完結後
紋章×3
■ 今更ながらに明かされる夢主のスペック
■ 多少下ネタ含む?
【305 愛と希望と勇気とか、素で言う人】
「…………紋章、つけた方がいいかもね」
うーん、と軽く顎をしゃくりながら、はぽつんと呟いた。私は目の前でお茶を飲みながら、ふーん、と頷く。そのが、じいっと私を見つめてた。ごくり、ともう一回お茶を飲む。「……えっ」「うん」「もしかして」「うん」「……私?」 はにこっと笑って言った。「うん、そう」
解放戦争が終結して、一年とちょっと。バナーの村にやって来た私達は、宿を借り、村での仕事を見つけながら、ぼんやりと生活していた。たとえ国境を越えているとは言っても、赤月帝国、今はその名前を改めトラン共和国は目の先だ。もうちょっと遠くに行った方がいいんじゃないか、というテッドの言葉に、はまあ大丈夫だろう、とにやついていた。(まあ、ゲームでもバナーの村にいたし……) にとったら、これがお決まりのパターンなんだろう。
「え? 紋章って……にか」
「そうだよ」
テッドの言葉にも、はうんと頷く。は僅かに声を潜め、唇を震わすように呟いた。「知っての通り、俺たちにはソウルイーターがくっついている」 グレミオは所用で出かけている。グレミオがいる前で、はこの手の話をすることは、あんまり好いていない。テッドは渋い顔をして、手袋をした右手をぷらぷらと振った。
「ソウルイーターは、真の紋章だ。いくら呪いが三分の一になったとは言え、呪いには違いない。真の紋章は、争いを引き起こす」 わかっているね、と確認するように、はこちらをちらりと見たので、私は頷いた。「俺とテッドはともかく……ちゃんは今んとこ、普通の女の子な訳だし、今のままじゃ、ちょっと危ないんじゃないかな」
視力も元に戻っちゃったしね、とは苦笑しながら、私のメガネのつるに手を伸ばして、テッドにビシッとはじかれた。
私がずれたメガネをなおすと、隣のテッドは渋い顔をして机に両肘をついて、「だからって、紋章ってなぁ……」口元をごにょごにょさせている。子どもに歯医者、テッドには紋章屋である。思わず笑ってしまって、「テッドは紋章屋が嫌いだもんねぇ」 うぐ、と彼は苦い顔をした。「べっつに……そう言う訳じゃねーよ」
そんなすねた顔をするテッドを見て、はからから笑った。「まあ、別に悪いものをつける訳じゃないし。ちゃんは、土と相性がいいみたいだから。というか、君の魔力の器はかなり大きい」「え、そうなの」 びっくりして瞬きすると、はうんと頷いた。テッドもそこら辺を否定する訳ではなく、今度は腕を組んで椅子の背もたれにもたれる。
なんだかそう言われると、変な気分だ。魔力だなんていきなり言われても、実感なんてない。
「言葉がよくないけど……あのとき、俺はテッドを助けてくれる、丁度いい人間を選んだって言ったろ。協力してくれる人間ってことも重要だけど、それと同じくらい、ソウルイーターの魔力を受け入れることができる人間ってことが条件だったから」
「あー……」
あまりそこら辺の話を、テッドを交えてしたことはないので、なんだか気まずい気持ちになった、のだけれど、テッド本人は特に気にしていないらしい。ぎしぎしと椅子を動かして、うーん、と目を細めて唸っている。
「まあでも、紋章屋に行くっつっても……紋章師にこいつのことがバレちまうかもしれないし、あんまりよくはないんじゃないか」
「そこなんだよなー」
誰か口の固い紋章師がいればいいんだが、そこが難点だ。とも改めて納得したように頷く。「まあ、取り敢えず、考えとくってことにしようか」「そうだな」
(……私のことなんだけどな)
私のことだというのに、話は私そっちのけで二人で進められてしまう。決してそれが、嫌だとか、不満とかではなく。(足手まといだなぁ……)
なんだか、情けなくなる。
前はそうじゃなかった。この世界に来て、坊ちゃんの場所を譲ってもらっていた私は、なんともラッキーなことに、彼の能力のスペックを借りていたのだ。きちんとそれを使いこなせていたかどうかは置いておいて、棍を振るうこともできたし、物覚えもよかった。それが今は、(……ただの普通の女の子だもんなあ) 風に言えば。
「……、どうした?」
「え、ん、え?」
「いや、こー、すねた顔してたからさ」
そ、そんな顔をしてないよ、と首を振っても、テッドは少しだけにやついた。人差し指を伸ばして、私の眉間をつんと弾く。「してる。ほら、ここらへん」「わ」「……俺、出ていった方がいい?」「なんでだよ?」
なんでって、言われてな……と言いながら、はフッ、と軽く息を吐き出して、窓の外を見つめた。「君たちと一緒だったら、真冬でも乗り切れそうだ……」と、何か悟った顔つきでつぶやいている。テッドは暫く首をかしげた後、まあいいか、と私に向き直った。「で、なんだよ。なんか考えてたろ」「いや、特には……」「言えって。怒んねーから」
じっ、と見下ろされてしまって、私は両手をごにょごにょさせながら、実は、とここ一年、頭の底にこびりついていたことをほんの少しだけ吐き出した。「その、私、足手まといだなーって。テッドも、も、グレミオも、武術が使えるし……私はほら、うん」 この先、ウィンディのように、ソウルイーターを狙う人間がやってきてしまったら。私は彼らの力を借りずに逃げ切れる自信なんて無い。(それどころか) 足をひっぱって、迷惑をかけてしまうかもしれない。
ちょっとでも彼らの力になれるって言うんなら、紋章でもなんでも宿したい。
でも、なんだかちょっと怖い、と思う気持ちもある。とっくの昔にソウルイーターを宿してしまっているじゃないか、と言われたらそれまでだけれど、私はこの紋章の力を、まともに使ったことだってないのだ。
そう言った後で、激しく後悔した。こんなこと言ったって、なんにもならないんだ。そんな弱音を吐いている暇があったら、何かしらの努力をすべきだとはわかっているけれど、自分を鍛えたところで、彼らのようにひゅんひゅんとかっこ良く武器を振り回す自分の姿だなんて、全然想像できない。
なんだかまた凹んできた。
唇を噛んで、顔を手のひらへ向けると、唐突にが笑った。「なんだ、ちゃん、そんなこと気にしてたの?」「そ、そんなことって……!」 何かを言い返したいのに、何を言えばいいか分からない。はにっこり微笑んだまま、テッドを顎でさした。「そんな心配はしなくていいさ。なんてったって、君はテッドが守ってくれるからね」
ちゃかさないでよ、と怒ろうと思ったのだけれど、なりに、私を元気づけようとしていることは分かった。私が曖昧に笑いながらテッドを見ると、彼はきょとんとした表情でこっちを見ている。そしてテーブルの上にあったお茶をずずっと飲み込んで、「ん?」と言いながらを見た。「おいテッド。ん? って。ほらお前からもなんか言えって」「言えって、言われても、そんなの当たり前だろ?」「……ん?」
テッドはお茶を飲みながら、ひたすら真顔で、「は俺の一番なんだから、守るのは当たり前だろ」
死ぬかと思った。
一瞬、死ぬかと思った。
テッドに倣って飲み込もうとしていたお茶を、私はゲホッと吐き出し、激しくむせた。おい大丈夫か? とテッドがこっちを見ている。も体を丸めて、窓枠に手をついた。その中で、ひたすら不思議そうに、テッドが部屋を見回している。
「え? なんだ? 俺、なんか変なこと、あ、いや、そうじゃなくって、がその、本当に足手まといだからって言いたいんじゃなくってだな、ほら、人には向き不向きがあるだろ? 女だからどうとか、その、武器を持つなとかそういう訳じゃなくてだな。無理なら無理で気にしなくていいし、だったら今みたいにグレミオさんと手伝うだとか、ほら、色々と力になる方法は……」
そしてあわあわと一人見当違いの言い訳をしている。部屋の端で、今度ははずるずると体の力を抜き、長いため息を吐き出しながら、小さくうずくまる。私は私で、どんどん赤くなる顔を誤魔化すように、お茶を飲むふりをして、顔を下に向けた。「え? な、なんなんだよ」 どうしたんだよ。と不安そうに声を出して、顔をぐるぐるさせている。
「俺、寒いとこ行きたいなぁ……この部屋、あっついしさぁー」とぼんやりが呟いたのが聞こえた。えー? ええー? とテッドの声がこだまして、ちらり、と彼は私を見つめた。「……、お前なんで、そんな赤い顔してんだ?」 ばか、と言うように、ぶにっとテッドのほっぺたを引っ張った。「い、いてっ」
【725 その口を縫い閉じてやりたい】
「……ま、案外なんとかなったな」
「なったなった」
自身の親友は、うんうん、と満足気に頷いた。
親友という言葉を使うと、やっぱりなんだか照れるような気がする。彼は自分が300年間生きていて、多分最初にできた友人だった。いや、俺がもう少しあの死神をうまく操ることができたなら、友人は別にもいた。例えば、あの鬱陶しいくらいにつきまとってきた、鉄の弓を持つあの男だとか。
あの青年を殺してしまってから、長い時が流れ、俺が死神をうまく制御できるようになったけれど、すっかり閉ざしてしまっていた扉を、あいつはパカッと開けてしまったのだ。ややこしいことだが、そうして彼に出会ったのは、別の世界の“俺”だ。俺は記憶をちょっと知っているに過ぎない。俺は、死んでしまったのだ。けれども彼はそれを認められず、幾度も繰り返した。
(……まったく、迷惑な話だ)
そう思う。
俺は、死ぬことに満足していた。それをわざわざ、あいつに引っ張りこまれてしまった。(馬鹿だ) 馬鹿だよ、と思う。そんなことより、自分が幸せになればよかったんだ。疫病神の俺なんて、放っておけばよかったんだ。ふと、憎まれ口を叩きそうになる。多分、彼自身も、俺の気持ちをわかってる。感謝の気持ちと、憤慨と、困惑と、後悔と、申し訳なさと、苛立ちと、色々な気持ちが混ざり合って、自分の中で、整理はつきそうになった。別につける気もなかった。気持ちなんてものは、時間がおさめてくれると俺は一番知っている。
(ただ、幸せには、あんまり慣れないな)
こんなことを言うと、彼女にまた怒られてしまうかもしれないけれど。
「ちゃんの紋章、そんなに気にする必要もなかったね」
「ああ、よく考えついたもんだな。わざと腕の悪い紋章師を探すなんてさ」
まあね、と彼はパチリとウインクした。
別に、わざと紋章を見てみぬふりをする紋章師を探すのではなく、反対に、ソウルイーターの気配に気づかないボンクラを探せばいいって訳だ。丁度いいことに、今、ソウルイーターの力は三分の一だ。前よりも気配はわかり辛い。
信用ができるものを探すより、信用ができない者を探す方が、よっぽど楽に決まっている。紋章屋を出て、土の紋章を左手に宿したは妙に挙動不審にソワソワしていた。「て、テッド、これで私も魔法が使えるの?」「魔法っつか、紋章だけど」「う、うおおおお……」 お前、うおおおって。
昼間にわーわー、とバタバタ興奮して、ひとしきり紋章を試したものだから、今はぐっすり眠っている。ベッドの端で寝息を立てる彼女の頬をくすぐると、何やらもごもごと独り言を言っていた。俺は思わず笑って、もう一度くすぐった。「ま、テッドも水の紋章をつけたし、ちょっとは不安がなくなったかな」「まあな」
俺の左手にも、水の刻印が押されている。上級の紋章あればよかったのだが、そうホイホイ売っているものではないし、普通の村人があまりよすぎる紋章をつけていると、何事だと疑われる。だからこそ、俺も紋章を外していたのだけれど、慎重になりすぎたかもしれない。「テッドも、どっちかって言うと魔術師向きだからね。魔力が高いし、何より器用だ」「一応、うちの村はそういう家系だしな」
人にはそれぞれ相性のいい紋章というものがあるが、俺にはそれがない。五行の紋章なら、どれでも均等に扱える。年の功なのか、それとも体質によるものかは、忘れてしまった。
「ちゃんも、紋章の覚えはいいみたいだし、多分、彼女なら大地の紋章でも扱えるだろう。もし機会があれば、上級のものも揃えるようにしよう」
「ああ、そうだな」
こっちの話し合いを知りもせず、平和そうにぐーすか眠っている彼女を見て、口元が緩んだ。もう一回、頬をくすぐると、ぎゅっと彼女に手を握られた。起こしたか、と瞬くと、彼女は眠ったまま、へらりと微笑んで、もにょっと寝言を口にした。「テッド……」「…………」「おいおじいちゃん。何ときめいてんだ」「と、ときめいてねーよ……」「緩んだ顔を直した方がいいぞ」
取り敢えず両手に顔を当てた。「……そうだテッド、俺はふと思ったんだけど」「なんだ」
ふいに神妙な声を出すものだから、俺はふいと顔を上げてを見た。随分難しげな顔をしている。「……なにか、悪いことでも思いだしたか」「いや、そうじゃないんだ、テッド。大変なことに気づいた」「だからなんだ」
ひどく真剣な表情で、はちらりとこちらに目を向ける。俺はごくりと唾を飲み込んだ。彼は一息吐き出し、「ちゃんとテッドの子なら、随分魔力の才が高い子が生まれるんじゃないか……?」「は?」
俺はこめかみに手を当ててみた。そしてもう一回。「はぁ?」「いや、だから、ちゃんとテッドをかけたら」「生々しいわ!!!」
アホかお前は! と叫びながら即座にの首根っこを掴むと、「いやいやいや、ちゃんが起きるから」「そ、そうだな」「なるほどそうか。ちょっと今度グレミオに話してみよう」「何言ってんだ!?」
だからお前はアホか! と二度目の首絞めをすると、いやいやいや。とは激しく首を振った。「ただ俺は未来のプランを想像しただけじゃん!」「事実もねーのにできる訳ねーだろ!」 言った後、ハッとした。同じく、目の前の彼もハッとした顔をした。「えっ、ウソまだしてないの!?」 死にたい。
「してねーよ! 馬鹿かよ何言わせんだよ馬鹿かよ!」
「お前大丈夫……?」
「不安げに訊くな!!」
こっちには、こっちのペースがあんだよ……! と喉から震わせるように呟くと、親友は、ぽん、と俺の肩に手を置き、うん、と力強く頷いた。「テッド、がーんばれ★」「今すぐお前を黙らせたい」
【536 人間だもの】
「えーっと、だ、大地の、声っ」
えいっ、と指をさすと、目の前の小さな石が、パキンッと半分にくだけ、そのままさらさらと砂に変わった。私はパアッと顔を輝かせてを見上げる。彼はうん、と頷いた。「いいね、その調子だよ、ちゃん」
「の教え方がわかりやすいんだよ。テッドは『そこはギュッとして、バーンとしてだなー』って擬音語でしか説明しないし、グレミオは紋章のことはよくわかんないって言うし」
「そう? それならよかった」
ふふふ、と笑いながら隣の樽に腰掛ける。「まあでも、暫く紋章を使うときは、必ず俺かテッドがいるときだけにしてね。一人では決して使わないように」「うん、わかった」「いい返事だ」
じゃあ、今日の練習は終わり。と彼は軽く手のひらを叩いた。「そういえば、昨日の夜、テッドと一緒に騒いでなかった?」「……え? あ、いや、気のせい気のせい」「そうかなー」
夢現に、彼らの声が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだろうか。何故か延々とがテッドを気の毒がっていた気がしたんだけど。うーん、と唸っていると、「ほらほら、そんなことよりちゃん、早く戻るよ」「あっ、それ。前から気になってたんだけど」「ん?」「なんで、ちゃんなの?」
何を言っているの? と言う風に、はパチパチと瞬きをした。私はむっと眉をひそめて、「だから、“ちゃん”って。ちゃん付け」「ああ」 うーん、とは頬をかいて、「いや、特に意味はないんだけど、最初にそう呼んじゃったから、癖かなぁ」
じゃりじゃり、と道の上を歩きながら、私はの隣へ移動した。「あのさ、。呼び捨てにしようよ」「え?」「だって、一応妹ってことになってるのに、変じゃないかなぁ」 なるほど。と彼は頷く。そしてちらりと私を見えた。「えー…………ちゃん」「だから、ちゃんはなしで」「わかってるわかってる。…………ちゃん」 おい。
「……できてないけど」
「いや、待って。こんどこそ。!」
「うん」
「……ちゃん」
「いやいや」
できてないじゃない。と文句を言いながら、うーん、と言いながら顔を伏せているをしゃがむようにしてちらりと見た。「あ」「い、いやいや」 何故だか赤くなっていた。「なんかこう、改めて言うと」 うむむ、と彼は唸った。そしてニカッと笑って、「照れるねー」
私が何を言う前に、彼はシャキッと背を伸ばした。「じゃあ、ちゃん、先に戻ってるね!」
あんまりにも素早く逃げられてしまったから、私はぽつんと取り残され、ぼんやり彼の背中を見つめた。「うわー……」 は、真っ赤な顔をしていた。なんだか、珍しいもの見ちゃったなぁ、と頬をかりかりとして、苦笑した。
2012.01.09
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