*継承戦争、終了直後




特になんの感慨が湧いた訳でもなかった。



はぼんやりと、小さな石の前に座り込んだ。父と母の名を刻んだ板をそえ、わずかばかりの花を置いた。けれども別に、そこに両親が眠っている訳ではないと知っていた。ただの気持ちばかりの石は、ごろごろとそこらに転がっている。

金がない訳ではない。父も母も、長い苗字を背負ってはいたが、に言わせてみれば、馬鹿のような争いに巻き込まれ、家のものは死に絶えた。潰れた家の瓦礫をどかし、は金目のものを探った。すでに賊に盗まれたものも多く、申し訳がないことに服すら着ていない家令すらもいた。

せめてもと彼らの死体を引きずり、穴を掘り墓石を作った。見つけた金は懐にしまい込み、長くため息をついて座り込んだ。「しょうもない墓で、申し訳ないね。でもさ、仕方ないさ。死んでるあんたらよりも、生きてる俺だろ」 そんな自嘲的な言葉を吐いて、自身をわざと追い詰めていることに気付き、またため息をついた。

これからどうするべきか。やっとこさ正当な王様へと座は譲られたが、それですぐさま人がぶつかり合った跡が消える訳ではない。とにかく今は働くべきだ。けれども10と少しの年を越えたばかりの自分に何が出来るというのだ。周りよりも多少はやんちゃであったが、それでも自身は貴族の箱入りのお坊ちゃんだ。世間を生きていく知識などどこにもない。


一つ、あてはあった。けれどもそれは、の小さなプライドをくすぐった。貴族といえど、ただその端にひっかかる傍流である自身が文字通りのお貴族様に頭を下げるなど、自身がただの馬鹿な子どもであると確かに認めてしまったようで、墓の前に座り込んだ足は、ぴくりとも動きはしなかった。


どれくらいの時間が経ったのか、にもよくわからない。昼を過ぎ、日も暮れ、うすら寒い風に吹かれ、はわずかに身動ぎをした。ふと、腹のなる音がした。誰かと思えは自身であった。けれどもはただまるまるように座り込んだ。また腹がなった。「ほれ」 知らない男の声だ。

ぴくりと顔を上げれば、握り飯が突き出されていた。ぼんやり瞬きそれを見つめていると、何度も飯が動いている。いや、それを持つ大きな手がゆさゆさと揺さぶられた。
「さっさと食わんか」

ふと、その男の顔を見上げた。黒髪の隻眼の男だ。「食わんなら、俺が食うぞ」 はただその男を見つめた。「冗談だ。さっさと食え」「いらねぇ」 きょとん、と男は片目を瞬き、首を傾げる。「施しなんていらねぇ」

「なんだお前、可愛くないな」
「知らねえよオッサン」
「おい、俺はまだ若いぞ」
「20より上は、俺らかりゃすりゃ全部おっさんなんだよ、ばーか」
「そりゃまた狭い世界観だな」

じゃあまあしょうがない、とどすんと男はの隣に座り込んだ。に差し出したはずの握り飯をもぐもぐと咀嚼するその様を見て、はごくんと唾を飲んだ。男が黒い眼帯に隠されてはいない瞳をちらりとに向けた。は即座に顔を逸らした。「なんだ、やっぱり欲しいんじゃないか」「うるせーよ」「まだ一つあるんだが」

まあ、お前が食いたいってんならやろう、と男はの目の前に竹の葉でくるんだ握り飯をちょこんと置く。はしばらく男とそれを見つめ、すぐさま手のひらを伸ばし、がっついた。そんなの様を、男はゲラゲラと笑って見ていた。


は軽く手の塩を舐めた。そしてまた、ちらりと男を見上げた。知らない男だ。「坊主、こりゃお前の家族か」「まあね」 少しは素直に答えてやろうと思ったのは、いくらか腹が膨れたからだろうか。

「随分質素だな」
「しょうがないだろ。死人に金をかけてる暇なんて、今はどこにもねえだろうが」

お偉いさん方が、さっさと戦争を終わらせてくれなかったからね、と厭味ったらしくつぶやけば、何故か男は困ったように頭をかいた。「で、坊主。お前これからどうするんだ」「なんだよ、あんたが養ってくれんのか」「残念ながら、そんな甲斐性はないな」「だったら興味半分に人の事情に口出すんじゃねえ」

チッ、とが舌を打てば、男は呆れたようにを見下ろした。「お前、随分やさぐれてるな」 まあ、親が死ねばそうなるか。と納得したような男の言葉に腹が立ったが、特に何を言い返そうとは思わなかった。「で、どうするんだ。ここでいつまでもしくしく泣いてる訳にもいかんだろう」「泣いてねーよ」「じゃあまあ、それでいいさ。どうする。このまま物乞いにでもなるか?」

幾らか金をやろうか、とまるでこっちを試す風に苦笑しながら問いかけられた言葉に、「馬鹿にすんな」とは彼の体を叩いた。けれどもの手が小さすぎたのか、それとも彼が大きすぎたのか、男はびくりともしなかった。

「俺はこれでも、マクドールの家系だ。つっても、傍系だがな。五将軍のテオ・マクドールにでも頼み込めば、せめて使用人にでもさせてくれるかもしんねーぜ。ま、会ったこともないけどな」
「だったらこんな所で座り込んでいないで、さっさとテオの家にでも行って、土下座の一つでもしてやったらいい」
「簡単に言うなよな」

はあ、とは首を振りながらため息をついた。そんな子どもらしくない様に、男は眉を顰めて、腕を組んだ。「もしだ、もし、俺が土下座してさ、『お願いします、ここで雇ってください』なんてお願いして、『何言ってんだこいつは』って断られたらどうするよ」「テオはそんな男じゃないと思うがな」「おっさんに何がわかるんだよ。もしこうなったら、俺はただの頭の下げ損で、力の底から惨めなガキになっちまう」


やってらんねーよ、ともう一度長い溜息を吐き、手のひらに頬を乗せると、男はどかりと座り直し、カラカラ笑った。「なればいいじゃないか。なんでお前はなんにもしないで悲観的なことばかり考える? 例えお前が言う惨めなガキになったところで、何が減る? そんなことでうじうじ悩むくらいなら、さっさと行って、駄目なら駄目で次の手を考えろ」

「おっさんは他人だからんなことが言えるんだよな」
「そうだ。だが他人だからこそ、お前がどれほど馬鹿なことに悩んでいるのかもわかるぞ」

は口をつぐみ、男を見上げた。男はただ、見える片目でにやにやと笑っているだけだ。「ま、とにかく行動あるのみだ。だいたい、テオが断るはずもない。もし駄目だと言ったのなら、俺に知らせろ。俺が力の限り、あいつをぶん殴ってやろう」 そういうこった、と腰を上げる男の背を見ながら、「ばーか」とは呟いた。「殴るも何も、俺、あんたの名前もしんねーし」

ぴたりと男は足を止めて、「そうだったな」と太い指であごをかく。「ゲオルグだ。ゲオルグ・プライム」「あっそ。気のせいだか、どっかで聞いた名前だね。俺は。うまくいけば、・マクドール」

次に会うときは、お前がそう名乗っていることを祈るさ、と男は片手を振り、こんどこそと消えて行く。はすぐさま彼に背を向け、また深く座り込んだ。目の前には墓がある。父の名前、母の名前、使用人達の名前。

またどれほど時が経ったのかはわからない。ふと、は立ち上がった。懐の金に手を置き、さて、と頭の中で計算した。テオ・マクドールの元へ向かうには、これからいくらの時間が必要か、金が必要か。

世間知らずの子どもは足を踏み出し、彼らの墓に背を向け、一度だけ振り返った。そして男と同じく、真っ直ぐに歩を進めた。





2012/03/17
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継承戦争の時代と主の年齢を逆算するとおかしいことになってるのは気にしない!
そしてこの十数年後くらいに一応再会?(9話)