「何、次はマチルダの騎士さん方と同盟を組むの?」
軍主さんったら忙しいね、と口元を笑わせるに対して、シュウは冷たく瞳を向けた。「そうだ、お前にはナツ殿の護衛を頼む」「はいはい」 子どものおもりは好きだよ、とあの金の輪の少年を思い出した。そうしたあとで、さすがに軍師の前で子ども扱いはいささかまずいかと、閉じた唇を親指でなぞった。
相変わらずの彼の鋭い瞳にゲホンと一つ咳をついて、「で、なに? ナツくんのとこにでも挨拶しに行った方がいい」「その必要はない」 インク壺の中にいれられたペンの先を見みながら、ふうん? とは腕を組み直す。かりこりとペンの動きがとまらない軍師様は、今日もまたお忙しそうだ。
「お前にはナツ殿とは別ルートでの探索を命じる。騎士団との同盟が成功する確率は五分五分だ。軍主、ナツ殿への危険はなるべく排除したい。お前はマチルダの騎士にも、ナツ殿にも気づかれることなく、彼らを護衛しろ。そうして助けが必要とあれば、俺に伝えろ」
「どうやってさ?」
「こいつを使え」
渡された小さな袋の中身を覗いて、はわずかに眉を寄せた。
「これは……」
「ロックアックスへの探索の際遭遇した、ビッキーという娘が所有していたものだ。貴重な品だ。大切に使え」
「はいな」
任されました、と懐の布に包んで、軽く叩く。そんなに、シュウはわずかに眉を上げた。「判断はお前に一任する。ナツ殿の安全はもちろん、この新同盟軍にとって価値ある情報を探り、俺に渡せ」「やることが多いね。ちょいと人員が少なすぎるんと違う?」「期待している」「はいはい」
やだな、やる気が出ちゃう言葉だな、と適当に口から流した軽口に、自分自身苦笑した。いつの間にか慣れたものだ。「まあ、把握したよ。人使いの荒い上司は嫌いじゃないぜ。いつでもいいよ。出るときには声をかけてやってくれ」「」
ひらひらと手のひらを振りながら、軽い調子で背を向けた青年に、男は声をかけた。
「お前の弟は、この都市同盟のどこかにいる。目撃証言をたどれば、それは間違いない」
息を飲んだ。くしゃりと笑った口元は、だれに見せることなく手のひらを当てた。
「それだけ分かりゃ十分だ」
少なくとも、彼は遠い、遠い場所に旅立った訳ではない。「情報の収集は続ける」「ああ、よろしく頼む」 そいじゃあ俺は、ちょっくら散歩に出かけるかな、と頭をぽりぽりとひっかいて、青年は年の離れた弟を思い出した。
***
正直、分からないでもない。
おそらく彼は、赤月を忘れることが出来ない。自身が未だにテオの影を引きずるように、少年はあの地につながれている。(まあ、もう少年なんて年じゃないか) 二十歳だ。もう三年経った。今では変わってしまっているだろう弟の姿を思い出しながら、馬の背を叩く。(別ルートで、ついでに姿を見せることなく護衛しろ、ねえ……)
おそらくそれは、騎士側の目をごまかすという意味合いにプラスして、自身がヘマをやらかせば、切られるのは自身一人のみである、というなんとも無常でありがたい言葉も含まれているに違いない。軍主がの存在を知らなければ、あちらが自分に意識を向ける必要も、思考の労力を割く必要もないというわけだ。
(ま、そんなもんっしょ)
特にそれに関して、何の文句がある訳でもない。(同盟か) どうなることやら、とぽくぽく馬を歩かせながら、は一人思案した。(うまくいきゃいいね) 純粋に、そう思う。の、弟の消息を探るためとばかりに所属したこの軍だが、これだけ長く入れば、勝手に愛着が湧いてくるのも仕方がない話だ。
噂にきくハイランドの蛮行を見過ごせぬほど義理堅い男ではないが、右から左に流せるほど薄情に生きてはいない。
自身が今歩を進めるここは、赤月として、いくども刃を交えた国のはずが、ひどく不思議な感慨だ。(まあ、そうか) あれは同盟軍であるが、新たな同盟軍である。そうして敵国同士であったはずの、赤月はすでに存在しない国だ。
(お互い、名も新たにってね)
彼らはどうしているだろう。
ほっぽり出した国の人間は、今何をしているのだろう。(俺は責務を無責任に投げ捨てた将だ) 合わせる顔があるはずもない。
はどうしているだろう。
(あいつは今、何を考えているんだろう)
馬の蹄鉄が、草木を踏みしめた。「おいおい」 広がる樹林にため息をついた。念のためと荷物の間から紋章片を取り出して確認する。同じ封印球から砕かれた紋章片は我らが軍主が保有している。「こっちで間違いないってか……」
うっそうと生える草木と分厚い木の幹を見て、どうしたもんか、と手綱を引いた。「おっと」 嫌がる馬に、しょうがないな、と呟いて地面に降りる。
「こりゃ馬じゃ進めないな。聞いてないぞ」
既存の道ならともかく、ナツに気付かれぬように、馬を共にとはまた無茶な話である。
はしばし逡巡した。そうして馬の背に載せた荷物を抱え直して、俊馬の鼻先を撫でた。「お前、一人で帰れるな?」 返事代わりの鼻息に苦笑して、「よし」と頷き、馬の尻を叩く。
跳ねるように駆ける馬の背を見送り、紺のマントを翻して腰の刀を引き抜きながら、飛び出す魔物の胴と首を切り離した。
さて、面倒なことこの上ない。
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2012/12/28