■ アレンとグレンシールの口調は捏造です



二人の青年が、ひどく重い溜息を吐き出した。





「おかしいだろう」
「何がだ」

だから、おかしいだろう。ともう一度息を吐き出した男、熱しやすい“火炎将”の顔を、グレンシールはまじまじと見つめた後、肩をすくめた。彼が言いたいことなど理解している。なんたって自分もこのグレッグミンスター、首都警備隊の“左将軍”であるのだから。そして彼は“右将軍”である。

「そうだ、お前の言うとおりだ、アレン」
「ああ、そうだ。ありえない。なんたって俺達がこんなこま使いのマネをしなきゃならないんだ!?」

そう言いながら、アレンはどしんと机の上に大量の紙束を置いた。同じくグレンシールもそれに倣う。「俺達は武将で、しかも警備隊だ。それがなんで、こんな使いっ走りをしてるんだ」「そりゃあ、お前だってわかっているはずだろう?」

ああそうさ、とアレンは口元をひん曲げながら、重々しく頷いた。「根本的に、人手が足りないんだ!」 
     そう、ここトラン共和国は、まるで赤ん坊のような国だった。赤月帝国から名を変え、政治の形を変え、戦争が終わってからやっと一年。もちろん、ゼロからの出発という訳ではない。元からの地盤はあるし、自分たちのように、国の名前が変わってしまったとしても、変わらず士官し続けるものも多い。しかし、だからと言って、前と同じく国が回る訳でもない。

法の整備にてんてこ舞いになりながら、日々細かな調整や検証が必要とされ、また民からの不都合の声や非効率、また倫理的な問題など、様々な不備が報告される。それについて、頭を悩ませることが仕事の文官達の唸り声が、今も城の中で響いている。そんな彼らの声を聞いて、アレンは多少頬を引きつらせた。グレンシール個人に言わせれば、すでに聞きなれた声であった。

もう一度、と心持ち早足で書類を運ぶ。今度は反対だ。カツカツとよく磨かれた石の廊下を通る。たとえどれだけ人が足りなかろうが、忙しかろうが、城はピカピカと変わらず光り輝いていた。今もメイドたちが慌ただしくバケツと雑巾を担いで彼らへと会釈しながら通りすぎる。

     こんなところに人を使うくらいなら、別の場所に使えばいいものを。主に、自分が担いでいる書類だとか。

おそらく、アレンはこう考えているに違いない。けれども違う。見栄というものは、はらねばならぬときがあるのだ。もしこの城が薄汚れ、メイドの一人もいないとすれば、民は不安を持つだろう。さて、本当にこの新たな国に、ついていってもいいものか。こんなにみすぼらしくて、問題はないのか。
ほころびと言うものは、簡単にやってくる。自分はその姿を、バルバロッサの姿を見続けていたからこそ、断言する。
建国の際、初代大統領となったレパントが、一番最初になしたことは、この崩れた城を立て直すことであった。
(まあ、将軍自らが使いっ走りをする姿も、あまり胸をはれるものではないがな)

あまり深くつっこんでも楽しくない話だ。


「そうだ、根本的に人が足りないんだ。レパント殿はよくやってくれている。けれども、頭のいい人間が足りない」

マッシュ殿がいれば、という言葉を、アレンは飲み込んだ。グレンシールも、特にそれについて言及する気はなかった。恐らく、彼が生きていたのならば、建国の際に、多くの助力を得ることができただろうが過ぎたことだ。アレンの愚痴は続いていた。「そもそも、いなくなった人間が多すぎる。みんな勝手きままにいなくなりやがって」「みなにも都合も事情もあるだろうよ」「それにあの熊と青いの! なぜ生きているのなら生きていると連絡しない!」

やきもきするばかりだろうが! と口をへの字にする右将軍に、グレンシールはため息をついた。たしかに彼ら二人の死体は、崩れた城の中で見つけることはできなかった。それだけでアレンの中では、彼らが生きていると決定づけられているらしい。もちろん、グレンシールも同じ思いであるが。

「ヘリオン殿が星見の役を受け継いでくれたことはありがたかったし、ウォーレン殿もカイ殿も、力を貸してくれているじゃないか」
「ああそうだな。しかしだなグレンシール。あのシーナはどこに行った。父親と母親がこうも大変だというのに、また自分はどこかにふらふらと旅に出て!」

お前、案外あいつのことを買っていたものな、という言葉は飲み込んでおいた。
アレンは未だにぶるぶると唇を震わせていた。彼の本当に叫びたい言葉はそれではない。「それに」 アレンは紙束の中に顔をうずめるようにして吐き出した。「一番、いるべき人がいないじゃないか……!!」


カツン、カツン、カツン、カツン。
自身の足音が響いた。グレンシールは何を言う訳でもなかった。ただ、彼と自身の気持ちは、全く同じものだと知っていた。少年は旅立った。彼らはその背を見送ることさえかなわなかった。一人の母でもあり友でもある青年を連れ、彼は消えた。

なぜだ、とは思う。

けれども、その理由を気づいてもいる。「あいつは何をしてたんだ!」 叫んだ。グレンシールは眉を顰めた。そろそろ諫めるべきだ、そう思ったのだが、もう暫く叫ばせておくことにした。書類疲れの鬱憤を、どうせなら一気に吐き出してもらおう。「あの、“紋章いらず”は!」 グレンシールはくすりと笑った。

そんなグレンシールの笑いにも気づかず、火炎将は叫ぶ。「義理でも自分の弟だろうが! あの熊達と同じだ! ちょっとくらい、俺たちに顔を見せるべきだろう! なんだ、こっち側に手を貸さなかったことを、俺たちが怒るとでも思っているのか! ああもちろん怒るとも! まあしかし、多少大目に見てやっても構わない! なんてったって、俺たちもある意味似たようなものだからな! テオ様の言葉があったからこそ、俺は、あの方に、力を……」 ふと、アレンは言いよどんだ。「とにかく!」 パッと顔を上げた。

「お前は一体何を考えているんだ! さっさと様を引っ張って、連れ戻してこい!」
「アレン、言っておくが、あいつが様を探しに行ったとは限らないんだぞ?」
「酒場の親父が副将軍のバッジをもらったのは確かだろうが。そいつは確かに“紋章いらず”だ。あいつは馬鹿がつくくらいに様に甘いからな。血相抱えて飛んでいっただなんて、様に関係すること以外にありえるか?」

グレンシールはひょいと肩をすくめた。
そりゃあまあ、あるだろう。あいつだって、自身と変わらずいい大人なのだから、義理の弟にかまける以外の用事など、腐るほどあるだろう。
しかし困ったことに、グレンシールもやっぱりアレンとまったく同じ考えだった。もう少し視野を広げて考えてみたいところだが、どうにも自分もマクドールの人間が関わるとなると、どうにも盲目になってしまうところがあるらしい。「まあ、そうかもしれないな」

グレンシールはさしていつもと変わらぬ風に軽く口の端を上げた。そんな彼を見て、アレンは不満気な表情をした。「まったく、お前は。なんでいつも、そう冷めた態度をとるんだ?」「そういうお前は、俺より年が上だっていうのに、なんでそう落ち着きがないんだ?」

アレンはムッと眉を釣り上げた。「俺より年の若いお前が、そうも落ち着いている方がおかしいんだ!」
そういう見方もできる訳か。とグレンシールはなるほどと頷いた。アレンは特にそれ以上食いつくことはなく、憤然と前を見据えた。

「まったく、なんでいつまで経っても戻って来ないんだ、あの馬鹿は。人もたりない仕事も多い。こっちはお冠だ、さっさと戻ってこい、紋章いらずの・マクドール!」




ぶくしゅん。


「あらあら、風邪かしら?」
「あ、いや、そういう訳じゃ……」

ないんですけどねー、と青年はもぞもぞと鼻をぬぐった。恐らく二十の半ばはすぎている。彼の目の前にはピンクの服を着た、小さな可愛いおばあちゃん。「風邪のときはね、ネギとお味噌とお湯をいれたネギ湯を飲んだから、体がぽかぽかするのよ」ところころと笑っている。苦笑した。

一体自分は何をしているんだろう? と少々不思議に思う気持ちがある。わらにもすがる思いでこんなところまでやってきて、目の前の可愛いおばあちゃんが、一体自分に何を教えてくれると言うんだ。
(……手がかりがないったって、さすがにこれはなぁ)

さすがに自分自身呆れてきた。「それで、あなたの探し人なのだけれど」「ああ、はい」「焦る必要なんてないわ。だって必ず会えるもの」「ははは……」

なんだそれ。
適当な言葉だなぁ、ともう一回ため息をついたとき、彼は瞬いた。「探し、“びと”?」 眼の前の老女を見つめた。彼女は相変わらずころころと微笑むばかりで、はパクパクと乾いた唇を動かした。言っていない。そんなこと、一言も言っていない。探しているものがある。ただそれだけしか、は彼女に伝えていない。

「なんっ、な、なんで、わかっ」
「他にもね、鼻がつまったら、詰まっている方を上にして寝たらすっきりするのよ」
「だから、ちょ、あの」
「耳の付け根をひっぱるとぽかぽかするのよ」
「ワー! 会話が通じてねぇー!!」

なんなのもうやだー! と頭を抱えて首を振るを、彼女は微笑ましく見つめた。そして杖の先をこんこん、と優しく地面に当てた後、「焦る必要なんて、どこにもないのよ。大丈夫、あなたはまだ若いのだから、ゆっくりゆっくり待ちなさい。願っている時間と思いが強いほど、願いはきちんと叶うものなのだから」


おばあちゃんの、知恵袋。と彼女はぴん、と人差し指を伸ばし、ころころと微笑んだ。





2011.12.28
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