ああ、だめだ、これはだめだ。
ブルブル震えて上手く落ち着かない両手で、それにぐっ、と手を伸ばした。
バクバクする、ドキドキする、こんなの、初めてで、


「………なに、やってるの」
「え………はなめがね……かけようと」



番外  買い物バイキング





ちゃららーんちゃららーん! 軽快なリズムが流れて、(おそらく)綺麗なお姉さんの声が聞こえる『当百貨店ではお客様への心遣いを第一に、信頼出来る店を信条とさせて頂いています!』 流れる放送が、そのままバックミュージックの中でお姉さんが続けている。てこてこてこ。ほんの少し小走りで歩きながら、隣の海堂くんが、ふう、と深い深いため息を吐いた。「………なんでがいるんだよ」
それはちょっと、こっちのセリフだい!



もう少しで、父の日というやつらしい。私といったらすっかりこってり忘れてしまっていたのだけれど、(ちなみに母の日はおぼえていたぞう! えらいだろう)こないだ美術の時間に先生が「もう少しで父の日ですね、それじゃあお父さんの絵を描きましょうか」といったセリフで、やっとこさ、「ああそんなのあったね!」とかおもいだした。ちなみにイキナリ描けといわれても分からなかったので棒人間に矢印で『マイファザー!』と描いたら本気でおこられた。話が分からないヤツだぜい

それで本題に入ると、せっかくはじめての父の日ということで、何かプレゼントをしようじゃないか! とぶたさん貯金箱をじゃらじゃらと振ってみた。案外いいかんじのする音にドキドキワクワクさせて貰って、丁度ご近所さんのお店へ、もそもそと足を伸ばして、それで      「鼻眼鏡着用しようとしてたのか」 …………おもちゃ屋さんってスッテキー! このステッキスッテキー!


「それで、かいどーくんはー?」
「同じようなもんだよ」


ふんっ、と顔を背けて黙々と歩を進める海堂くんの隣を、私もちょっとマネしてみた。「おなじかー!」「うん」 てくてくてく。「おなじかー」「うん」 てくてくてく。てくてくてくてくてく。

「それで一体、何をプレゼントするの?」






紳士服売り場というらしい。目の前に並ぶごごごー! といったたくさんのスーツに、「うほほっ」とか意味の分からない奇声が口から漏れていた。隣の海堂くんは特に気にした様子もなく、きょろきょろと辺りを見回す。あっちかな、と聞こえた声に、「あ、わたしもー」 ついて行かせてもらった。

それにしても、ネクタイとはなんとも無難な気がするけど、それでいいのかもしれない。
ちょこっと派手めなシマシマネクタイに、落ち着いた色の淡色ネクタイ、ついでにアタイを見てといわんばかりの真っ赤なネクタイ。
取りあえずたくさんのネクタイが、商品棚の中にたくさん並べられていた。それを海堂くんは一つ一つとって、その度に棚へと直していく。

は、何にするの」
「え、うん、特に考えてなかったから、かいどーくんと同じでいいかも」

ふうん、と時に気にしない様子で、ネクタイを出しては、戻し、出しては、戻し。私もマネして一つ一つ、取って出した。いろんなガラを見ては、頭の中でおとーさんを思い出して比べてみる。まだおとーさんになって間もない訳で、あんまりはっきりと思い出せず、もやもやとしたものが頭の中で写るけれども、それでもなんとなく、「あ、これ合うな」とか、「ううん、これはちょっと無理かも」なんて。

「こんだけたくさんあると、迷うねぇ」
「そうだな」
「海堂くん、去年なにあげたの?」
「去年?」
「ん、ん」
「ハンカチ」

やっぱり無難だ。は、と無言でちらりと見た海堂くんに、思わず、「えっ」 去年。もちろん、そんなの。ええっと、と考えながら、手の中でふらふらと箱をいじった。もごもご動かした唇を、海堂くんは不思議そうに見る。それでも、もごもごもご、「じ、」「じ?」「じつ、は」

「何もあげてないのだ」

ネクタイを、棚に戻す。そのまま、棚に、そーっ、と両手をついて、頭を降ろした。失言した。こなくそ。こなくそう。そのままガンッガンッ! と棚に頭をぶつけたい所だけれど、すんでの所で、自制心を、ぎりぎりぎり。こなくそう、ぎりぎりぎり。
ふはああ、とでっかいため息を吐きそうになった私の隣で、海堂くんがやっぱり興味なさげに、「ふうん」と息をついた。「ああじゃあ」 こちらをチラリと見ずに、手の中のネクタイだけを見詰めて、
「今年からはちゃんとしろよ」



ことしからはちゃんとしろよ。らいねんもちゃんとしろよ、さらいねんも、ちゃんとしろよ。
(彼にとっちゃどうでもいいことだったんだろうけど)あんまりにもペロッと喋られたもので、私も思わず、「う、おう!」 ぐっ、と拳を胸に置いて、まかしとけポーズ。うん、といいながら、やっぱりネクタイを見詰めたままの海堂くんに、ほんの少し、嬉しくなって、


「海堂くん海堂くん、お父さんにはこのアメリカネズミのネクタイはどうだろう!」
「それは一体なんの嫌がらせなんだ」


思わずへへへ、と笑ってしまった。







                         アトガキ

随分前に頂いたリクエスト(葉末くんとお買いもの)の再録です。
丁度時期が父の日だったものだから……!


2008.06.07