひょうひょ踊り出す犬。
何で嬉しそうなんだ犬。
もう駄目だ俺の手にはおえねぇ犬。

「飼い主、おい、飼い主ー!!」
「えー、なんの飼い主ッスかー」
「お前だよバカ犬!」

力の限りバカ犬の頭をぶんなぐって(うん、やっぱり躾はコレにかぎる)、ふう、とすっきり天を仰いでみた。練習が終わった後っていいよな、この爽やかな風(多分)と言い、爽やかな花の香り(おそらく)と言い。

「いや、ガラにもない事を言いすぎたな」

このウザイバカ犬からの逃避に無駄な時間を使ってしまった、と思いながら、バカ犬の飼い主がさっさと着替えでもなんでも終えて迎えに来てくれる事を俺は祈る。巷じゃわんにゃんコンビとか言われてるらしいが、アイツだ、アイツ。

「三上せんぱーい」
暇なんですよーあそんでー

お前なんてさっさと教室へ行って、勉学へ勤しむ準備でもなんでもしやがれ。
HRに遅刻すんじゃねーぞ、このバカ犬が。

「せ・ん・ぱ・い」
「あーもーさっきから、うるせーなオイ!」
「先輩が遊んでくれないからじゃないッスか!」
「さっさと俺の前から立ち去れうっとおしい」

いや、よく考えたらこんなグラウンドの端の方じゃなくて、俺が教室へ行っちまえばよかったんだけど、アレだなアレ、バカ犬に負けたような気分になる。却下だ、却下。

けれども、この状況は、かなり、イラつく。

俺の周りをぐるぐると回り出しながら、犬は遊べコールを手を叩きながら叫び出す。
それに飽きたかと思えば片付け損なったボール(三軍のヤツ片しよけよ、きちんと)でリフティングし始めたかと思ったら俺へとパス。

俺は思いっきりそのボールを蹴りながら、場所を変えるくらい問題はないんじゃないかと思い始めた(だって犬がウザイ)


埃だったグラウンドの端を移動しながら、取り敢えず影のあるトコでいいかと、裏門までサクサク移動。左手につけた腕時計を見てみると、朝のHRまでまだまだ時間がある。余裕だ、余裕。

     けれど、俺の一つの大誤算。



「三上先輩っ!何処に行くんスかー」



犬は、動くものに、ついて、くる



もういっその事教室へ向かってしまうか、とも思いつつ、動く足は止まらない。
なんせ後ろで犬が迫ってくる。刻々と、少しずつ(本来この言い方はシリアスチックなのではないだろうか)

「先輩、こっから先って言っても、花壇くらいしかないッスよー」


ぴたり。足音がとまると同時に後ろの足音も消える。


「うちのガッコ、花壇なんてあったか?」
「知らなかったんスか」

そういや、風がなびく度にふわりと花の匂いが漂う。
(なかったら、匂う訳ないわな)
まぁ、よくよく考えてみると。

足はまた動かし初めて、視線を前に固定する。
花かぁ、と。あの入学式のアホを思い出すな、と何の気なしに考えた。

「あ、花と言えば先輩!」

後ろでバカが何かを叫ぶ。
おい、バカ、人が考えてる時に声かけんじゃねーよ



「今年、園芸部に入部したかわりものが居るらしいッスよ」
珍しいッスねー、毎年部員の居ないって有名なあそこに。

へぇそうかい、それはよかった。
花壇に咲いてる(いや、見たことないけどよ)チューリップだとか、コスモスだとか、パンジーとかが喜ぶぜ。それ以外の花なんて知らないけどな。

「あ」
「あーもー、何だ藤代!」

いい加減色んな意味で俺は疲れてきて、コイツにかまう体力なんてない。
ここで一喝つけて、退散させるか、と後ろを振り返り、藤代に近づいて首根っこをひっつかまえる。いい加減にしろよ、と言う意味で。

「先輩先輩、あの子、あの子!」
「どの子だよ何がだよ!!」

コレでもめげないバカ犬、藤代 誠二(誠二って事は誠一もいるのか、いやどうでもいいんだが)ぱたぱた腕を振りながら、俺の顔を必死でそのあの子とやらが居る向きへと変えようとする。
そんな藤代へ耳へのアタック。

聞いただろ、近くで大声、鼓膜がキーンってなってるだろ。


「園芸部の子!」

行儀なんて、まったくもって知らない藤代。
人を指さしちゃいけないってママに習わなかったのか、って俺は聞きたい。

せんぱい、ほらほら見て下さいよ!と何度も叫ぶこの犬。多分見なきゃ騒ぎ続けるんだろうな、と考えながら、しょうがねぇ、とぐるりと視線を反対向き。


その時、目にした、あの


気づいたら、藤代なんてほって駆けだしてた。
練習で疲れ果てて乳酸菌がたっぷりつまった足なんて知らない。
後ろでなんか叫んでる犬なんて知らない。

長い黒髪、小さな影。

あの、桜の



長ったらしい水色のホースをソイツは持って、嬉しそうに水をまいてやがる。
頑張って育ってね、なんて声が聞こえてしまいそうな、表情で。


「おい!」


気づけ

「おい」


気づけよ


「そこの園芸部!」




気づけよ、俺に




「なんですかー」

聞こえてきたのは、桜にさん付けなんてしていた、あのマヌケ声。
ソイツが振り返るときにふわりと揺れた、その黒髪にも何故だか反応してしまう。
喉の奥まで響いてしまいそうな、この音は一体なんなのか。

只、視線は交じり合って


覚えてるか、とか、あの桜、どうしたんだとか、聞きたい事があふれ出る。

「なぁ」

相変わらずのでかい目をそれ以上に大きく見開きながら
ソイツはゆっくりと口を動かす。


「あの、誰ですか」







試合で、ヘディングをしたとき以上の衝撃が、頭へごーん、と



何だ、この感覚は
何だ、この感情は
何だ、一体何なんだ。


屈 辱


よく分からんが、コレが一番しっくりくるような気がしてならない。


力が入らない、そんな体を、精一杯動かして。
精一杯、俺なりの虚勢を張って。


「俺は、三上 亮だ!」

取り敢えず後ろの方でボケーとしてる藤代を引きずりながら、退場。





           暗転。




1000のお題 60【構ってください力の限り】









2008.03.22