柾輝くん、をよろしくね、なんて。
止めてくれ、冗談にも、ならない。
はじめてのおるすばん
の母さんは、買い物に行った。
目の前でぐうすかと幸せそうに寝息を立てているのは、紛れもなく、昨日初めて対面した“”だ。……なあ、おばさん。アンタだって覚えてるだろ、コイツ、俺の顔見た途端に泣き出したんだぜ?
『柾輝くんなら、大丈夫よ』
だから何だよその自信。
ツッコむ暇もないくらいに、おばさんは、くるりと身を翻して、玄関先へ 今日はバーゲンらしいのよ! という言葉を残して するりと煙のように消え去った。
残された、俺。
……残された、(寝ている)。
どうすることも出来ず、ただ、を見つめた。
大きな窓から差し込む光が眩しくて、一瞬目を瞑った。瞑る一瞬前に、ざわりと揺れた庭の木が、ぶるぶると震えるのが見えた。大きな風が吹いている。
雲が流されたんだと思う。ゆるゆると目深の裏が深く染みついて、すっと目を開ける。ほんの少し、庭が暗くなっていた。
の方を見た。
日の光が、大量に当たる場所に、ちょうどぴったりと寝ころんでいて、ごろりと寝返りをうつ度に、ほんの少し、水色のカーペットが歪む。
(眩しく、ねぇのかな)
を見る。
近くに、ぺろりと情けなく放り出されたタオルが見えた。ばたり。またが動く。
(……なるほど)
そのタオルを、人差し指を親指に、なるべく丁寧に掴んで、自分へとたぐり寄せる。
ずるり、ずるり、と引っ張って、俺の方へと寄ったタオルを、おらよ、という掛け声と共に、にぶっかけた。丁度、そのとき
「んむぅ……」
ぐいっと自分の顔に擦り合わせるように、手を置いて、しょぼしょぼとした目は、しだいとぱっちりになっていく。途中途中聞こえる「んむ、ん、んー」って声が、妙に間が長く感じさせた。
パチリ。目があった。
………ヤバイ、と感じたのは、一瞬で、
「おかーさん、は?」
「出かけた」
「……おかーさんは?」
「……出かけた」
うるり、とそのデカくてちっちゃな目の中に、大量の水分が、ぐじゅぐじゅと溢れてきていた。ああ、またかよ、また同じオチかよ。お願いだ、勘弁だ、誰だよ大丈夫っていったヤツ!
「な、泣くな、泣くなよ!」
「う、……ふうっ、お、おかーさ、」
「泣くなってば!」
バカバカしくも俺は、の頭を引っ掴んで、ぐいっと俺の肩口へと寄せる。出てくる水分は拭き取ればいいんじゃないか、なんてとても単純な考えだった訳で、多分、俺は、激しく混乱していたに違いない。ぽん、ぽん、と何度もの背中を叩く。「泣くなよ、」と何度も呟く声と、飲み込むようなの息だけが聞こえた。
「……だれぇ、」
ほんの少しずつ収まるの息に、ふう、と俺の一つため息をついて、ぽん、との頭を小さく叩いた。「ん、」と小さくは唸る。
「黒川、柾輝。お前のお隣さんだよ」
「……ん」
小さく、また頷いて。
おばさんが帰ってくるまで、俺たちはずっとそうしてた。
(ね、大丈夫だったでしょう、と微笑んだおばさんが、何だかイラついた)
1000のお題 【432 はじめてのおるすばん】

2007.05.02
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