犬と一緒に




心臓が止まるかと思った。

「私ね、忍者さんが好きなんだ」という、至極当たり前な、日常会話のようにの口から飛び出したことに、俺の中の時間が数秒止まった。そうした後で、ああこい子、漫画かアニメかなんかのことを言ってるんだ、とすぐに気付いた。じゃなきゃあ忍者がうんぬんってどんな会話だ。

もしかしてこいつ、気づいたのかと思ったけれども、それはない。まさかこの子がそんなに鋭い訳がない。生まれてからずっとだましとおしてきた相手なのだ。というか、そういう会話の流れでもなかったはずだ。
そう、に好きな人がいるのかとか、そんな会話だった。ああにもそんなのがいるのか、まぁそれはそうか、そろそろ色気づいてくる頃だもんなぁ、今までが駄目だっただけかもなぁフンフン、とか思っていた。

まあ別ににそういう人ができようがどうでもいい。とういうかまだまだ俺達小学生。母さんや父さんみたいな相手を探すのは早すぎる。
まあ別に妙な気を使う必要もなく、俺はいつもと同じくを危機から守ればいいわけなのだけれど。




「……何をしているんだろう」

俺はふと、自分自身に訊いてみた。隣ではが一心に商品棚をのぞいている。「うーん、刀、とかかなぁ……でもそんなの、お金が足りないし」とは腕を組みながら首を傾げる。俺としては却下する理由がお金が足りないという理由なところが気になる。もっと他にポイントがあるんじゃないだろうか。「竹巳、まじめに探してよー」「はいはい」 何を、どうやって?

どうやら好きな男にプレゼントを用意しようというのは本気らしい。そんなこと俺に言われてもなぁ、というのが本音だ。馬に蹴られて死にたくないし。そう言うのは本人が決めるのが一番だと思う。
とか考えているものの、それを口に出すことはない。でもでも、という反論台詞を聞くのがめんどくさいし、もうがそれで満足してるならそれでいいんじゃないの……と、半分諦めたような気持ちで思った。生まれたときからの幼馴染は伊達じゃない。こいつはぼけっとしてるくせに、妙に意地っぱりなのだ。

「竹巳なら、何が欲しい?」

そんな風にとりあえず棚を見るふりをして黙々と思案していた俺に、あまり俺と変わらない身長でが伺ってきた。俺はふうん、と生返事だけして、「俺なら?」と考える。そんなこといきなり言われてもなぁ。うーん、「俺なら……」

ふと、棚の向こうに妙な気配を感じた。

俺はの手を引っ張るようにして、「ああ、あっちの方がいいかな」と言いながら場所を変える。「ん?」とが首を傾げた瞬間、棚の中の物がガラガラガラッ、と落っこちた。丁度見ていた場所が食器コーナーだったことから、落っこちた食器はむなしくただの土くれの欠片だ。がぎょっとしたような眼をして、落ちた食器類を見つめる。「わ、セーフだねぇ」なんてぼけぼけとしている。

俺は「そうだな」と生返事をして、原因を探った。どうやら一人の男が棚に盛大にぶつかったらしい。俺達と変わらない年頃だ。呆然とした表情で自分の頭を押さえて、辺りを見回し、惨状に気付き、へらへらした顔が少しずつ真っ青に染まっていく。泣きぼくろが付いていることが印象的だ。

そいつはもう一度きょろきょろと辺りを見た後、俺達を見つけた。そうして口パクで、「見た?」とこっちに問いかける。面倒くさいな、と思って俺はそのまま無視しようとしたのに、は相変わらず空気を読まず、「あれー、キミぶつかったの、駄目だよあぶないよー」なんてへらへらしている。俺は無視してを引っ張った。

その瞬間、店員が「お客様、どうされましたかー!」と慌ただしくこちらへと向かってきた。俺達としては、多分その泣きぼくろの子どもが店の中を走って頭から棚にぶつかって中身を散乱させたんです。なんて正直に言えばいいだけのシーンなので、なんとも思わないが、犯人の子どもはたまったもんじゃないらしい。

子どもは俺達の場所まで走ってきて、ついでに俺が掴んでいたの手と反対側の手をつかみ、全力疾走で逃げる。にひっぱられて、俺も走る。見事で三人並ぶ形になり、俺達は走った。後ろで店員が、「こらー!」と言うように追いかけてくる。俺はに向かって、「そいつの手を放せ!」と言うのに、は「え、うえ、えええ?」 なんていいながら足ばかりばたばた動かした。そして先頭の泣きぼくろはゲラゲラ笑っている。

お前が犯人だろうが!! まるでこれじゃ俺達が共犯みたいだろ! と言いたい台詞を飲み込み、そのまま駆け抜けた。




「はー、びっくりしたぁ」 と泣きぼくろは額の汗をぬぐった。避難階段の下にて、三人小さくなって座り、は困ったような顔をして俺をちらちらと伺ってくる。「俺、藤代誠二。お前は?」 相変わらずは俺を確認した後、「……だけど」と小さな声で呟いた。藤代誠二は礼儀知らずにも、の手をぎゅっと両手で握りしめ、「そう、よろしくー!」なんてにかっと笑った。

「よ、よろしく……」

さすがのでも恐る恐ると言った声だ。「お前は?」と泣きぼくろは首を傾げた。けれども俺はそれを無視して、「お前何してんの」と訊いた。こいつは茶碗を大量に割った後に、逃亡してきた奴なのだ。子どもだからって駄目だろう。何を飄々としているんだ。という色んな台詞を飲み込み、とりあえずこいつは馬鹿である、と判断して言葉を選ぶ。
「お前、謝りもせずに逃げただろう。しちゃダメなことってくらい分からないのか」

精一杯の悪意をこめた。どうせ言っても通じないだろう、と思っていたのだけれど、泣きぼくろはとたんにしゅんとして、「だよなぁ」と頭をひっかく。「思わず逃げちゃったけどさー、あー、やっべ。よし怒られに行ってくるわ」と、勢いづいて立ち上がった。

少々俺達は意外で、ぽかんと藤代誠二を見た。いさぎのいい態度だ、と思ったけれどこれはあれだ、寧ろ怒られ慣れている態度だ。基本的にやんちゃ小僧なのだろう。
よし、とは立ち上がった。何を言う気だろうなあ、とげっそりしたような気分で下から見上げる。

「よし、藤代くん、私も一緒に謝りに行ってあげるよ!」
「ん? いやいーよ。こういうのってさー、一人で怒られなきゃだめじゃん?」
「そうだけど、途中まで一緒に行ってあげる。不安でしょ」
「……んー、ちょびっと」

でしょう、とは笑った。

そしてひょいっと藤代誠二も立ち上がる。「おしおし心強い! ってこういうとき言うんだっけ?」「多分合ってるよ!」「よしおれ超かしこい!」「すごいかしこい!」「「わはははは!!」」

そして二人一緒に進んでいく。俺はその様子を階段に腰をかけながら見送った。めんどくさいからだ。しかしそうは言ってられない。俺には使命があるし、は当たり前の顔をして振り返った。「竹巳ー、なんで来ないの?」 なんでときたか。

「はいはい」と俺は定番となりそうなくらいお決まりな台詞で立ち上がって、藤代誠二をねめつける。めんどくさいやつめ。気の所為か相性が合わない。犬だ。なんだかこいつは犬っぽい。

「お前竹巳っていうの? 面白い名前だなぁ」
「人の名前に面白いとか失礼じゃないの」
「ほら竹巳竹巳、行くぞー、ああかーちゃんにぶん殴られる」
「人の名前を連呼しないでよ」
「竹巳竹巳って言いづらいなぁ。タクタク、行こうぜぇ」
「勝手に省略しないでよ」
「あははははー」
意味もなく笑う癖はやめなさい」


の好きな人とやらのプレゼントを買う予定だったのに、妙なものと出会ってしまったようだった。まったく。




  


1000のお題 【344 アミーゴ!】