あれは入学式の事だった
永遠を描く男
それは私が中学生になった日の事で、長ったらしい校長の挨拶を延々と聞かされた時の事で。ぴっしりと綺麗に並べられたパイプイスの中、私だけ、だらりと腰をずらしていた(周りの子達はよく我慢が出来るものだといいたい)
真新しい制服が辺りを包んでいて、しゃべりかけようにも真面目なおぼっちゃまおじょうちゃま。
ふー、とこないだまで小学生だったとはとても思えないため息を吐いたと同時に、教頭の声が聞こえた。
「新入生代表、挨拶」
マイクの音量が可笑しいのか、教頭の声のボリュームが可笑しいのか。キーンと響いた音に、一瞬目を閉じている間に、教壇の上には日本人らしかぬ風貌の少年が、ピシリと立って私達を見据えている。
「ふり散る桜の花びらを背に、僕たち、私達は 」
響いてくる声なんて、正直どうでもよかった。
聞くだけで恥ずかしい演説なんて、もっとどうでもよかった。
(ただ私は、ソイツの目が気になって仕方なかった)
うっすらと灰色の目の奥に、ぐるりと渦巻くそのとぐろ。
どこかで見た事のある瞳だ、とぼーっとした頭の中で考えた。
(どこで?)(何で?)(いつ?)
ひとしきり考えて、やっとその少年の挨拶が終わりかけの時に、やっと気づいたのだ。
(そうだ、縁日で買った、金魚とそっくりなんだ)
ぱくり、と小さな金魚鉢の中で、苦しそうにパクパクと口を大きく開けて大きく大きく息をしていたあの金魚。息苦しそうに、まるでここは自分たちが生きる場所ではないのだ、と主張するように、パクパクと。パクパクと。パクパクと。
(苦しそうな、ヤツだな)
そう思ったのは、その少年が、「新入生代表、跡部景吾」と締めくくったのと多分同時だった。
カツン、と廊下に響く音に、ただなんとなく、自分では覚えていたつもりだったことを思い出した。それから、なんとなく。なんとなく、テニス部だと知って、ちょっかいを出すようになって。
なんとなく、恐かった気がする。
(なぜなら縁日で買ったあの金魚は、自分で桶から飛び出して、死んだのだから)
死んでしまった。と考えるよりも、その呼吸が苦しい場所から逃れる事しか考えていなかった金魚の事を考えた。
そうだ、跡部景吾は私にとって、ただの金魚だった。
(ねえ苦しくないの?)と何度も問いかけようとした。
ばかばかしい、子供だましな表現の中で、あのうさんくさい伊達眼鏡は、ニヤリと言葉を投げかけたのだ。なんで、跡部に、かまう
その事について知らないとしらを切るのは、案外簡単だった。だって本当に知らなかったのだから。
知らないから、金魚を私は見捨てて、自問自答を繰り返す。
(ねえ、跡部景吾。アンタって、そんなもんなの?)
(息苦しい、水槽の中から飛び出して、ポトリと死んでしまうの?)
(ねぇ、どうなのよ )
それはとてもばかばかしい事だった。
本人もいない、私の心に問いかけて、その答えが返ってくるのなら、とっくの昔に返ってきている。返ってくる答えもなしに、私は待った。
「バカだ」
すう、っと息を吸い込んだ。
「バカだ!」
それは誰が?
見下ろす窓の下に、いつか見た、あの珍しい髪の色のヤツがいた。
ごくり、と息を飲んだ。違う、そんな事を考えている間に、私の足は勝手に動いていたのだ。
走った。走った。走った。走った。走った。走った!
のんびりと、ゆっくりと歩くソイツをターゲットにして、ぐいん、と精一杯手を伸ばす。
ついっと真っ白のシャツを引っ張った。
ピクン、とソイツの体が震えるのが分かる。
「おい、跡部」
返事なんてなくていい。
「お前は、一体、なんだ!」
震える喉の奥で、バクン、と何かが打ち鳴らす。
1000のお題 【320 永遠を描く男】

2007.03.02
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