■ お正月リクエスト、兄が軍に行くときに大泣きする坊ちゃん


「う、ひっ、う」
「えー、あー、あー、ほら、ほらほら、な、泣くなー」
「ひっ、う、うあああああん」

ぎゅうっと自分の服の裾を握りしめ、何を言う訳でもなく、ただ下を向いてぽろぽろ涙をこぼし続ける義弟を見て、「えー、あー、うー」とは首をひねり続けた。情けなく、へにょりと口元を垂らして、彼の後ろで笑いをこらえている、自身とそう年の変わらない大人たちへ顔を向ける。「ど、どーしましょう、グレミオさぁん……」 からから、ととうとう耐え切れないように、彼らは吹き出した。


     ・マクドール。
そう彼が名乗るようになり、いくらかの歳月が経った。小さかった義弟は背が伸び、御目付け役の青年も、大人になった。それと同時に、もぐっと大きくなった。もらった恩を返すために、彼らに仕えるために、軍に服する。ただそれだけが目的だった、のだけれど。


(…………こんなに、泣かれるとは思わなかった)


はあまり泣かない子だ。昔、一度だけ何が理由だか分からないけれど、泣かれたことがある。そのときから、ピタリと彼は泣かなくなった。「お兄ちゃん、い、いっちゃうの」「うん、まあ……」「お、お家から、通わないの」「いや、俺は……なんちゃって貴族っつーか……ほら、養子だし……」 

そういう特別扱い的なの、できないんだよなぁ、と口の中でごにょごにょ説明したって、に分かる訳がない。
は困ったようにに頭を撫でた。ぐしぐしとお気に入りのバンダナの形がくずれる。けれどもは唇をぎゅっと噛んで、を見上げた。そしたらまたぽろぽろと大きな涙がこぼれた。あちゃあ、と彼の兄は自身の頭を押さえる。これは困った。困った半分、どこかくすぐったくて、嬉しくもある。けれども喜んではいられない。

いかないで、と彼は力の限り、体で叫んでいたけれど、決してそれを口にすることはなかった。それは言ってはいけない言葉だと知っているのだ。

「ほら坊ちゃん、くんが困ってしまいますよ」

グレミオの言葉に、ぴくり、との肩が震えた。「そうですね、坊ちゃん」 さばさばとした口調で、同じく使用人のクレオが頷き、その背後でも、うんうんとパーンが相槌を打っている。はむくれた。でも一瞬だけだ。うん、と彼は頷いた。納得している顔なんてしていないのに、納得したふりをした。

は苦笑した。俺なんかよりも、よっぽど大人だ。
彼はそっともう一度膝を折りたたみ、を見つめる。「、俺はお前と、テオ様を守るために行くんだ。未来のお前を守りたいんだ。あっちでみっちり鍛えられて来るからさ。戻ってきたら、俺をお前の家臣にしてくれや」

うん、と彼は頷いた。「いい子だ」 ついでとばかりに、ぶにっとホッペをひっぱった。彼はびっくりしたように顔を上げた。「手紙を書くよ。毎月、一回は必ず書く」

今度会うときまでは、もっと大きくなってるんだぞ。
そう苦笑して、立ち上がる。「     」 背で、彼の義父の声が聞こえる。「はい、ただいま」

行ってくるよ、と彼の頭を撫でた。ぱっ、とは彼の裾をつかもうとした。けれども手のひらは空振りするばかりだった。「それじゃあ」

ふと、は振り返る。見慣れた家だ。小さな少年と、三人ばかりの使用人。彼らと自分の立場はそう変わらない。くるりと背を向け、義父の元へ歩む。
(うーん、後ろ髪を引かれるなぁ……)

「どうした、、らしくもなく緊張でもしているのか」
「いいえ、まさか。わくわくドキドキの絶好調です」
「そうか、それならばいいが」

何がおかしいのか、彼の主は、ふっ、と小さく微笑んだ。


***



「……兄さん、何読んでるの?」
「いやほら、ラブレター」
「ああそう……」
「俺ってばモテモテだから」
「はいはい。だったらさっさと彼女の一人や二人でも作って……ってちょっとなんだよそれ!?」
「あ、ああ、ああ! 返せこのやろ怒るぞこのやろー!!」


ばかー! ばかー! のあんぽんたーん!!!

パッと手の中から取り上げられた便箋を取り返し、急いで自身の懐へと隠すと、はじろっと義弟を睨んだ。けれどもその弟も、負けじとばかりに睨み返し、お互いぐるぐるとリビングの中を回り続ける。「兄さん、それ、俺の記憶が間違ってなかったら」「はっはー、ってば、ほーんと記憶力がいいもんなー。そうそう、ちっちゃい頃のから俺へのラブ」「天誅!!!」「うわお!??」

伸ばされた手のひらを即座に弾き飛ばし、は階段を駆け降りた。即座にも後を追い、珍しくも顔を赤らめて、「そんなもの後生大事にとってないで、さっさと俺に渡してくれ!」「嫌だよ絶対やだよこそ俺の休息タイムを邪魔すんなよ!」「何が休息か!!」

ぼっちゃーん、くーん、暴れちゃだめですよーう。とグレミオの声を遠くに聞きながら、は一足先に玄関の扉を開け、バタンと勢い良く閉める。「あっ、こ、こら! 兄さん! 開けろ! 開けろってば!!」「ほらここの文章。かーっ、たーまんないねーえ! “お兄ちゃんがいなくて、僕はすごくさみし”」「やめろおおおおおおお」

もー、いつの間に俺なんて言っちゃって、お兄ちゃんって呼んでくれなくなっちゃったのかねー、とぼやきながら、ドンドン扉を叩かれる振動を背中で感じる。は気にせずニヤついたまま、手元の手紙を見つめていた。「……さん、何やってんの?」「あ?」

ふと、目の前には茶髪の少年がいた。
名前はテッド。気づけば彼の弟の友人となっていた少年だ。しかしどうにもは彼と折り合いはよくない。ふー、と鼻から息を吐き出した。けれども。

「ま、いーや。お前でも。ほら見ろテッド、これ、超かわいいだろー。見ろって、ほらほら、お前にも見せてやる」
「は?」
「て、テッド!? テッドがいるの兄さん、ちょっと、兄さん!?」
「あのー、がすっげキレてんだけど」
「そんなことよりお前ほら、見てみ、ここの部分。ほれ、“この間、ニンジンを食べることができました”」
「だから、やめろおおおおおおおお」


ああもう駄目だ裏口だ! テッド絶対見るんじゃないぞ、見るなよ絶対!!

叫び声を遠くさせながら、消え去る弟の声に、はにやついた。手元の手紙をぴらぴらさせる。同じく、彼の親友であるはずの少年も、口元をニマッとさせて、手紙を覗く。まったく、なんて悪ガキだ、とは笑った。「さんって」「あ?」「ほんっとのこと好きだね」

からから、と笑われた声を聞いて、何故だかこっちの方が年が下な気分になった。は口元を引き結んだ。けれどもどうにも、嫌な気分にはならなかった。「まあな」 けれども彼の前で認めることが悔しくて、大人げなくも、ただそれだけ呟いた。


「あー!! コラッ!! 見るなって言っただろ!!」
「おおう、はやいなー」
「はやくもなるさ! こっちは必死さ!! 兄さんもいい加減そういうのは処分してくれないかな!?」
「何言ってんだよそんなことする訳ないだろこれは全部俺の墓に入れる予定なんだから!」
「馬鹿じゃないの!?」
「……お前ら兄弟って、ほんっと仲がいいなぁ……」

呆れたように少年はつぶやく。ひらり、と青年の手の内から、手紙が逃げ出した。あっ、と三人は顔を見上げる。白い太陽が、きらりとこっちを見つめていた。





“お兄ちゃんがいなくて、僕はすごくさみしいです。
けれども、そんなことを言っていちゃだめだと思います。
僕は、お兄ちゃんと同じ、りっぱな、ていこく軍人になろうと思います。
だからさいしょに、ニンジンをやっつけようと思います。
僕はがんばりました。この間、ニンジンを食べることができました。
だから、お兄ちゃんも、がんばってください。

・マクドール”









2012.01.04
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