彼がいなくなった世界の後で[B√]





「結局なんだけど、ちゃんとテッドって付き合ってないんだよね……?」
「教室でする話じゃねえだろ……」

だってテッドの恋バナ好きなんだもん! とふるふる頭を振る(一応)友人を見ていると、できることなら額に肉と書いて一日中笑って過ごしたい。「額に肉……」「え、なに、おなかへった? さっき食べたばっかじゃん」 縦には伸びないのに横に伸びちゃうよ? と微笑むの眉間をなぎ倒す作業は即座に終えたのでそれはさておき。

「別に、お互いすきなことは、まあ、なんとなく、わかってるっつーか」

おお、とやっかみのようにつぶやかれた言葉に対して、さすがに少し後悔した。「なんだよ、文句あんのかよ」「いや、成長しすぎてびっくりした」「うるせえよ」「自意識過剰だったのに」「どこがだ!」

ちがうちがう、とは移動教室のノートを振ってへらへらしている。「相手の一挙一動に深読みしちゃう的な」 なんかものすごくぐさりときた。「おいおい、ダメージ受けるなよ。昔の話じゃん」「そもそもお前がえぐるような発言やめろよ」 どう考えてもわざとである。そんなんだから友達ができねえんだ、と無意識に呟いた自分の台詞に、やべ、と口元に手を置いた。さすがにちょっと言い過ぎたか、と顔を上げれば、仏さながらにてかてか満足気な顔をしているを見ると、謝る気もどこかに失せた。

「そんな俺でも友達をしてくれるテッドが好きだよ!」
「お前わざと言ってるだろ。このごろ下駄箱手紙コースの回避にやっきになってるもんなあオイ!」

あらぬ噂に人を巻き込ませようとするな! と叫べば、「そうなったらラッキーかな程度しか考えてないよ!」「ラッキーじゃねえよ屈辱だわ!」



   ***



「あらぬ噂って、どういこと?」
下駄箱手紙って、女の子にもててこまっちゃうってことだよね、ときょときょと視線を回しながら頬に手をあてるを見て、話題のセンテンスを間違えた、と気づいた。「それでなんてくんが、テッドくんを好きって言って得するの?」 んん? と眉をハの字にして考えるに、自分で話題を投下しておいたくせに、気づくんじゃない、と心の中で呟いた。気づくな。「あ」 ぽむ、と両手を叩く。「だからつまり」 だから気づくな。

敢えて無視した。頭の上から緑の葉っぱの影がはらはらと降っている。「そういえば、テッドくん、委員会入ったんでしょ」「おう」 強制参加の委員会だ。どこでもいい、とぼんやり窓の外を見ている間に、いつの間にか決まってしまっていた。「図書委員。ガラじゃない」 図書室の中にいったら眠くなってたまらん、と溜息をつくと、がころころと笑っている。

「つーかさー、後輩の一年がマジ生意気なんだよな。つっけんどんだし。ときどき鼻で笑ってくるし。おかっぱだし!」
「おかっぱは問題なの」
「もてすぎてうぜえ!」

あいつがいるとキャーキャー女子の利用が多くて眠れねえ! と叫ぶと、眠っちゃだめでしょ、と即座にツッコミをいれられた。ぼふん、と叩かれた背中が少し熱くて、ぐっと口元を横にひっぱり、背中を伸ばした。何をしてるか。「くんにしろ、その人にしろ大変だね」「俺はまったくないけどな」 というかあいつらが別次元するのだ。

あれはあれでやってられんだろうな、とトイレの洗剤みたいな名前のクソ生意気な後輩に若干同情の気持ちを持っていると、「そっかあ」とはどこか棒読みに、間延びしたような返事をした。一瞬、妙な空気になったような気がした。ちらりと視線を送ると、はこっちを見ないままに、「そっかあ」ともう一回返事をした。「でも、それだったら、ちょっと、安心かも」

の鞄につけた、変なキーホルダーが揺れている。
意味を考えた。そのままさらりと無意識に流してしまいそうになって、うん、と返事をせずに前を向いた。それから一歩進むうちに、どんどん色んなものが大きくなった。俺はまったくないのが安心だと。
「失礼なやつだな!」

でてきた返事がそれだった。変な空気は、ふいっとどこかにとんでいって、「ごめんなさい」とは吹き出すみたいに笑っている。げらげら、と俺も笑った。(お互い、好きなことななんとなくわかってる) だから言ってない。言わない。

き、と自転車にブレーキをかけた。瞳をつむって、息を吐き出して、自転車を止めて、「お前、目つむれ」 どこどこと腹の奥で変な音が響いている。は不思議気に瞬きをした。それから俺を窺うように瞳をつむった。ぎゅっ、との両腕を掴むと、びくりと彼女は震えた。逃げる前にそのまま屈んだ。くっつく。

口元を押さえて、ぼんやりと地面を見つめているを見ると、なんだかわけがわからなくなった。後ずさると、止めていた自転車にケツからぶつかった。「あの」「ば」 ガシャンと倒れた。「ば、ばかやろ」 いや何がだ。

倒れた自転車を慌てて抱き起こした。あの、テッドくん、と小さな声できょとんとしたがこっちを見ている。「なんでもねえよ」 いやあるだろ。「帰るから」 いやいや。

自分の声の反対に、頭の中で何かがつっこんでいる。がしゃん、と自転車に飛び乗った。「じゃあな!」 顔も見ずに告げた言葉に、「うん」とは頷くように返事をした。パッとお互い瞳を合わせた。「また明日」

考えて出た言葉じゃない。「部活で」 こくり、とは頷いた。また明日。

自転車で逃げ去って、赤信号で止まると、勝手に口から長い長い溜息がでた。「あー……」 サドルに額をつけて、色々と考えた。「あー……!」 スーパーに行かなければいけない。さっさと今日の晩飯を買って、あとは明日の弁当だ。

明日、また彼女に会う。