この頃、俺はに会っていない。


釘をさす




何故だ、と訊かれると、別に翼に気まずい訳ではないし、特に深い理由もない。敢えていうなら、俺が大学に入って今までと環境が変わったおかげで、行動が不規則な所為で、が俺の家に来にくいのかもしれない、という話だ(俺は元々、の家に行く事はない)

大学帰りの道で、とぼとぼと歩きながら、ほんの少し前の事となる、翼の台詞を思い返した。
「俺はちゃんが好きだから」 あいつは、に告白か何かしたのだろうか。翼からは何も聞いていない。もちろんにもだ。


(………腹のあたりが、むずむずする)

この感覚は、一体なんなのか。半分俺が育てたといっても過言じゃない、を取られる事が、寂しいのか。それとも、俺を抜きで話が進んでいるこの状況が悔しいのか(その、どちらでもない気がする)
俺は、少し前からおかしい。ぽっかりと何かが抜けたような感覚で、ふらふらと街を歩く。何かが、ぽっかりと、抜けているのだ。
    気持ち、ワリィ)



「柾輝さんだ!」

声が、聞こえた。一瞬、何かの幻聴だろうか、と考えて、ふっと顔を上げると、雑踏の中、(俺に比べると)小さな体で、手をぱたぱたと降りながら、嬉しそうに駆け抜ける姿を見た。
アスファルトの道が、ぱっと花が咲いたように見えて、いつもと変わらない風景が、ほんの少し、色づいて、「、」「柾輝さんっ、久しぶりだね!」

見慣れたブレザーのスカートをひらひらと動かしながら、にこっと、嬉しそうに、ソイツは微笑む。肩に掛けたバックが、重そうだなと、ひょいと取ってやると、「柾輝さん、いいよう」と照れ笑いをしながら俺の手を掴む。「いいんだよ、お前は甘えときゃ」


「学校の帰りか?」
「ううん、学校からの塾帰り」

そういえば、今年から受験ね、とぼやいていたおばさんの台詞を思い出した。「じゃあ、帰るか」 は、うん、と頷いた後に、あ、と小さな声を漏らして、「柾輝さん、もう一人一緒じゃ、だめ?」

「いいけど、誰だ?」
「塾の子で、送ってくれるっていってて」
柾輝さんが見えたから、放って走って来ちゃったけど。

ぺろっと、小さく舌を出した後に、「おーい」振り返っての言葉に、信号向こうに見える、学ランのと、同い年ほどの男が、こっちを見る。「ごめんねー!」 と聞こえたの声に、ソイツは、パタパタと手を振って、大丈夫だよとでもいいたげに、人の良さそうな笑顔を一つ。
(男、か) なぜだか、一瞬、もの凄く苛ついた。ぐらぐらと胸の辺りが、ものすごく煮えたぎって、馬鹿野郎、と叫びたくなる気持ちを、ぎゅ、と抑えて。

気づけば、思わず、を抱きしめていた。

後ろ向きから、無理矢理ひっぱり寄せたもので、「うわあっ」とほんの少し驚いた後に、「なんなのー、柾輝さん」ほんの少し、嬉しげな声と、にこりと微笑みに。
その時初めて気がついた。とてもとても、の体が柔らかい事に。ふわりと、香水も何もつけていないはずなのに、頭の中を、くらくらとさせる香りがある事に。ほんの少し、頬に触れた髪の毛が、とてもとても、柔らかい、ことに。

「柾輝さん?」

じっと、は俺を見つめて、こくん、と首を傾げた。「あ」勝手に洩れた声に、「わるい」手を、放して、



(今、俺は、何をした?)

何を、考えた?



1000のお題 【144 釘をさす】






2008.02.01