は額に指を置いた。気のせいか。気のせいじゃない。ほほほ、と彼女は笑っている。まったくもって、この場には似合わないピンク色の服をほわほわと揺らして、彼女はトコトコ歩いていた。こつん、と杖をつく。「…………お、おばーちゃん?」「あらあら、また会ったわねえ」
偶然ねぇ、なんて微笑む探しものの達人に、いやいや、と首を振った。
「俺、どっちかっつーと、怖いもの知らずな方かと思ってはいたんだけどさあ」
世の中って、こう、説明できない不思議で珍妙なものであふれているんだね……。と静かに粛々と酌を注ぎ続けるを見て、「……お前、何いってるんだ?」 青雷のフリックは生ぬるい表情のまま、ため息をついた。「何が言いたいかというと、こう、おばあちゃんは怖い……」
コップを両手で握りしめて、じっと視線を固定させるお前が怖いよ、なんて思いもしたが、いちいちこれにつっこんでいては、熊の相棒など務まらない。スルースキルは日々磨かれるものなのである。
フリックは静かに頷いた。「まあ、よくわからんが、お年寄りは大切にな」「……うん……」 任せろ……任せろ……とうんうん頷く細長い男を見ながら、まったくもって不思議なやつだ、とくいとコップを傾けた。喉が熱い。(退治屋か)
ときどき、奇妙な噂を聞いた。ひょろ長く、口は軽いが腕は確か。折れそうなほどに薄い剣を持っていて、人を探している。いつの日か、そいつは見つかったのかい? と尋ねてみれば、「ちょっとかくれんぼが得意な弟なもんでな」と笑っていた。弟。
(どこか、ひっかかるんだよな)
という名前と、弟。ついでに刀。喉までひっかかった何かが出てきそうで出てこない。
まあいいか、と酒と同じく流れる思考を飲み込んだ。とにかく、一番の重要事項は、こいつが仲間であるということだ。言いたいことがあるというのなら言えばいいし、言いたくないというのなら言わなきゃいい。(とか色々と考えつつ、ただの自分の思い違いなら笑える話だが) そこら辺は案外人生とは適当である所以である。
ふと、視線の端にちらほらと黒い影を見つけた。酒場の明かりの中で、ぱたぱたとひっかかる奇妙な影は、少年の羽だ。ウィングボード。酒を飲んでも、頭に響く飲み方はしていないつもりだ。名前は知らない。ただ、収められた一つの勝利から、この同盟軍にはぐっと多くの人が増えた。
数年前の、あの大きな、小さな、砦の中で騒ぎあった日々を思い出した。耳の長いエルフたちが嬉しげに歌を歌っていて、コボルトたちが手のひらをあわせている。多くの人種がわいわいと酌をかわして、日が沈んだ。懐かしい記憶だ。
も少年に気がついたらしい。おす、と彼が軽く手を振ると、ウィングボードの少年はびくりと肩を反応させて、犬歯を向いた。「知り合いか?」「さあ? よくわかんねーけど、この頃よく見かけるね」 まあ、子どもは苦手じゃないからいいけど、とあおりながら酒を飲む青年に、フリックは顔を上げた。「ああ、弟がいるんだったな」「うん」「小さいのか」「そうだね、だいたい二十くらい」
そりゃまったく小さくないと思うんだが、と瞳をしばたたかせると、はからからと楽しげに笑って酒を振った。
言いたくないなら言わなきゃいい、そう思ったばかりだというのに、いつの間にやら問いかけていたことに気づいて、フリックは自身の顎をかいた。(まあいいか。世間話の一環だ)
「そういや子どもといえばさ、フリック、あんたも子供連れで、ちょっとした引率をするんだって?」
「…………お前に譲ってやってもいいんだが?」
「遠慮しとくよ。あんたの方がよく似合う。な、パパさん」
「いやいや」
いやいやいや、と痛くなった頭を片手で押さえた。何がおもしろいのか、腹を抱え続けるの肩を叩いた。もべしりとフリック背中を打つ。「まあいいや。ちょっと失礼」「どうした?」「健全な青少年の成長のため、夜中の酒場はいかんと思いましてね」
あめ玉の一個でもやって、構ってやろう、とひょろひょろ立ち上がり、「ようチャコくん!」と楽しげな声を出す。ウィングボードの少年は、めんどくさ気に手のひらを振ってを睨んだ。彼らは何事かを話して、ぽいとが飴をやると、また少年は怒った。子ども扱いするんじゃない。
(だいたい、こんなところかな?)
彼らの会話を勝手に想像して楽しんでみた。(子どもなあ) さて、楽しい引率で終わってくれるのだろうか。かつん、と指先でコップを弾いてみた。
がやつく喧騒が、響いていた。
2012/11/12
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