番外編
小噺×3



■ 主人公は出て来ません
■ 番外編というか、完結直前、坊ちゃんが解放軍でリーダーをしていたときの小話です。




「…………まずったな」

俺は口元を押さえた。「?」 隣でオデッサが不思議気な顔をしている。「何か、都合の悪いことでもあるの?」「まさか!」

はは、と俺は笑った。「そんなことないよ、うん。理解した。火炎槍の設計図だね、ああ、それは重要だ。一刻も早く、それを届けないと」 ぽたぽたと水がこぼれる音が溢れる地下室     解放軍のアジトにて、俺はぱあっと両手を広げた。「そ、そうね」 オデッサは頷く。後ろのフリックからは、疑い深げな瞳をじろっと向けられる。(……しまった) あんまりにも物分りが良すぎた。

俺らしくもない、と頷き、ごまかすようにオデッサの手を取る。「まかせてください、オデッサさん、必ず俺が設計図を届けてみせます!」「あ、そ、そう……?」「おいちょっと、お前コラ、おいコラ」

何オデッサの手を馴れ馴れしく握ってるんだ! とフリックの意識がそっちにずれたことを確認して、俺は不安げにこちらを見つめるグレミオ達に、パチンと一つ片目を閉じた。「と、いう訳だ。問題ないかな?」「はあ、坊ちゃんがいいのなら、それで……」 うん、と頷く。


「それじゃあ行こうか、サラディへ!」



     実はちょっと、マズいことがあるんだけど。

俺は・マクドール。
マクドール家の跡取りで、こののちオデッサの意思を引き継ぎ、解放軍として、帝国軍に反旗を翻す旗頭となる。なぜ、俺が未来のことまで知ってしまっているかと色々と言葉では言い尽くせない出来事がたんまりとあるのだけれど、それはまあ、置いておいて。

実は俺は、生まれついでの・マクドールではない。
それは一体どういうことだ、と訊かれれば、俺は記憶喪失の何でも屋としてそこいらを旅して回っていた過去を持つ。けれどもいつのまにやらその出来事は世界により修正され、誰も     いいや、俺の親友と、気づけば妹という立場になっていた少女を除いて知らない。
知らないはずなのだけれど。

(……多少、不安なんだよなぁー……)

記憶喪失の俺が、一番最初にやって来たのは、この村、サラディだった。怪我でボロボロになった俺を、村人たちは手厚く看病をしてくれ、傷が治らぬうちに飛び出した俺を、心配気な瞳で見送ってくれた。
あのころはちょっとやさぐれていたのでそんなふうなことをしてしまったが、今となって考えれば感謝してもしたりない。けれども、俺がお礼をいう訳にもいかない。
なんたって俺は、“マクドール家のお坊ちゃん”であるからだ。

(お坊ちゃんが、そんな場所にいる訳ないだろ?)
どう考えたっておかしい。いらぬ疑いを持たれたくはない。
(まあ、多分、世界の方で情報は修正されているんだろうけど……)
例えば、ちゃんが俺の妹になっていたりだとか、テッドが消えてしまったことを、案外すんなり街のみんなが受け止めていることだとか。
「でも、どっか、修正のされ方がずさんなんだよなぁ……」


そして不安は的中した。


「あれ、あんた、あのときの!」


ビシッと指をさされ、ぱーっと頬を明るくする村人を見て、俺はぼたぼたと見えない部分で汗を流した。「えーっと……」「あれ? あれ? あれあれ? 俺のこと、覚えてない?」 覚えてる。覚えているに決まっている。けれどもうんと頷く訳にはいかない。
俺は両手をぴしっと伸ばして、ハハハ、と空笑いをする。「きみ、くんだろ? 元気になったんだねぇ!」 しまった、俺、名前まで名乗ってた。


坊ちゃん? とグレミオが背後で不思議気な声を出した。パーンとクレオ、オデッサもいぶかしんでいる。ビクトールはどこかにやにやおもしろがって、「なんだなんだ」とひょいと顔を覗かせる。

目の前の青年は、次第に不安になってきたらしい。「くん、だよね……?」 そうですとも。「怪我をしてて、ボロボロだった」 もちろんですとも。「ぼ、坊ちゃん!? 怪我ですって!?」「いや、グレミオ、グレミオ……」「どこをですか! どこをですか! ま、まさか今でも……」「グレミオ」「坊ちゃん!! 今すぐ!! ここで服を脱いで!!!」「グレミオぉおおー!!!」


さすがにそれはないだろう、というこで、バタバタ暴れるグレミオをパーンとビクトールが、「どうどう」と押さえ込む。坊ちゃん、坊ちゃん! くんくん? と間に挟まれ、俺はううう、と唸った。唸った。小さくなった。「違うんだ!」

一体なにが。
と言う風に、いくつもの視線がぎょろっとこっちに向く。俺は息を吸い込んだ。


「よく似た、他人の空似だよ!!!」



叫んだ後で、もう少しいい言い訳をすべきだったな、と思ったのだけれどもしょうがない。寧ろこれがベストである。「え、でも名前が……」 恩人である青年に、俺は叫んだ。「たまたまさ!」「でも、こんなにそっくり」「それも、たまたまさ!」
ニコォ、と我ながらうそ臭いくらい爽やかな笑で、グレミオ達にぐいっと親指を立てる。「俺が大怪我? 一体何をしでかしたって? そんなそんな。俺はマクドール家のお坊ちゃんだよ? お坊ちゃんがそんなデンジャラスで危険な危ない行為をしでかす訳ないじゃないか、箱入りぴよぴよ世間知らずな俺に無茶を言わないでくれよ!」

はっはっは、と笑う。
笑う。
笑った。


主に、視線が痛かった。

相変わらずの疑いの目線に、俺はごほん、と咳をついた。「っていうか、俺、ここに来たのも初めてだし。それはグレミオが一番よくわかってるだろ……」 瞬間移動じゃあるまいし、首都にいながら、どうやってここに移動するっていうの。

そこまで静かに呟くと、「で、ですよねぇ、そうですよねぇ!」と納得と言った風に頷いた。「まさかこんなところ、来れる訳ありませんものね!」「納得箇所がそこだということに、多少俺のアイデンティティーは傷ついた」






【53 視線が痛い】





「……あんた、本当に死神を持ってるの?」

風の色をした少年が、じろりとこっちを睨んだ。



「何が?」

俺はわざとらしく笑いながら、石版の前へと座る少年の元へてこてこと歩み寄る。彼は心底不快気な顔をした。そんな顔が面白くて、くくっと笑ってしまう。それがまた嫌がられる要因だと理解しているけれど、どうにもやめられない。
なんてったって、あっちにとっては正体不明の軍主であるけれど、俺にとっては慣れた知り合いであるからだ。

こっちとあっちの認識が違う。最初の方では混乱したものだけれど、今となってはその違和感に目を瞑ることも、奇妙に思われることも、また知らないふりをすることにも慣れてしまった。「僕は、必要以上の会話はあまり好きじゃないんだ」「そうかい。じゃあ俺への問いかけは、必要だった訳かい?」

わざと意地悪く口元を上げてみると、ひょい、と視線をかわされた。あらら、と俺は拍子抜けて、右の手をぶらぶらとさせる。「……なんで、そう思う?」 今まで幾度も目の前の少年に関わってきたが、こんな問いは初めてだ。いや、もしかしたら俺が忘れているだけなのかも。

彼はぴくりと端正な片眉を上げた。しゃり、とサークレットがこすれる音がする。「弱い。死神にすればね。そこいらの上級の紋章よりも、よっぽど力はあるだろうけど、真の紋章としちゃ、ゴミクズみたいなもんだ。形がぐずぐずで、統合がとれてない」「……それはちょっと言い過ぎじゃない?」

じゃあ埃クズ。と呟かれた言葉に、俺は多少顔を引きつらせた。「……そっちの師匠さんは、なんか言ってなかったの?」 そう言えば、まだこっちの世界のレックナートには忠告をもらっていないことを思い出した。彼女が諦めたのか、最後だと(もともと瞑ってるけれども)目を瞑ったのか、それともただ気づいていないだけか。

「別に」と、少年は一言呟いた。「そう。じゃあ、気にしなくてもいいんじゃない?」

ふん、と彼は鼻で息をし、そのまま俺から視線を外した。まるで最初から存在していないかのように、俺を無視して石版にもたれかかる。俺は少しだけ口元を苦笑させて、もう一度右手をひらひらさせた。「まあ、そのうち分かるさ」

彼はこちらを見向きもしない。「元は、3つに別れていたんだ。それをごまかして、今は一個にしている。ただそれだけだよ」

からから、と笑う俺を、相変わらず不機嫌そうに彼はふん、と息を吐き出した。



【632 風の色】





「……おい、さっさと寝ろよ、リーダー」
「ん?」


ぼんやりとした顔で、少年はちらりとこっちを見上げた「なんだ、フリックか」「なんだってなぁ」 じゃあ、誰ならよかったんだ、と言葉を落としそうになり、口を閉ざした。ついこの間、いなくなった人間がいる。一つの斧と、マントだけを残し、そっくりそのままこの世から消えてしまった。少年は窓枠に腰掛けて、じい、と外を眺めていた。こっちのノックにも気づかなかったらしい。遅まきに、開けられた扉をノックした。彼は苦笑した。「何の用?」

「いいや。こんなこともあろうかとね。せっかくの時間、軍主様が就寝してらっしゃらないんじゃないかと、軍師様が心配していたもんでね」

案の定だった訳だが。
ははは、と少年は笑った。俺はうっそりと瞳を細めた。(そうか、彼は) 天涯孤独か。
別に、彼は母親がわりというだけで、血がつながっていた訳でもない。ましてや、彼の性別は男だ。俺は壁にもたれかかりながら、再び窓の外を見つめる少年の背を眺めた。「一人じゃないさ」 ふと、彼はこっちの考えを見通しているかのようにちらりと口元を笑わせながら振り向いた。

何のことだ、と眉を顰めると、ふと、思い出したことがあった。(そういえば、彼には妹がいると) 聞いたことがある。「そう、俺には妹がいる、ことになっている」「ことになっている? 血が繋がらないのか」「いいや、つながっているらしいよ」「らしい? 妾腹か?」「まさか! あの父さんが、そんなことをできる訳がない」

いや、もしかしたら、俺には新しい母親ができたかもしれないけど……今となってはね。と彼はくすりと呟いた。
「じゃあなんなんだ」 こっちをからかうだけで、よくよく意味が分からない。この自分よりも年が下の少年は、ふとそういう姿を見せることがある。


「フリック」 彼は言葉をぽいと投げた。なんだ、と俺は返事がわりに眉を動かす。「お前はさ、案外、言われるほど青くはないよ」「……おい、誰が青いって言った」「まあまあ。大人だって言ってるんだ。すくなくとも、俺よりは」

一体何を言いたいんだ、と腕を組んだ。「当たり前だ。これでも、お前よりも長生きしている」 瞬間、彼はパチッと瞬きをした。そしてひどくおかしげに、腹を抱えて笑った。目の端に涙をためて、「そうだ、そういうことになってる」「だから、お前さっきから何なんだ」

そういうことになっているんじゃなくって、そうなんだろう。と言ったら、そうだそうだ、と彼は頷く。「俺は、結局ガキなんだ」「おいリーダー」「オデッサが」 ぴくり、と俺は背筋を伸ばした。「彼女が、消えたとしても、お前は前に進んでる」

薄く瞳を細めた。「だったら、お前は進んでないってのか」「いや、違うんだ。俺とお前とは、違うんだ」 何が。「何が、違うってんだ」

少年は、首を振った。肩をすくめた。ただそれだけで、説明の一言もない。「俺は見かけ以上にガキなんだ」 そりゃあ、お前は子どもの年だろう、という言葉を飲み込んだ。ただときどき、彼にはハッとするものがある。まるでこっちの方がいくらも年下に思えることがある。彼のセリフとは正反対だ。

「フリック、俺はこの戦いが終われば、姿を消そうと思う」
「……おいおい、そんなことを言っちまっていのかよ」
「問題ないさ。お前に言っても問題がないことは、“すでに”知ってる」
「今日は随分不思議めいたことばっかり言うんだな」
「まあね」

最後だからね。と聞こえた言葉に、何の意味があるのか、俺にはよく分からない。俺は軽くため息をついた。額のバンダナを直し、首を振る。「ま、とにかく、さっさと寝ろよ。今度は俺が軍師にどやされる」「わかってる」

扉に手を掛けたとき、ふと振り返った。相変わらず、あいつは外を見て、表情はこちらからは窺えない。「……あんたは、よくやってるよ、リーダー」 
別に。返事なんて期待していない。

パタンと、音が聞こえた。


***


(よくやってるよ、リーダー)
ふと、先程の彼のセリフを思い起こした。「どうだろうな」 苦笑した。どうだろう。
幾度も繰り返した。自身が求める結果のために、幾度も。気に入らないと、いくつもの世界を捨て去って。「とんだでかい子どもの癇癪だ」 知ってる。全部、わかってる。だからこそ、一番たちが悪い。
けれどもそれも、もう少しで終わる。

(俺は、彼らのようになるべきだった)

たとえば、青いバンダナの青年。たとえば、たとえば、自身の師を無くした少女。たとえば、俺に愛した男を殺された彼女。
ふと笑った。「いまさらだ」 吐き出した。「いまさらだ……」

全部、いまさらだ。


【680 背負うものの重さ】





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2012.01.07