番外編
小噺×3


【750 白々しい】


この頃気付いたのだけれど、テッドは街の中を、随分遠回りをして歩く。歩けば五分とかからない道を、わざわざ回りに回って、十分十五分とかけまくり目的地へ到着するのだ。何やら意味新なその行動、ふと私は気付いたのだ。

「テッド、もしかして紋章屋に行きたくないの?」

今日も今日とて遠回りをしてマリーさんの宿屋へと向かおうとしていたテッドは、ぎくりと体の動きを止めた。紋章屋の前を通ればさっさと行ける道なのに、相変わらず時間をかけて遠回りをしていたのだ。
彼は可哀そうなくらいに、ギギギと油がさしていないロボットのように振り向いた。顔が青ざめている。きっとソウルイーターを紋章師に知られてしまうかもしれないとびくびくしているんだろう。

前々から気付いてたけど、テッドって嘘がつけない人だ。いや、多分、どうでもいい人には結構上手に嘘をつくのに、ちょっと仲がよくなるとごまかせなくなっちゃうのだ。いやあ、私テッドと仲良くなったなあ、うん、なっちゃったなあ、と自画自賛をしてちょっと照れた。しかしそんな私とは関係なしに、テッドは必要以上にどもった。「いいいいいいや違うしおおおお俺避けてなんか避けてなんか」「ははは」「はははじゃねえよ!」

まあこれ以上いじめるのは可哀そうだなあ、とテッドのいつもの紋章屋を避けるルートを通ろうじゃないかと、彼の葛藤やらなんやらを知らないふりをして歩こうとした。しかしながら、テッドはやっぱり必要以上に挙動不審だった。いやいいよ、わかってるから。ソウルイーターが原因って分かってるから。でもほら知らないふりするから問題ないって。なんて言える訳がない。うまいフォローが見つからない。ごめんテッド、いらないことを言いました。

テッドはさっと片手を目の前に上げた。「ち、違うんだ」「うん」「その、俺は」テッドが口ごむ。俺は、なんだろう。もしかして。ふと、彼が秘密を打ち明けてくれるのかと期待した。そして覚悟した。

「俺……紋章屋に行くと……腹が痛くなる……体質で……」

い、いててててぇー。とテッドがあからさまな棒読みで自分のお腹を押さえ、前かがみになる。私はテッドを見下ろした。「……いてててぇー……」 テッドは必死にお腹を押さえていた。

「……いや……テッド、それは……ない……」
「!?……!」





【941 意地を張る】


ぼっちゃーん、みなさーん、そろそろご飯ですよー。とグレミオが呼んでいる。「はーい」と私は返事をした。その様子を、さんが不思議そうな眼で見つめてくる。カンカンカン! と景気のいい音を鳴らして、お互いの棍と棍をはじかせ合う。練習相手になってあげるよ、俺も体が鈍るからね。とさんはにこにこ笑ってご自慢の武器を振りまわしてくれた。

「テッドも一緒にやらないかい?」
「……俺は頭脳労働が得意なんだ」
「またまた」
「ちょ、おま、またまたってなんだまたまたって!?」

さんはテッドをからかうのが楽しいらしい。石に腰かけてテッドはこっちを窺っている。「ぼっちゃーん」とまたグレミオの声が聞こえた。そろそろ終わりだなあ、と私は軽く汗をふいて、「すぐ行くよー」と返事をする。さんが軽く棍を振りまわし地面に打ち付けて、終了の合図を出した。

「……あのさあ、ちゃん」
「はい?」
「俺、前々から不思議だったんだけど」

さんがぐいっと眉根を寄せている。不思議なこと? 一体なんのこと? と首を傾けると、彼は難しげな表情のまま、「なんでちゃん、坊ちゃんって言われてるの?」「え?」「あん?」 一緒に聞いていたテッドまで首を傾げた。

「いやだから、ちゃん、女の子でしょ? なのにみんな坊ちゃんだし、近所の人達もマクドール家の一人息子って……って、え、ちょ、ちゃんどうしたの!? なんで静かに泣いてるの!?」
ざあああん、ずてぎなびどだなってまえまえからおぼっていまじだァ!!」
「……え、あ、ごめん。まったく分からない」

さあああん、素敵な人だなって、前々から思っていましたァ!
そうだ、どう考えたって私は女なのだ。それなのにみなさん男扱いの坊ちゃん扱い。跡取り息子なんだから頑張れよ! なんて知らない人に言われることだってある。せめて跡取り娘って言っておくれ、なんて叫んでも最初は納得するのに、一分後にはすっかり忘れられているのだ。「さーあああん!!」 私はガシッとさんに抱きついた。さんは「うん? うん?」と不思議そうな声を出しながらもしっかり抱きしめ返してくれる。顔もイケメンなのに心もイケメンだとか、なんてことだ。乙女のツボをプッシュじゃないか!

「ちょ、おま、に何してんだ放しやがれええええ!!!」
「え、ちょ、テッド。おかしくない。俺じゃなくてこれはちゃんが俺に抱きつき」
「うるせえアホ!」
「アホ!?」

せめて馬鹿って言って! 俺はお金馬鹿なのに! とさんが悲しげな悲鳴を上げる。そしてテッドは私をはかいじめにしてさんから離すと、ずるずると後ろに移動していく。「お前なぁ! 何してんだよホントに!」「だって嬉しかったんだよ……」 男男といきなり指をさされ、涙ながらにもそんな日々もそろそろ慣れてきてしまったこの頃。そんな中、ぽっと現れたイケメンがずっと誰かに言って欲しかった言葉を言ってくれたのだ。

さんは乱れた服を直しながらも心底不思議そう眉をひそめる。「嬉しかったって……ちゃんはどっから見ても女の子でしょ?」 何で男って勘違いされんの?

そう言って、さんはテッドを見た。「ねえ、女の子だよねえ、テッド」

私は相変わらず私を後ろから押さえつけているテッドを見上げた。テッドはぴたりと固まり、「え、あ、ああー、ええ」と意味の分からない言葉を繰り返していた。そして私の体をさっと放し、ゴホン、と一つ咳をつく。「あったり前だろ!? は女以外の何物でも……ないよな?」「最後疑問形なんですけど」 しっかり肯定して欲しいんですけど。

ははは! とテッドは笑った。どう考えても誤魔化し笑いだった。そして、「おっと早く行かねえと、グレミオさんのメシが冷めちまう! おし行こうぜ!」と早口を言うと、そのままさっと背中を翻し、マクドール邸へと消えていく。
そんな挙動不審なテッドの動きを見て、さんは腕を組んで唸った。

「……うん? ちゃんってもしかして男の子だった? くんの方がいいかな」
「正真正銘女なんで、今のままでお願いします」

そろそろ泣くぞ。



【900 更年期障害】


何でもアレンとグレンシールが家へとやってくるらしい。
テオ様が直々に家に招待したらしく、まあ二人ともテオ様の片腕なのだから、こういう展開があってもいいようなないような、と今朝から私はずっとそわそわしていた。お夕食が、あのイケメン騎士と話題のお二人と一緒にできるのだ。やっぱり気になる。ちょっとくらいキャーキャーしたい。

「テッド、うはああ、なんかちょっと緊張で死にそうだよ」
「あっそーお。あっそーう。ふーん、ほーう、ほほーう」

テッドは激しく機嫌が悪かった。釣竿を川に垂らしたまんま、じろっと水面を睨んでいる。どうした。なんでだろうか。今日は普段と同じで、別に変なこともなかったはずなのに。

「……テッド、魚が全然釣れないのはテッドの所為じゃないよ、その……川が悪いんじゃないかな……決してテッドの釣りが下手とかそういう、そういう下手とか!」
「ヘタヘタうるせぇー! これでも上手くなったんだよ!」

キイッ! とテッドが口を横に広げてイーの形を作る。何故だろうか、もっと機嫌が悪くなってしまった。えええー、と私はテッドの横に座りこむ。テッドがちらりとこっちを見た。そしてほんの少しだけ微笑んだ。おっ。

「テッドそれでさー、アレンさんとグレンシールさんって、実物どんなんだろうねー?」
「ガアアアー!!!」
「!?」

てっきり機嫌が直ったようなので、明るい話題を提供したというのに威嚇されてしまった。野生動物か。なんなんですか……と私はそろそろとテッドのそばから離れようとした。しかしその瞬間、テッドの眉間のしわがもっと深くなった。どうすればいいのだ、近づくことも離れることもできやしない。とにかくこの野生動物を刺激しないようにと私は固まった。呼吸すらも止めてみた。苦しい。ぐはっと息を吐き出した。
その瞬間、テッドが持つ竿の浮きがぷかりと浮かんだ。テッドが思いっきり引っ張ると、帰って来たのは餌を取られて釣り針のみになった寂しい姿だった。思わずブハッと笑ってしまった。テッドがじっとりとした目でこっちを見ていた。ん、ん、ん、と私は笑いを誤魔化して、ついでにわざとらしい咳をついてみる。


テッドがのそのそと針に新しい餌をつけた。手袋のままでは付けづらいと左手のみはずしている。「…………っていうかさぁー」ふいに、テッドが呟いた。「やっぱりね、なんていうの? 若い男の方ががいい訳ですかね。チクショー!」 ビシッと竿を振って、川の中にぽちゃりと浮きを沈めた。

私は体育座りのまま、のそのそとテッドに近づいた。テッドはむん、と唇をとがらせている。っていうかアレだろうか、若い方がいいって、アレンさんとグレンシールさんのことだろうか。まあ、確かに若い。若いけれども。

「…………テッドの方が若いんじゃないかな?」

あくまでも見かけだけの話だけれど。

テッドは釣竿を持ったまま、ぼけっとした表情で私を見た。そしてん? と眉を八の字にする。「…………そういやそうだな」「うん、そうだねえ」「俺、若かったなあ」「ぴちぴちだねぇ」

忘れてた忘れてた、とはははーと笑うテッドを見て、テッドって本当によくこれで300年間逃げのびたなあ。これ、考えるの何回目かなあ、とテッドと一緒にはははーと笑った。



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暫く本編が、「え……? テッドは……?」な展開になりそうなので、先に自分の中でテッドを溢れさせておこうかと……
1000のお題から抜粋。

2011.04.22