完結後
そのころ、親ペンギン
■ お正月リクエストで、息子が家出しちゃったときの両親の様子
■ グレミオさんは、坊ちゃんがループし続けていたことは知りません
「…………アルドがいない」
さっ、とテッドは顔を青くさせた。「アルドがいないぞ、!」
一体これはどういうことか。テッド、、、そしてグレミオ。変わらない三人を見つめ、グレミオはどうにも不思議な思いにかられた。自らの主に思いをたくされ、今もこうして、彼らの行く末を見守っている。できることなら、少しでも長く生き延びて、彼らと共に歩んでいきたい。そう思う。彼らと共に、いつまでも。そんなことは夢物語だ。彼らと自分では、生きる時間の流れが、まったく違う。
だからこそ、アルドの存在は彼にとってありがたいものだった。自分がいなくなってしまった後、自分よりも若いこの子どもに、後を任せることができる。彼が生まれた日、ぽろりとこぼした涙には、きっとそんな意味もあった。けれどもそれは、「……あの、バカ……」 静かに呟かれた彼の父のセリフを聞きながら、いつかこんな日がやってくる。そう知っていた自分がいたと、テーブルの板の目から、ゆっくりとグレミオは瞳を閉じた。
「グレミオさん、おれってへんなの?」
「……? 何がですか?」
ふと、小さな少年は舌っ足らずに彼を見上げた。父親によく似た顔をこちらに上げ、彼は何か言いたげにグレミオの服を掴んだ。「どうしましたか?」 買い物袋を地面にのせ、少年と顔を合わせる。彼は泣き出しそうに、鼻をふくふくさせていた。あれま、とグレミオは指を伸ばして、ふくふくした彼の頬をやんわりと撫でる。彼はぽろぽろと、涙をこぼした。
「なんで、おれは大きくなるの?」
「それは、アルドくんが、いっぱい元気ですくすく成長しているからですよ」
「じゃあなんで、父さんと母さんは、ずっとずっと、変わらないの?」
やだ、おれ、大きくなんてなりたくない。やだよ。
がつん、と頭を殴られたような気がした。「そっ」 勝手に声がかすれた。「そんな、こと……」 どさり、と買い物袋がバランスをなくして地面にこける。少年の肩に手を置いた。「そんなこと、いわないで、いわないでください……!」 ぎゅっ、と力強く彼の肩を強く握ると、びくり、と少年は震えた。ぎょっとしたように彼を見た。「私は、アルドくんが、大きくなることが、楽しみで、楽しみで、だから……」 言葉が続かなかった。
自分が死んでしまった後、彼に重荷を 重荷? そうなのだろうか。違う。きっと違う。自分だって、彼らと共にいたい。けれどもそれは無理な相談だ。知っている。もう大人だ。私は“大きく”なった。だから知っている。これはしょうがないことで、次につながる彼がいることで、自分はとても救われているのだと。けれども、少年からすればどうなのだろう。
大きくなりたくないと主張する彼が、たまらなく悲しくて、寂しかった。
夢を持って欲しかった。明日をわくわくするような、ただ普通の、そんな気持ちを持って欲しかった。おそらくそれは、子どもに押し付ける、自分たちからの我侭なのだ。けれどもそんな気持ちさえも持たせることのできない自分たちが悲しくて、悲しくて、たまらなかった。
誰が悪い訳でもない
しょうがないことだった。言葉にすればそれだけだ。大きくなればわかる。そんな言葉は言いたくなかった。「アルドくん、ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」 彼はぽろぽろ涙をこぼしながら、怒ったように眉を釣り上げた。「なんで、グレミオさんがあやまるんだよう、グレミオさんはわるくないよう、おれが、わるいんだよう」
そんなこと、言わないでください。誰が悪い訳でもないんです。ただ私はあなたに救われた。あなたがいてくれて、本当によかった。けれども、いつか自分は先にいってしまう。必ずあなたたちを残していく。そのことに悔しく思う自分の中で、ほんのちょっと、ほっとしている自分もいた。そのことが心底悔しかった。
彼の頭を撫でた。少年は、グレミオの肩に額をつけた。嗚咽が響いた。子どもの泣き声だ。自分だって、大人だと思った。けれども辛かった。溢れる涙が止まらなかった。
「おれが、わるいんだから、おれが、わるいから、グレミオさんは泣かないで」と呟かれる声が、たまらなく辛かった。(300年) 彼の父親は、300年もの間。(……なんて、長い……) それに比べれば。
自分も、子どものようなものだった。
***
いつか、こんな日が来ると思っていた。
宿の部屋の中からやっと見つけ出した置き手紙の封を、はピリピリと引き裂き、中身を取り出した。彼は顔をしかめた。そして軽く首を振り、肩をすくめる。「坊ちゃん」「理由なんて書いてない」 口の端を皮肉げに上げる。「ただ、旅に出ます。それだけだ」
「」
ふと、眉間によせた皺を伸ばすように人差し指をつけていた少女が、顔を上げた。「見るかい、ちゃん」 うん、と彼女は頷いた。彼女はメガネのつるを直しながら、じっと手紙を見つめた。グレミオもそれを覗いた。少年の字だ。文字通り、“旅に出ます” ただそれだけ。署名もない。
大人たちは、そろって口元を押さえた。見かけは子どもでも彼らの年はそろって、とっくの昔に成人をこえている。理由など書かれずとも、誰もが薄々、気づいていた。(けれども) その理由を、恐らく一番理解できるものは、自分だろう。グレミオは頷いた。けれども、それを言葉にすることはできないし、する気もなかった。
「探しに」 ガタン、と立ち上がったテッドの腕を、が掴んだ。「あいつは、バカじゃない」 それと同時に言葉をかけられたの元へ、テッドは顔を向けた。「とっくの昔に、計画済みだったんだと思うよ。今頃こっちの手も届かないような場所に、どろんと消えてるに決まってる」「わかってるよ」
乱暴に息を吐き出し、テッドはどすんと椅子についた。相変わらずテッドの腕を掴むの手を取り、握りしめた。「俺達ができることは、待つことだけだ」「わかってる」「俺たちの存在が。あいつの中で、重くなっているんなら、あいつの腹の中で消化して、すっきりするまで待たなきゃいけない」「……だから、わかってるっつーの!」
テーブルを叩く変わりに、彼は彼女の手のひらを握りしめた。ぎゅ、と彼女も手を握り返した。はただため息をついて、頭のバンダナを外す。
「丁度いいことに、ここには来たばっかりだ。何かない限り、あと数年はこの場所にいることができる」
淡々と言葉を吐き出すが、瞳はごろりと揺れていた。グレミオには分かる。長くお仕えしていた少年の微かな動作だ。「待ちましょう」 やっとこさ、グレミオの喉からあふれた言葉はそれだった。うん、と彼らは頷いた。けれども、はぎゅっと口元を尖らせて、ゆっくりとメガネを取り外し、瞳を瞑った。「帰って、来るかな」
「バカ」と、軽く父親は呟いた。彼女の頭を抱え込んで、自分の肩にのせ、軽く頭を撫でた。「熱いね」「ちゃかすなよ」 じろりと軽く親友を睨むと、自身の瞳を困ったように細めて、けれどもすぐさま首を振り、もう一度、彼女の頭を撫でる。
「、親ばかだけどさ、あいつは、が言うようにバカじゃない。帰って来るさ。帰って来る。生きるすべは、みんなでよってたかって教えたからな。そこいらの大人よりも頼りになるぜ。……旅に出るって言葉はな、いつか元の場所に戻るって意味なんだ。大丈夫、あいつは“旅に出た”んだ。戻ってくるさ。 もし、もしだめでも、こっちから探しに行って、首根っこ捕まえて戻って来てやらぁ。自分の亭主を信じろって」
「熱いね」と、少年はもう一回。彼らは苦笑して見つめ合う。
ただグレミオは口元を緩めた。自身が消えてしまった後、彼らにはあの子がいる。そしてあの子が消えてしまったとしても、またいつか、誰かがいるかもしれないし、いないかもしれない。けれども彼らには、彼らがいる。
長い長い時だ。
時は同じであるのに、どこか別の場所にいるような、そうにも感じる。(アルドくん、はやく) はやく、帰ってきてください。
君の中で、どうか答えが見つかりますように。
たった一つの、あなたの答えを、見つけることが、できますように。
ぎゅっと手のひらを握った。明日が楽しみだと、いつかそう、彼が心の底から思うことができますように。
2012.01.04
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