彼がいなくなった世界の後で[B√]
二人一緒に幸せになれたらいいね、なんて言ったのは俺の言だ。
「え、お弁当、テッドくんが作ってるの」
「晩飯の残りつめただけだ」
「それでも、ええ」
えええー、と言いながら、自分自身の持つサンドイッチを愕然とした顔で見つめる彼女の気持ちはなんとなくわかる。共感すると言う意味じゃない。女の子の心情は、少なくとも目の前の男よりもわかるというそれだけだ。
きょとんとした顔で、「なんなんだ?」と首を傾げるテッドのにぶちん、なんて思いながらグレミオ特製おにぎりを口にふくんだ。手先が器用すぎる家人の傑作、坊ちゃんおにぎりである。綺麗にカットした海苔で頭と瞳をつくり、口元には梅干しで、にこにことこっちを見ている。これってくんだよね、と誰が見ても一発で俺がモデルと分かる出来はさすがの一言と言ってもいいだろう。けれどもときどき感じる。これって共食いじゃね? 俺が俺くってね?
ほっぺにおべんとうついてるよ、とつんとんと指先でつつくちゃんと、それを見て、「あ、やべ」なんて言いながら片手でぬぐう男を見ていると、ちがうだろう、と言いたくなる。そこはちゃん、指を伸ばしてだね、テッドもだね、自分でとるんではなくてね、たとえ付き合ってはいないと言ってもですね、結局お互いにベクトルはわかりきってるんだからもうちょっとピンクな状況をだね、なんできみたちはしない。きみたちはしないんだ。(あ、そうか)
一人憤慨する気持ちを抑えこんでいる最中に、なるほど、と唐突に気づいてしまった。(俺がいるからか) そりゃ第三者がいりゃしないにきまっている。(ん? 俺って) なぜ気づかなかったんだろう。邪魔すぎである。
(んんん?)
自分自身の思考にびっくりした。いや、なぜ今まで気づかなかった、ということに驚いた。テッドとちゃんが、俺がいないときは二人で帰っていることは知っている。けれども部活になれば三人だし、昼飯だってわざわざベンチに店を広げて三人一緒だ。(俺って、こんな空気、読めなかったっけ?) 人並み以上に察しのいい男であったはずなのに、となんとなくショックを受けた。ぐびぐび持参したお茶を飲みながら、こりゃいかんぞ、と頷く。ちゃんとテッドの会話をうんうん聞いているふりをして、タイミングを練ってみた。「あのさー」 挙手する。
「俺、ちょっとこれから忙しくなるかも。昼、抜けるよ」
部活のあとも、二人で帰ってチョウダイ、となんでもない口調で笑うと、「え」とちゃんが目を点にした。テッドもテッドで訝しげにこっちを見ている。「まあちょうどいいでしょうさ。俺がいない方がほら、うん、いない方がいい、いい」 いやいや。
さすがに最後の台詞は言う気がなかったのに、ぽろりと言葉がもれてしまった。しんとした空気は、さすがの俺でも口元をつきだしてしまいそうになる。いや気にしないでくれ。しないしない。そのままスルーが一番なので。「お前、なにいってんだ?」 心底呆れたような声を出された。
「いやいや、気を使う男と言ってほしい」
「ばか」
殴られた。
「ムリならいい。時間があったら来い」
来たいならこい。
端的過ぎる主張をお茶を飲みながらきいた。テッドはテッドでハンバーグに箸を入れていた。ちゃんはなぜだかベンチの上で正座をして、こくこく頷いている。「え、俺いていいの」 あんまりにも素な疑問が溢れてしまって、さすがに少し赤面した。「当たり前だ」 茶を飲んだ。
ぷはー、と親父のように吐き出して、顔を上げた。「じゃあ来よう」「よし、来い」「ちゃんに会いに」「お前はいちいちちゃかさんと会話ができんのか」
損な性分してるよな、とわかったような口をきかれて、「そのとおりだ」と肯定した。元来、俺は素直な男なのだ。
「きみたちのデート中も、思う存分邪魔しに参上しよう」
「お前やっぱ帰れ」