ずっと一緒にいませんか?
mother story
そう佐助くんに言われてから数ヶ月。私は相変わらずぼんやり毎日を過ごして、佐助くんと一緒にご飯を食べたり、宿題をしたり、お買い物に行ったりと特に何も変わらない。
ただときどき、ぎゅっと佐助くんに手を握られたとき、どうしよう、と耳の辺りが真っ赤になった。別に、外に出て、手のひらをつないでお散歩に行って、昔から変わらないそれだけのことなのに、なんだかひどく動揺した。
それを佐助くんに知られるのが恥ずかしくて、私はきゅっと眉に力を入れて彼の後ろを歩いた。硬くて大きな手のひらで、まっすぐにどんどん進んでいく。どきどきと苦しいような、よくわからないようなそんな気持ちで歩く のは、まあ最初の方だけで。
こっちがこんなにあうあうしているというのに、佐助くんは本当に予告通りに何にも変わらなくって、相変わらず近所のお兄さんで、ついでにお母さんでもあった。
そんなこんなだったから、一人でまっかになるのもなんだかちょっとバカバカしくなって、私もいつもと変わらず佐助くんとお話することにした。二人でソファーに座り込んで、ちょこんともたれながらテレビを見る。
それでも前と変わったことと言えば、私が佐助くんのことをお母さんと呼ばなくなったことだ。そう言うと佐助くんはものすごく口元をひねって拗ねるということもあるのだけれど、前みたいに佐助くんがお母さんだなあとは思わないようになった。包丁片手におたまを回して、やっていることといえばやっぱりお母さんなのだけれども、やっぱりなんだかどこか違う。佐助くんは佐助くんで、佐助くんなのだ。
「、それおいしい?」
「ん」
「ちょーだい」
「んー」
どうぞ、と差し出したクッキーを、佐助くんはもぐりと食べた。ポリポリポリ、とクッキーを食べる音が響く。ぽちっと佐助くんがチャンネルを変えた。私は膝を丸め込んで、ぶいんと変わる画面を見つめる。何個か画面が移動したとき、丁度映った女の人と男の人の光景に、ぱりんと思わず口元のクッキーを割ってしまった。
端的にいうと、彼らはちゅーっとキスしていた。
家族でラブシーンを見ると、なんとなく気まずくなるような、あれである。別に佐助くんがお母さんとか関係なく。すぐにチャンネルは変わったけれども、なんとなく私はさっきのシーンを忘れることができないで、もぐもぐと必死にほっぺをふくらませた。
わあわあと元気にしゃべるテレビの声が響く。佐助くんは相変わらずぼんやりソファーにもたれかかっていて、見るテレビをやっとこさ決めたらしい。んー、と私は考えた。見覚えのある芸人さん達が、ピポンとボタンを押して自分の答えを主張する。「キスってどんなのなのかなあ」
別にぼんやり言ってしまっただけだ。したことはないし、そこまで興味もないけれども、想像が出来ない。口と口をくっつける? と考えるとなんだか不思議だ。
んんん、と唸っていると、ふと佐助くんが私を見下ろした。「してみる?」「……だれと?」 そう訊いて、さすがにぼふ、と赤面した。「あ、あの、いや」 そういう意味じゃないんだけど、と体を小さくすると、「ふうん」と佐助くんがどうでも良さげな声をして私を見下ろしている。「しないの?」「ん……ん? うん……」
んー、んー、んんー、と考えた。よく分からない。そんな簡単にしてもいいものなのかも分からないし、考えてみるとやっぱりちょっとだけ興味があるような気もした。私がんーんー唸っていると、佐助くんはポリポリと顎を引っ掻いて、「うん」と言いながら私を見下ろす。「しない?」 ぬっと彼の顔が近づいた。「えう」 なんだかうまく声が出ない。
「あの、その」
「うん」
「ちょっとくらい、なら……?」
「ん」
ちょい、と佐助くんが私の顎を掴んだ。私は慌てて目を閉じた。ひょい、と顎を持ち上げて、顔が上がる。ほんのちょっと、佐助くんの匂いがした。ひ、とまた強く瞳を閉じた。ちゅ、と唇がくっついた、ような気がした。でもそれだけだ。私はパチパチ瞬いて、さっきと変わらずテレビを見つめている佐助くんを見上げた。
んん? と自分の口元を触って首を傾げた。これだけ? とちょっとだけ拍子抜けしたような気分である。これのどこがいいんだろう、と不思議になってきて、んんん? とまた一人で反対に首を揺らす。「……なにしてんの?」「んー……」 よくわかんなかった、と正直に答えると、佐助くんはきょとりと瞳を見開いた。
「キスしたの?」
「うん」
したね、と彼は頷いた。それでも私が怪訝な顔を続けていたら、「もっかいする?」 さっきよりも、少しだけ短く考えて、私はうんと返事した。佐助くんがごそごそと体の向きを変えて、私と向き合った。それからまた私の顎をつかんで顔を寄せたから、私は慌てて瞳を閉じた。ちょっとだけ長く、口元が合わさった。けどやっぱり分からなかった。
んー、と相変わらず不思議だったのだけれども、それ以上言うのはなんだか恥ずかしいような気がして、私はごそごそ佐助くんにもたれかかって二人で一緒にテレビを見た。ばいばい、と佐助くんを見送ってベッドに入った。それからまたさっきのことを思い出して、佐助くんとキスしたのだ、と考えてみた。そしたらなぜだかどんどん恥ずかしくなって、かっかと頬が赤くなった。色んなことを少しずつ思い出して、口元を押さえた。
ベッドの中で丸くなりながら、どきどきと痛くなってきた心臓を抑え込んだ。うわー、と一人勝手に赤面して、枕に顔を埋めて佐助くんに会うのがちょっと怖いような、そうじゃないような、よくわからない気持ちになった。
それから私は佐助くんに会ったら、キスしてくれないのかなあ、とちょっとだけ心の底で期待するようになった。そんなふうに考える自分が恥ずかしくなって、おかしいぞと思うのにぶるぶると首を振ってもいつのまにかそう思っている。
ぱたぱたと佐助くんにくっついて、彼の服を握って、顔を落とした。「どったの?」と問いかける彼に、私はぶるぶると首を振って、なんにも言えなくなってしまって毎日を過ごした。
(また、キスしたいなあ)
俺のお嫁さんになる? そう訊かれたとき、色んなことにびっくりして、少しだけ怖くなってしまって私は佐助くんから逃げ出したのに、なんだかこれって変な感じだ。
私は玄関でスリッパを並べて「それじゃあね」と帰ろうとする佐助くんを見送った。佐助くんは、しょんぼり頭を落とす私に振り返って、少しだけ何かを考えるふうに顎をひいた。ぽん、と私の両肩に手のひらをおいて、少しだけ顔をしゃがませた。うわ、とびっくりして瞳をつむった。ちょん、とくっついたのはおでこだった。
私は多分真っ赤な顔をしておでこを額で覆った。佐助くんはけらけらと笑って「さっさと寝なよ」と背中にかけた鞄のひもをひっぱって、背中を向けた。けれどもひょいとまた振り返った。私と佐助くんは、お互い短い間見つめ合った。佐助くんはちょっとだけ視線を横に逸らした。けれどもすぐに私を見て、ぺちりと静かに私のほっぺに手を置いた。それからゆっくり体を屈めた。
「んっ……」
ちゅ、と何度も唇がくっついた。私はぎくりと肩を小さくさせて、顔を上げた。ちゅ、ちゅ、と顔を傾げて、佐助くんがこっちに体重をおしつけた。
お互いゆっくり口元を離して、はー、と長く息を吐き出しながら、ぼんやり彼を見上げると、最後に佐助くんはちょんと私の首元にキスをした。「ひゃう」 ちょっとだけくすぐったい。
「おやすみ」
よしよし、と佐助くんは私の頭を撫でた。私はなんにも言えないまま、真っ赤なハの字眉毛で彼を見送った。でも、また明日、とガチャリとドアが閉まる音と一緒に聞こえた声が、なんだか嬉しいような、そんな気がして、ぱたぱたとフローリングを歩いて、ぽすりとソファーに飛び込んだ。
ぎゅっと丸いクッションを抱きしめる。うわー、と一人で勝手に騒いだ。それからカーペットに座り込んで、ごろごろと転がった。ちゅ、と何度もくっついた口元を指で押さえて、ぎゅぎゅりと瞳を閉じながら佐助くんのことを思い出した。
なんだかちょっとだけ、変な感じだった。
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1000のお題 【96 影の支配者】
mother連載エロかかんの? と訊かれて、「その発想はなかった」って考えてみたけどそもそもこの人達キスすらしてないことに気付き動揺
佐助はこう……フット・イン・ザ・ドア・テクニックで最後までいきつく
2012/12/05