完結後
ペンギン、プロポーズ

* ペンギン一周年おめでとう
* 2主くんが来る前



「なあ、。俺達結婚するか」

ふとテッドが呟いた言葉に、私はブバッとお茶を吹き出した。「え、あ、え、え、え?」「だから、結婚しようって」 え? え? え? と私はやっぱり無意味なセリフを繰り返して、テーブルの端にあったタオルで顔を覆った。、俺達結婚するか。聞き間違いだろうか。違う気がする。なんたって、二回も言ってたし。どうしよう、間違いじゃない。

タオルから顔をあげて、ちらりとテッドを見た。彼はいつもと変わらない顔つきで、世間話のついでに、ちょいっと話した。そんな感じだった。事実、そうだった。
確かに私とテッドはお互い好き合っているし、年齢的にも、こっちの常識はわからないけれど、そこまで問題はない気がする。日本だって、女は16で結婚できるのだ。
私はなんだかまた恥ずかしくなって、ぼふっとタオルに顔をうずめた。、俺達結婚するか。どうしよう。

もう一回ゆっくり考えてみた。
嬉しいんだろうか。
わからない。嬉しいんだと思う。でも、結婚だなんて考えたことがない。いや、あるかもしれないけれど、全然実感がわかない。私はあわあわタオルから顔をあげて、テッドを見た。テッドはきょとんとまたたいていて、なんで私がこんなに驚いているんだろう、というような顔をしている。その顔を見て、んん? と私は首を傾げた。なんだか嫌な予感がしたような気がしたけれど、私は頭の中がすっかりのぼせ上がっていたので、えっと、あの、と口元をもごもごさせながら、彼に確認した。

「あ、あの、テッド、今、結婚って言った?」
「おう、言ったけど」
「それじゃあ、その、と、届出とか」
「届出?」

不思議そうな顔をするテッドに、こっちの世界には、そういうのはないのかな、とよくわからなくなってきた。確かに、一応私は貴族の・マクドールということになっているけれど、旅の途中の上に兄のは国から逃亡中なのだから、結婚届けなんてどこに出せばいいかわからない。「あ、あの、じゃあ私、今日からテッドのお嫁さんってことに」 なるの? と確認すると、「お前がいいんならな」とテッドはなんてことなしに頷いた。

じわじわ、とただでさえ赤いのに、どんどん顔が赤くなっていく。「あの、じゃあ、私、何か、覚悟とか、した方が」「覚悟?」 なんだそりゃ、とテッドが椅子に手を置いて、不思議気な顔をする。
私は変なことを言ってるだろうか。っていうか、こんなにいきなり、お嫁さんだとか、結婚だとか、混乱するに決まっている。けれどもどんどん嬉しくなっていって、ものすごく浮かれ上がっている自分に気づいた。嬉しい。死ぬほど嬉しい。顔を両手で覆って、どうしよう、テッドのことが好きなんだ、と今更ながらにじわじわと実感した。
けれども、そう考える裏で、やっぱりこれって、なんだかおかしいぞ? と冷静に考える自分がいた。

私はちら、といつもと変わらないテッドに目を向けた。確認するのが、ちょっと怖い。でも確認しないといけない。「あ、あの」「おう」「あの、えっとその……なんで?」「なんでって?」「なんだか、いきなりじゃないかなって……」

そうなのだ。いきなりすぎるのだ。
たとえ異世界であったとしても、こんなにすぐ結婚しましょう、はいしましょう、なんて流れになるのだろうか? もしかしたらそんな文化かもしれないけれど、やっぱり唐突すぎる。
私の疑問に、ああ、とテッドは頷いた。説明してなかったな、わるいわるい、なんていう調子の頷きだった。じわじわっと嫌な予感がする。

「だって、は兄妹だろ? で、グレミオさんはお前らの従者だし、一緒に旅してるってのは納得だけどさ、俺は変だろ。従者ってガラじゃないし。だから、俺とが夫婦ってことになれば、まあなんとなく説明はつくだろ?」

ああ、つまり。と私は頷いた。
頭に上っていた血が、さーっと背中を通って戻っていく。何も考えずに喜んでいた自分が、少しずつ恥ずかしくなってきた。「あ、あー、そっかー」 私はははは、と無理に笑って、頭をひっかいた。別にテッドは、好きとか愛してるとか、そういう理由で結婚しよう、と言った訳じゃなくって、自分たち四人の関係性がよくわからないから、ちゃんと他人に説明しやすいように、とりあえず夫婦ってことにしておこう、そう言いたかったらしい。(うわ、うわ、うわー……) 一人で喜んでしまった。恥ずかしいことにも、テッドからプロポーズをされてしまったと勘違いしてしまったのだ。というか、勘違いしない方がおかしい。

私はひとり気まずさを誤魔化すように、ポリポリと頭をひっかいて、あははっ、と笑った。テッドが相変わらず不思議そうな顔をしていたけれども、なんとなく、目をあわせることができなかった。
そっか、そういう意味だったのか、と心の底で残念に思っている自分が、情けないというか、でも、しょうがないというか、なんだかグラグラして、勝手にため息をついてしまいそうな自分を、頑張ってごまかしたからだった。



とにかく、私とテッドは、とりあえず結婚して、夫婦になったということをとグレミオに報告した。おめでとう、とは笑っていたけれど、「まあ、形式上だから」と私が呟くと、彼は奇妙な顔をして私を見ていた。いつもがんばれがんばれ、と背中を押してくれるには申し訳がなくて、私はただ苦笑するだけで、とにかく、私とテッドは夫婦になった。宿屋の女将さんに、ときどきすれ違う商人に、「俺の嫁ですよ」と私のことを紹介するテッドが恥ずかしくて、でもやっぱりすごくうれしくてたまらなかったのだけれど、こんなことで喜んでしまうことが、なんだかテッドに申し訳がないような気がして、私は困ったように苦笑した。




    ***



ふと、二人で宿の部屋のベッドの上に座っていると、テッドが私の手のひらを握りしめた。うーん、と唸って、私の左手をひらひらと遊んでいる。「わりいな。指輪とかさ、買った方がいいんだろうけどさ、ほら、今は達と金が共同だろ? まあ、しばらくしたら、もうちょっとは貯まるからさ、そんとき買ってやるよ」 ええっ、と私は目をひんむいて、ばたばたばた、と思わず左手を動かして、テッドから逃げようとぶんぶん首を振り回した。「い、いいよ、そんなのいいよー!」

なんでだよ、とテッドはしかめっつらをするように、むきになって私の手のひらを握り締めている。なんだか赤面してしまいそうだ。「嬉しくないのかよ」「う、うれしいって……」 そんなの申し訳ないに決まっている。
私が言葉につまって、どうしようと視線をふらふらさせて、片手でシーツをぐしゃりとすると、テッドは私の手のひらを握りしめたまま、はあと長い溜息をついた。「……わっかんねーよ……俺、ほんっと、こういうのわかんねーし。女って、こういうのが嬉しいんじゃねーのかよ……」「そ、そりゃあ、嬉しいかもしれないけど」

好きな人にそんなことを言われたら、嬉しい人の方が多いにきまっている。けれども、私達の場合、ちょっと違う気がするのだ。「だ、だって、形式上なのに、そんな本格的な……」 やっぱり、何度考えても申し訳ない。やっぱりだめだよ、と首を振ったら、「はあ?」とテッドは意味がわからん、というように眉をひそめて、ぎゅっと私の手を握る。

「形式上ってなんだそれ」
「だ、だから、けっこん……」
「はあ?」

何言ってんだ、おまえ。とテッドはビックリと怒っていると、呆れているを全部混ぜたような複雑な表情をして、「馬鹿か」と呟いた。たしかに馬鹿かもしれない。きょとん、と瞬きを繰り返して彼を見ていると、テッドは私の両手を握った。「だから、俺はお前の旦那で、お前は俺の嫁さんだろ」「う、うん……?」 そうなってる。

「そうだって言ってるんだから、そうだろうが」
「うん……」

いやわからないけど。
私とテッドは、ぎゅっと両手を握りしめ合った。私がテッドをぼんやりと見ると、テッドはひどく気難しげな表情をしていた。私はテッドの言葉の意味が、じわじわと理解できてきて、「えっ、え、え?」 数週間ぶりに、テッドが結婚しよう、と言ってきたときと同じく、混乱してきた。思わずごろん、とベッドに倒れてしまいそうになったのを、テッドに引っ張られた。「あの、もしかして、テッド、プロポーズしてたの?」「だからそう言ってるだろ!」

それ以外何があるんだよ。と彼はぶーたれた表情をして、もう一度力いっぱい私の手を握った。「だ、だって、いきなりだったし、テッド、照れたりとか、してなかったし」「いちいち照れた顔してた方が、よっぽど恥ずかしいだろうが」

じゃあ我慢してたの、と顔をあげたら、テッドはものすごく不機嫌そうな顔をして、私のほっぺをびよんとひっぱった。「なんだよ、嫌だったのかよ」 テッドはものすごく怒った顔をしていた。けれども怒っているというよりも、照れているという表情の方が近い気がした。私は急いでぶんぶんと首を振ろうとしたのだけれど、ほっぺをつままれているものだから、それもままならない。慌てて両手をばたばた振った。それじゃあだめかと焦って、私のほっぺたをつまむテッドの手のひらを、上からぎゅっと握りしめた。

テッドは少しだけ瞳を大きくさせて、口元を尖らせながらそっぽを向いた。ぱっと私のほっぺたから手を離して、手のひらだけをやわやわ動かして、私の左手をとる。それから探るように、薬指を人差し指と親指で握った。「じゃ、そういうことで」

どういうことかわからないけど、そういうことかもしれない。薬指が、少しだけくすぐったい。「えっと、あのテッド」「なんだよ」 やっぱり嫌かよ。とテッドがすねたようにため息をついた。ちがう、そうじゃなくって、「ちゃんと、言ってほしいなぁ」 わかってるけど、ちゃんと全部言って欲しい。ちら、とテッドを見上げると、テッドは痛いところをつかれた、というように心底困った顔をした。「あ、いい。やっぱり、いい」 パタパタ右手を振ったら、テッドはひどく考えこんだような顔をして、私の右手首をぎゅっと掴んだ。

左手は薬指、右手は手首をつかまれて、じっと押さえつけられるような体勢で、私はきょときょと瞬いて、一瞬だけ逃げ出したくなってしまった。テッドはしばらくもごもごと口を動かした後、覚悟したような顔をした。「好きだから、結婚してくれ」 私はぎくっと体を震わせて、口元をきゅっと噛みながらテッドを見た。テッドも同じような顔をしていた。私は、はい、と頷いた。それから、もうちょっとだけ大きな声で、うん、と頷いた。

テッドはちょっとだけ満足そうな顔をして、すぐさま私の両手を離した。そのまま背中を向けて、さかさかと扉に向かって消えていく。「じゃ、そういうことで」 さっきと同じ言葉でしめて、背中越しのまま、ビシリと片手を上げた。耳まで真っ赤になっているテッドの後ろ姿を見て、多分やっぱり、私もそんな感じなんだろうなぁ、と耳の付け根を両手でつまんだ。ものすごく熱い。

バタン、とドアが閉まる音がする。
私はため息をついて、両手で顔を覆って、ベッドの上に小さくなった。ほっぺたがかっかとなって、たまらない。そしたらまた、バタリとドアが開いた。だろうか、と顔をあげると、やっぱりテッドで、さっきよりも顔を真っ赤にして、ずかずかとこっちに来たと思ったら、がばっと私を正面から抱きしめた。ぽかんと彼の肩口から瞬きをすると、すぐさまテッドは私から逃げて、再び全速力でドアの外へと消えていった。

そんな彼を見ていたら、なんだかおかしくなって、私はからから笑ってしまった。目尻に涙が出るくらい笑った後、自分の左手を見つめて、今は何にもないのに、嬉しくって、へへへ、と口元を緩めて笑った。



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1000のお題【345 仮面夫婦】
2012.02.25