「と、いう訳で、この間から同盟軍に参加させていただいているくんでーす、よろしくー」
いえーい、と拳を振り上げるに、フリックはきょとりと瞬きを繰り返し、どこか胡散臭いものを見るような目付きで、じいっと彼を見つめた。「……?」「だからそうだって」 久しぶりー、とまるで懐かしい旧友に会うかのように、は片手をひらつかせた。「なんだお前、お前もこっちに来ることにしたのか」 はは、とフリックは口元を笑わせ、ばしん、との肩を叩く。「ま、よろしく頼むぜ」「あたぼーよ」
彼と出会ったのは、もう随分前のことになる。その上話した時間は一瞬だ。けれどもお互いゲラゲラと笑い合いながら、もう一度、と手のひらを合わせた。一度別れた旅人が、また出会うことなど珍しい。一期一会、なんて言えば格好がつくが、大抵はそのまま別れて、「ああ、あんな奴もいたな」とときどきぼんやり思い出す程度である。
別に寂しがりも、懐かしがりもする訳ではないが、だからこそ再び出会ったときに、お互いめいいっぱい歓迎し合うのだ。
(そういえば、あのときはの行方を知っているのか、訊けばよかったと後悔したんだっけか)と、ぱしこんとは自身の頬を叩いて、よくできたフリックの正面顔を、じっと見つめた。「……どうした?」「……いや、なんも」 やっぱりやめておこう。はそう頷いた。
そもそも、軍師のシュウに、マクドールの名は出したくはない、と宣言したばかりである。すぐさま撤回するのは恥ずかしいし、根本的に状況がよくはない。ここはハイランドに刃を向けた、同盟軍その場所である。元とは言え、赤月、いいやトランの副将軍であると誰ぞに知れてしまったのなら、立場的によくはない。 トランが同盟軍に組みしている。まさかそんな勘違いはされまいが、言いがかりをつけられても面倒だ。あるべく、あちらの邪魔にはなりたくはない。この間痛い目に遭ったばかりだ。
まあ、という訳で、ここではやっぱりただのとして、ついでに弟の捜索はシュウの旦那に期待して、暫くはお休みということにしよう、とうんうん頷く。何やら一人で納得し始めたへ、フリックは不思議気に首を傾げた。けれどもまあいいか、と振り返り、「おう、ビクトール」 越しに片手を振った。
ビクトール?
聞き覚えのある名前だ。風来坊のビクトール。このところフリックと一セットの扱いが多い、あいつのことか、と旅をする中で、聞こえた噂を思い出した。
まあ挨拶くらい、と振り返ると、ボサボサ髪の熊がそこにいた
「ん? よう。誰だ?」
「だ、退治屋の。前に話したろう」
「あー、あー、あのトウタが消えたときの。ほーう、噂の通りひょろ長ぇな」
「そういうあんたは噂以上の熊さんだね」
「はは、言うじゃねぇか」
気に入った、とばしんと熊はの頭をでかい手のひらでぶったたいた。「いってぇー」とは低く唸りながら、その皮の分厚い手のひらをどかし、正面向いて、熊を見つめた。「…………ん?」「…………あ?」 そしてお互いきょとんと瞬いた。
「おい、どうした?」 とビクトール、二人そろって難しげな顔つきとなり、ううん、と顎に手のひらを当てて頭をひねり出す彼らを見て、間に挟まるフリックは訝しげに彼らを見つめた。「いや、なんか……俺、あんたのこと、どっかで見たこと……」「そうなんだよ、俺も今それを思い出してな……」 あー、思い出せねぇ、と悔し気に喉をガリガリひっかくビクトールを見つめながら、うううん、とは眉間の皺を深くした。
ぴちゃぴちゃと響く水音
薄暗い水門
ボサボサ髪の、でかい体つきの男
「あ」 ひくり、とは口元をひくつかせた。一つ思い出せば、またひとつと思い出す。あのとき、ソニアに命じられ、いや、自身から進んで水門を守りに足を踏み出したへと、は立ち向かった。そして彼には幾人もの仲間を引き連れており、そのうちの一人が 「あー」 ビクトールが、なるほど、思い出したとばかりに手のひらをポンッと打ち鳴らした。「お前、」「うわおおおあおう、ああっははうほうっ!??」 は奇声を発しながら、ビクトールのでかい口を必死に両手で塞いだ。フリックと熊、その上城の廊下を歩く周りの視線が痛い。仕方がない。
確かにあのとき、自身はの兄だと名乗らなかっただろうか。そしてこの男は、それを聞いていた、ような気がする。なにぶん3年以上の時間が経っているし、詳しいことは覚えていない。自身にとって、あの水門での出来事は忘れがたいものであった。だからこそ、ちょろりとしか顔を拝んではいない熊の顔を覚えていたのだ。
しょっぱなからつまずいた。はだらだらと汗を流した。どうするべきか、と判断に迷いながら、はそっとビクトールから距離を置いた。これでは不自然すぎると感じたのだ。奇妙に視線を外しながら、そわそわと辺りを見回すを見て、「お前……」とビクトールは眉を顰めた。ぎくり、とは肩を飛び上がらせた。そして何事もなかったかのように、ぱんぱん、と自身の肩をはたき、「なんだ?」とばかりに涼しい顔付きでビクトールに笑いかける。
腐っても元軍人。先程までの動揺がまるで嘘か何かのようだが、寧ろこれでは不自然極まりない。ビクトールは、ニマッと笑った。そしての肩に腕を置き、のっしりと体重を掛けたのだった。
厄介なやつにバレてしまった
テーブルの上につまれる酒瓶を見つめながら、は静かに顔を両手で覆った。「おーい、こっちー、ビール追加、よろしく頼むぜぇー!」と大声を出しながら、からから空の瓶を振る熊にため息をつき、財布の中身を思い出す。溢れる酒瓶とジョッキに、胃が痛くなってきた。
(酒の一つでも呑めば、柔らかい口も、かたーくなるかもしんねぇなァー?) にまにま口元を笑わせながら、そうにつぶやいた熊野郎をずるずると酒場に引っ張り込み、一人素面のままに、目の前のビクトールを見つめる。ちなみにあの青バンダナのフリックは、こしょこしょ二人で会話をする彼らを見て、話の流れが読めないとばかりに眉をしかめた。けれども、どうせろくでもないことなんだろうと一人納得し、「飲み過ぎるなよ」と大人な忠告をしながら、行ってらっしゃいと彼らに片手を振って、快く見送った。できた相棒である。というか、半分慣れだろう。
(…………何が、一つだよ)
一本二本、三本、四本。数えるのも嫌になってきた。「おい、ビクトール」「お? なんだ? お前も飲まねーのか?」「なにが悲しくて俺の金でお前を呑ませてやって、ついでに自分の分も払わなきゃなんねーんだよ。俺の財布はザルじゃねーぞ」「なんだ、穴だらけのすっかんぴんなのか?」 ゲラゲラ、とビクトールが笑った。
今現在、お前が大穴を開けてんだよ、と言い返したい気持ちを抑えこみ、はただただ苦行に耐えた。なんでバレたのが、こんなめんどくせぇやつなんだよ、と何度もため息をついて、「おい、お前も呑まねぇのかよ」と数度目のビクトールの誘いに、「うるせええええ!!!」 何が悲しくて、他人の酒飲みを見続ければならぬのか。
「飲むぞっ! おねーさん俺もジョッキ追加ァー!」
「おーい、レオナー。こっちも麦でー」
「お前はそろそろ遠慮しろッ!!」
俺の財布は無限じゃねぇぞ!! と熊の硬い頭に拳を叩きこみ、綺麗なお姉さんから「ほどほどにしときなよ」と優しい言葉と共にうけとったグラスに、ぐびっとは口をつけた。いつの間にやらペースも狂って、べろべろに酔っ払いならがらも、「あー、いつになったらあいつに会えんだよー」「あいつって誰だよ」「弟だっつの、ほんとにもー、兄ちゃんはー」「なんだお前、兄貴なのか」「だからそうだっつってんだろぉー」
ぐらぐら変わる視界の中で、はぼんやりと意識を落とした。次に目を覚ましたとき、隣で熊が大いびきをかいていた。ぱんぱんぱん、とは腰元を軽く叩いて、財布の所存を確認した。すっかり軽くなって、薄くなってしまった布に残るは小銭ばかり。泣きたくなった。この見覚えのない部屋は、おそらくビクトールの部屋だろう。おざなりに部屋の端に置かれた趣味の悪い剣は彼のものだ。飲み過ぎて、あのレオナとかいう女主人に叩きだされたことはうっすらとおぼえている。
床で眠ってしまったからか、体が硬い。ふと、ベッドの上で転がるようにして眠る熊を見ていると、苛ついた。は即座に熊を床に叩き落とした。鈍い音が地面に響いたが、それでもビクトールは起きる様子もなく、どでかいいびきを繰り返している。幸せそうだ。はびしりとビクトールを蹴っ飛ばし、代わりとばかりにベッドに寝転がった。酒臭い。
すっかりなくなってしまったポッチを再び思い出し、涙しながらは眠った。次に起きたとき、同じくビクトールが床の上でのろのろと体を起こし、きょろきょろと寝ぼけ眼に辺りを見回していた。「……あ? なんで俺、床に寝てんだ」「寝ぼけて自分で落ちたんだろ」「お前、下で寝てなかったか」「上が空いてたから、借りただけだ」
あ、そうか。そんならしゃあねぇな、と軽く納得したビクトールは、ふあー、と大きなあくびをついて、伸びをした。いそいそと壁に立てかけられた剣に手を伸ばし、「おい星辰剣、朝だぞ、起きろてめー」 剣に話しかけている。少々危ないやつである。
「……おいビクトール。昨日、あんだけ呑んだんだからな、あのことは黙っとけよ」
口封じも、約束がなければ意味がない。は難しい顔つきのまま、じんじん痛む額に手のひらをつけながら鈍くつぶやいた。そうすると、ビクトールはきょとんと瞬き、くしゃくしゃの頭をまたくしゃくちゃにして、「……あのことっつったら、なんのことだ?」「おいてめぇ……」 あんだけ呑んどいて、まだ足りねぇって言いやがるのか。
ゆらり、とが立ち上がると、相変わらずビクトールはきょとんとして、「で、未だに思いだせねーんだけど、俺、お前にどこで会ったんだったか?」「…………」 真顔になった。
「お前、思い出したんでねーの……?」
「いやあ残念ながら、まったくもって。喉まで出かかってんだがな。あー、思い出せねぇ」
「……酒で黙っといてやるって約束は……?」
「別に俺は、酒を呑めば口が固くなるかもっつっただけで、思い出したなんてひとっことも言ってねぇぜ」
「金返せ」
「持ってねぇ」
そんな訳で、またおごってくれや! と飄々と笑う熊の背後に、は即座に回り込んだ。そして相変わらず酒の抜けない彼の足元を足ですくい、床に倒しつつ腕をひしぎで固め、伸ばす。力の限り伸ばす。「い、いてててててぇ!!!」「金、返せー!!!」
カネ、カエセー!!!!!!
青年の涙の叫びは、デュナンの城でしばし噂のなる程度には響いたとか、なんとか。
2012-04-11
back
適当に話を合わせてた熊