ただ、何の変哲もなく、名前順だけで並んだ机。 俺の隣の女子は、大林さんというらしい。
名前順
ころん。
机の上から、消しゴムが、落ちた。ちょんっと肘でさわっちまったからだと思う。勢いをつけて、落ちた。ころん、と落ちた。
一瞬、何が起こったんだろう、と俺は考えた。
長ったらしい教師の説明のおかげで、頭の中が真っ白い煙みたいなもんが渦巻いてたからだ。落ちた。消しゴムが。うん、だから、どうすんだ。
そうか、ノートだ。ノートを書いてない。
シャーペンを取り出した。こっくり、と何度も頷く頭の中で、前の深緑に書かれた白い文字を必死に写そうとする。俺のノートは黒板と反対に、黒く染まっていく。
あ、文字が歪んだ。あ、やべ、これぜったい読めない。
書き直さなきゃだめだ。あ、さっき消しゴム落としたんだった。
落とした消しゴムは、無駄に丸い形をしていたせいで(いや、俺の使い方が悪いんだろうな)、もう何処にあるか分からない。どうしようかな、と鈍い頭の中で考える。
もう少し、ノートに文字を書いてみた。
相変わらず、ミミズがのたうちまわったみたいな感じだ(そう言えば、前、結人に見せて貰ったノートが、これと同じような感じだった)
頭が、前に、こくんっと移動する。あ、ヤバイ。
ぐ、と目を細めるようにして、黒板へと目をこらす。けれども自然と俺の視線は先生の足下へと移動して。
ガタン、と衝撃がした。一瞬、先生が、俺に気づいて机でも叩いてきたのかとビビったけど、どうやら違うらしい。俺の前に、相変わらず先生の背中が、映る。……あの人、黒板向いて喋るんだもんな。
ことん、と、小さく机の端に消しゴムが置かれているのが分かった。
丸い、妙な使い方をしていた所為か、所々くぼんだ、消しゴム。
(…俺の、だ)
さっきの衝撃のおかげが、妙に、頭の中はすっきりとしていた。そう言えば、あの衝撃がはしる前に、自分の視界の端っこの方に、するりと伸びる、手が映っていた気がする。丁度それは廊下側だ。
廊下側へと目をするりと伸ばしてみた。
黒い、肩口までの髪の女の子、確か、大林、ええと、下の名前は何だっけ? まあいいや、大林さんがカリカリと真面目にノートをとっているのが分かる。俺とは大違いだ。
暫くじっと見つめていると、どうやら大林さんは俺に気づいたらしく、一瞬だけ、ちらりと目があった。
(…どうしよ)
「あの!」と一瞬大きな声で叫びそうになって、今が授業中だって事を、はっと思い出す。どうしたらいいのか、全然分からなくて、取り敢えず、目の前に映っていた丸くて、でこぼこな消しゴムを手に取ってみる。それで、大林さんに向けてみた。
そしたら彼女は、まるで「ああ、」というような表情をして、私の隣に転がっていたのを、拾ったの、みたいなジェスチャー(机の下を指さして、俺の机へとまた指さしたものだ。ちなみにその時見えた指先が、さっき俺の視界に映ったのと同じだった)をしてみせる。
こんな時、俺はどうしたらしいいんだろう、と考えた。
いや、考えたっていうよりは、テンパったって感じだ、きっと。
大林さんは、きっと俺と違って、授業中に眠っちまうような事をしない人だと思うから、早く何かの返事をしないと、また黒板へと目を向けると思う。
それでもいいのかもしれないけど、ダメな気がした。
きょろり、きょろり、と色んなトコに目を向けて、最後に、大林さんを見る(顔を見るとか出来なかったから、かなりうつむき加減になってたと思う)
(ありがとう)
口ぱくつきで。手をぱんっ、と静かに合わせて。
伝わったかな、と。一瞬だけ見るつもりで、ちらりと大林さんに目を、見た。
その時、俺は、ホントに、ホントに、驚いたんだ。
目を細めて、口の端を上げて、頬がピンク色で、ただ、にっこりと。 多分、彼女は、気にしなくていいよ、という意味だったんだと思う。
俺の中の、さんの印象は、地味で、特に目立ったところもなく、有る程度真面目な女子、だという事なだけだった。
その瞬間、その時点、その場所で。
俺の、彼女に対する印象は、甚だしく、変わってしまったのだ。
恥ずかしいほど熱が灯ってしまった頬を隠すように、俺は机へと顔を向けた。
多分、教師にしてみたら、なんて堂々と眠っているヤツなんだ、と思うに違いない。その事について、「真田、起きろ」と注意を受けるかもしれない。
けれど、俺は、顔を上げる気なんて、まったくなかった。
彼女に、さんに見られるぐらいなら、一生このまま突っ伏してよう、とまで思ってしまったのだ。
静かに、隣のさんから、カリカリとシャープペンシルを使う音が聞こえる。
授業が終わるまで、俺は眠ってるふりをし続けた。
1000のお題 【222 名前順】
2007.05.04
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