「…………トゥーリバーへ援軍に行けって?」
ああ、そうだ。と目の前の男は頷いた。怪我はすでに癒えている。お安い御用、と踵を返してやりたいところだが、は苦い顔のまま、シュウを見つめた。
「えーあー、それ、俺が行かなきゃダメ……?」
「当たり前だ。仮にも元旅人だろうが。地理に詳しいとすればお前だろう。お前の名はそこでも足を伸ばしていた。まさか行ったことがないとは言うまい」
「うん、まあね。行ったことはあるよ、うん」
で、でもなあ、とはポリポリと頭をひっかく。
軍主様は同盟を結ぶとトゥーリバーに向かわれた。あそこは面倒臭いことにも、3つの種族が交じり合い、会談も一筋縄ではいかぬはず。その上、どうにもきな臭い動きがある。すぐさまデュナンの軍を動かせればいいものの、さすがに湖を越えての陸地となると、足が遅くなってしまう。デュナンの軍が辿り着く前に、近場の村へ援軍の要請を頼み、王国軍を足止めする必要がある。
簡単に言えば、の任務はこんなところだ。
けれどもなあ、と相変わらず歯切れが悪い言葉を吐き出すの尻を、シュウはぴしゃりと言葉で叩いた。「事態は一刻を争う。付きをつける。その村の出身のものだ。おそらくお前一人が行くよりも、あちら側に真実味が増すだろう」「えー……出身って、そのぉ、コボルト?」「それ以外あるか」
コボルト村なのだから、それ以外ある訳ない。
だよねぇ。とはがっくり肩を落とした。(俺、コボルト苦手なんだよなぁ) 一度、件のコボルトの村に顔を出したものの、後々力の限り後悔をした。とりあえず、軍師殿がそう言うんなら、とため息をつくと、コンコン、と部屋をノックする音がする。「ゲンゲンが来たぞ!」 どちらさんで。心の中で自問ののち、噂のコボルトさんかい、とは軽く肩をすくめた。
「入れ」
「うん! なんだ! ゲンゲンに頼みがあるって聞いたぞ!」
ビシッと片手をあげる二本足のわんころに、うむ、とシュウは頷き、机に両肘をつける。「リドリー将軍の一大事だ。お前の村から、トゥーリバーへ援軍を要請したい。そこにいると今すぐ村に帰還し、その旨をつたえてくれ」「? この長いのか?」「縦に長くて悪かったな」
そういうお前は小さいね、と思わずはゲンゲンの両耳を引っ張ると、グアッとキバを向かれて怒られた。これはさすがにが悪い。「船を一艘、馬を二頭用意しよう。すぐさま旅立つように」 そうシュウが告げた瞬間、ゲンゲンはふりふり、と首と一緒に尻尾を振った。「む、ゲンゲンには無理だぞ」 空気が固まった。「うん、無理だな!」 しかも二度言った。
あんまりにも当たり前だと言う風に答えられたものだから、思わずは頭を抱えてうずくまった。「ちょっと待て」 ひょい、と立ち上がる。「お前ね、無理だぞってねえ」 ちゃんと任務はこなそうぜ。と言われた言葉に、もっともだ。と二本足の犬は大仰に頷く。案外真面目な性格らしい、と安心したが、いいや無理だ。とゲンゲンは即座に首を横に振った。「なんでだ。まさかどこぞの戦士の村みたく、やることが終わらなきゃ帰っちゃダメなのかい」「違うぞ」「振られたコボルトがいて気まずいのか」「よく分からないけど違うぞ」「借金かい。だったらほら、軍師どのがいくらか貸してくれるだろうさ」
まさか断られるとは思ってはいなかったのか、ぴしりと固まっていたらしいシュウに対して、「ね、軍師さん」とは声をかけた。シュウはわずかに眉をしかめると、「多少ならば」と遅れて頷く。「むむ? 借金? ゲンゲンはそんなものないぞ」「だったらなんな訳さー……」 困ったねえ、とは額に手をついた。同じくシュウも、眉をひそめた。こんなところでひっかかることになろうとは。「何が問題だ。こちら側で対処ができることであれば、力になろう」 さすがのシュウも、天然は予想のしがたいものがある、らしい。
うむぅ、とゲンゲンはもともと尖っている口元をもっと尖らせ、腕を組んだ。
「ゲンゲンは、馬には乗れないんだぞ」
長い間がやってきた。「…………軍師さん、コボルトって馬に乗れないの」「い、いや、リドリー将軍やその息子は、確かに騎兵を率いていたが」 シュウにも若干、焦りの口調が見て取れる。珍しい。
「失礼な!」
ゲンゲンは吠えた。「リドリー将軍は、コボルトの中のコボルトだ! 馬くらい乗って見せるぞ!!!」 がうがう、と口元を大きくさせて、「ただゲンゲンは、足が短くて乗れないだけだ!!!」
とても長い間がやってきた。
まあそんなら、俺の馬に乗ることにするかい、とは提案してみたものの、ただでさえ速さを求められる任務である。二人分の体重で、馬を疲れさせてはもともこもない。しょうがないと結局一人で馬を駆けさせる結果となったのだが、懐にはゲンゲンの覚書がある。ただ、文字にするよりも、こちらの方がいいと、彼は自身の手のひらにインクを染み込ませ、ぽふんと紙にはんこを押した。言うなれば、肉球はんこである。(こんなもんが、一体何に) 簡単に偽造できそうだし、はんこが下手くそだからインクが飛び散っているしで散々だ。けれども持っていけと言われたのであるから、とは律儀に受け取った。
(さて)
馬がぶるり、と鼻を震わせた。犬の匂いがする。そう主張したいらしい。(ま、犬と一緒にしちゃあ申し訳がないか)差別的な思考だね、と自身の膝を片手で打ち、手綱を引く。わざと大仰な音を出し、「どなたか!」とは声を震わせた。すぐさま転がり込んだコボルトは、「何者だワン!」 ビシッと剣をに向ける。はすぐさま両手を上げ、抵抗がないと示した。
「私は。デュナン軍の軍師、シュウから伝言を授かった。トゥーリバー、しいてはリドリー将軍の一大事だ。すぐさま、村長にお会いしたい。王国軍が、こちらに迫っている」
が馬から飛び降りると、あっという間にコボルトに囲まれた。子どもまでもがきゃいきゃいの足元にまとわりつき、「王国軍? 王国軍だワン?」「一大事ってなんだワン?」「よくわからないけど大変だワン?」「ワン?」「ワンワンワン?」
(うおおおおおおおおおお)
頭が痛い。(なんでコボルトってのは、毎回同じようなテンションなんだよおおおおお) まさか会話が成立していないのか、と不安になる。なんで語尾にワンをつけるコボルトが多いのか気になって胸が苦しい。強いて言うなら相性が合わない。の意外な弱点である。振り回すのは好きだけど、振り回されるのは苦手である。
は心持ち顔をげっそりとさせながら、 顔を上げると、コボルト達がわいわいと左右にわかれていく。その真中を、ゆっくりと杖をついた年配のコボルトがひょいと顔を出した。長い眉で瞳がすっかり隠れてしまっている。「あんたが村長?」「そうじゃよ」
まあ話はできそうだね、とは軽く顎をかいた。「話はもう聞いているかな。この北の街、トゥーリバーに王国軍が侵攻している。俺たちデュナン軍もすぐさま動きたいところだが、なにぶん距離があってね。間に合いそうにない。だからあんた達の手を借りたい」
こっちの言い分はそれだけだ。
そう告げたに、また困ったように村長は眉を動かした。「うむ。話は分かった。もしその話が事実なら、わしらはすぐにでもあんた方の手伝いをしたい。けれども、あんた達が噂のデュナン軍だっていう証拠はあるのかいのお。それがなけりゃあ、即断はできん。これでも、わしはこの村の責任を背負っておるんじゃ」
「うーん……」
まあ、そうだよねえ、とは頭をかいた。一度訪れたことがあるとは言っても、ただの旅人の顔など覚えている訳もないし、もしかすると、自身が王国軍の策やもしれない。(だからこそ、ゲンゲンを連れて来たかったんだが……) 知っている顔の言葉ならば、いくらか信じはしただろう。しょうがない、とは口の端をかんだ。「一応、うちのデュナンには、ゲンゲンというコボルトもいるんだが」 こんなものを、あんた達に渡してくれだと。とゲンゲンから預かった、あの汚いはんこを、ぽいっと村長に投げた。
村長は短い腕で、その紙包みを受け取り、「ゲンゲンだと」とおそらく毛の下で、瞳を瞬かせた。パッと紙を開く。(こんなもので、何になるって訳じゃないだろうが) 『これで大丈夫だ! まかせてくれ!』と妙に自信がありげだった、茶色いモフ毛を思い出した。
「こ、これは!」
ハッと村長が息を飲んだ。慌てて隣から、おそらくメスのコボルトが声をあげる。「確かに、うちのゲンゲンの!」 (…………うち?) 「うむうむ、この手形は確かにゲンゲンのものだ! 殿と言われましたな! わしらはあなたの言葉を信じますぞ! さあ出陣じゃー!! リドリー将軍をお助けするのじゃー!!!」 ババッと村長が片手を上げた瞬間、「「「「ワォーン!!!」」」」 見事な雄叫びの重なりである。
「え、ええー……」
ばたばたばた、との隣を、コボルト達が慌ただしく駆け抜けていく。馬の手綱を握りながら、一人ぽつんと立ち尽くしたは、なんとも言えない気分で彼らのふりふり尻尾なお尻を見つめた。信じてくれたということは嬉しいけれども、なんだか自分自身納得がいかない。
「俺、やっぱり多分、コボルトと相性が悪いと思う……」
助太刀じゃあ、助太刀じゃー! わうん、わんわーん!
響く声を聞きながら、「元気だよねぇ……」と彼はつぶやいて、「まあ、俺も助太刀せねばならんねえ……」 腰の刀をトンと肩の上にのせて、はは、とは苦笑した。
2012/05/12
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ゲンゲンごめん