「カミュー! あれは、あれはどういうことだ……!」

青の騎士の怒声が、重く部屋に響き渡る。「マイクロトフ、声を抑えろ」「しかしカミュー、民が、自国の民ではないとは言え、俺たちの目の前で虐殺されたのだぞ!」

     ミューズの難民は、この騎士団を頼りとし決死の思いで逃亡した。
我ら騎士団が手を伸ばし、剣を引きぬき、馬の嘶きとともに王国軍を打ち破る。おそらくその期待だけを胸に、泥だらけとなり逃げ出したに違いない。しかし現実は違う。何もできなかった。いいや、何もしなかったのだ。「これでは……」 ミューズでの戦いの繰り返しだ。

「カミュー、お前はなんとも思わないのか、もしそうであるのなら、俺は騎士としてお前を軽蔑する。俺は、俺は……!」
「なんとも思わないかだと?」

赤の騎士が、カツリと静かに歩を踏み出す。「俺が、何も感じてもいないと?」 ひどく声が重い。彼らの瞳がかちりとかち合う。カミューは組んだ腕を無意識に握りしめた。「……いや、悪い、言い過ぎだった」「ああ」

お互い後悔を噛み締めあったところで、何が変わる訳でもない。即座に踵を返し、ドアノブに手をかける青の騎士に、カミューは静かに声を向けた。「どこに行く、マイクロトフ」「ミューズの街に向かう。捕虜である彼らを、俺は見過ごせない」

お前一人行ったところで、どうにもなる訳がない。そんな言葉をかけた程度で止まる男ではないことは、彼自身がよく知っている。長く付き合った相棒だ。
「止めるな、カミュー」
「とめないよ。ただ無茶はするな」

返事もなく飛び出した男の背を見届け、赤の騎士は長くため息を吐き出した。
はめた白手袋を抜き去る。そうして胸につけた、金のエンブレムを指先で撫でた。騎士の誓いであるエンブレムを握りしめ、ただただ寒苦しい床を見つめ、ひとつ、彼は覚悟を噛み締めた。



   ***



「なるほどそういうこと……」

裏路地にて、赤の騎士の首元に刀をつきつけ、は笑った。王国軍の知らせを受け、大急ぎの出陣をしたくせに、戻ってきたその姿は、一戦終えての帰還としては、どうにも様子がおかしい。
しょげかける赤の騎士を適当に引っ張り込み、事情をひと通り聞いてみれば、なんとも笑えるお話だ。

「お前らの主のゴルドー様は、争いを好まない善人様ってことかな?」 わざとらしい嫌味の口調に、騎士は苦しげに呻いた。「胸糞わるいな。あんたら騎士は、それでよしとしてるわけか」

彼らとの差は、主が尊敬に値すべきか、否かというだけの話であると思ったが、それはひどく大きな違いであったらしい。(まあでも) 皇帝、バルバロッサの不義を、テオも、も瞳を逸らした。ただ忠義の言葉のみをバカのように飲み込んで、自身の弟へと刃を向けた。

「お前に、何がわかる……!」

飲み込んだ騎士の唸りに、はふと眉を寄せた。「この騎士の誓いを、エンブレムを外すことの出来ない、ゴルドー様の命を、ただきくことしかできない俺達の、何を……」 面白い話だ。男の胴を固定していた腕をどかした。すぐさま騎士はに向き直った。
お互い距離を離し、腰から抜いた剣を迷いもなくこちらに向け、鋭い眼光を向ける。若い男だ。

「わかるさ」
騎士は訝しむようにを見た。

「でまかせを……!」
「そうだな。そうかもしれない。でもな、ひとつ言わせて貰いたいんだがね、その決断は、ゴルドーだけが決めたものじゃない」

刀の先を、ちょいと騎士へと向けた。「あんたも、ゴルドーを選んだんだ。ゴルドーだけがミューズの民を殺したんじゃない。あんたもそいつらを殺したんだ。それを納得した上での行為ってんなら、誰もあんたに文句を言う筋合いはない。お前が選んだ主君だ。道を突き通せ」

よくよく、偉そうな言葉をたれたものだ、と自身の言葉に苦笑する。逃げるな。そう少年は叫んだ。ほとほとと滴る水路の道で、棍を片手に兄に挑んだ少年は、俺に叫んだ。

「でもな、そうじゃないってんなら、変わる方法は簡単だ。そのエンブレムをちょいと切って捨ててやったらしい。んなもんただの形だ。なんなら俺が切ってやろう」

向けた刀をわずかに揺らした。
騎士は胸につけられたそれを片手で握った。口元を引き締め、顔を歪めた。

「選ぶのは、あんただ」



   ***



その日、多くの騎士が自身の道を選択した。




投げつけられたエンブレムを踏みしめ、赤の騎士、青の騎士は新たな主にこうべを下げた。逃げ叫ぶゴルドーに息を落とし、カミューは広間を飛び出した。「裏切りを進めるには、正直気が進まないが……」 仕方がない、と撫でた胸は、ひどく軽い。ころりと転げ落ちたそれは重く、けれども軽く、広間の道へちぎれ飛んだ。

「カミュー様、先程、ゴルドー様が……」

駆けつけた白騎士の言を、彼は待った。「カミュー様が、反逆なさったと、そうお聞きして」 否定の言葉を震えながら待つその男に、カミューは静かに頷いた。

「ああ、事実だ。私はマイクロトフともども、騎士の誇りを投げ捨てた」
「主を裏切るとは! 騎士の最大の恥辱ではありませんか!」
「そうだ」

理解していると頷いた青年に、白の騎士は頬を青ざめた。震える指で額をかき、「私は、私は」 引きぬかれた剣に、カミューは瞳を見開いた。

瞬間、剣戟の音とともに、白の騎士が右腕を握りしめ、腕を震わす。
「城の中ってのも、なかなか危ないもんなんだね」
男がいた。背が高い、ひょろ長い赤の騎士の男だ。騎士の証であるエンブレムは、すでに彼の胸にはない。
彼に弾き飛ばされた剣が、くるくると廊下を滑る。その赤騎士は、奇妙な剣を手にしていた。薄っぺらく、片方にしか刃がない。すぐさま折れてしまいそうな不安ばかりがあふれるのに、そのくせなぜだか心強い。

「お前……!」
「はい、悪いね」

赤の騎士は、ためらうことなく白騎士を打ち落とした。崩れ落ちた男の服が、変わらず純白のままであるそれを見ると、器用に剣を裏返したのであろう。

「なんだい、カミューの騎士団長様は新同盟軍の面々と青の騎士団長を先に逃がして、自分は彼らのために仲間集めってところかな?」

まあだいたい合ってるよね、と口元を緩ませるその男の顔には、どうにも見覚えがない。いや、「……あのときの商人か?」「あ、覚えててくれた?」 ありがたいな、とどこまで本気なのか、からころと楽しげに笑う。妙に服が似合いであったから、わずかに思考が遅れたらしい。

「お前は……何者だ? 名前は」
「パーン」
「似合わない名だ」
「名は体を表さないからね」

朗らかな笑みに、カミューは静かにため息をつく。
「……嘘だよ、ま、もういいだろ。俺の名前は。新同盟軍のだ。一応うちの軍主様の護衛を言いつかっている」

諦めたような青年の口調に、カミューは即座に疑問を述べた。「……ナツ殿なら、すでに逃亡されたが。そしてその服はどうした」 剣に伸びた彼の指先をは、ちらりと見つめ、肩をすくめた。
「だから、未来の護衛をしようと思うのさ。服は借りた。元の主は、すでに同盟軍のところに向かってくれてるよ」
手助けをさせてくれ。とは軽い口調で笑う。

「これからゴルドーは、うちの軍主様を追うだろう。それまでになんとかうちの軍主を安全に逃がしてやりたい。そのためにゃあんたについて、軍勢を整えた方が賢明だと思ってね」
「なるほど」

理解ができる理由だ。カミューは手のひらを腰においた。その瞬間、は剣を引きぬき、カミューに背を向けた。囲まれている。見知った顔が多い。赤の騎士と青の騎士達が、廊下を敷き詰めるようにカミューを見つめる。「、剣を納めてくれ」「おいおい」 ちらりと彼に視線を向けた。はため息をつきながらひらひらと両手を肩より上に上げる。

「みながすでに知っての通り、私はこのマチルダ騎士団から離脱する」

場違いなの口笛が響いた。誰しもが彼の言葉を聞き、体を震わせた。「私は騎士であることを捨てた。ただの一人の剣士となる。しかし、我が青の騎士団長は言った。騎士である前に、自身は人間であると。騎士の名などいらぬと」

「ミューズの民への非道を、許すことなど、繰り返すことなどできない。私は彼と声を同じくする。新同盟軍につき、ハイランドの悪鬼を打ち滅ぼす。
     我らと志を同じくするものは、声を上げろ! そうだ、騎士である前に、我らは人間だ!」

はじけ飛ぶ歓声の中で、はきょとりと瞳を見開いた。でもまあ、嫌いじゃない。「ナイス演説」「ちゃかさないでくれ」 先程までの雄々しさはどこへやら。涼しい顔つきで笑う青年に、苦笑した。

「うちの軍師にはすでに連絡をとってある。あっちの追手とこっちが間違えられちゃ面倒だからな」
「それは助かる」
「便利な男と呼んでくれ」

叩き合った肩とともに、彼らは頷き、腰の獲物を握りしめた。




   ***




逃げ続けるナツの元に、見慣れた軍師が軍勢を引きこちらに向かう。「シュウ!」 吐き出した息とともに、草原に足をつけた。慌ててマイクロトフは剣をしまった。鼻から息を吐き出したシロに、ルックを確認する。ナナミがほっとしたように胸に手を置き、「シュウさーん!」と相変わらずの元気な声で手のひらを振っている。相変わらずの姉だ。

やってきたシュウは、いつもどおりの顔つきでナツを見下ろした。

「連絡はすでに受けています。ナツ殿、よくぞ成し遂げました」
「いや、僕は」

何もできなかった。頼りになる仲間を得た。けれども、対談は失敗した。苦い顔つきで首を振る少年に、シュウは静かに指を向けた。「何ができなかったというのです。あれを御覧ください」

あっ、とナナミが声を上げた。「追っ手!?」 握りしめた彼女の武器へ、ナツは静かに手のひらを向ける。「違う、そうじゃない」 馬の嘶きが響く。大勢が地を踏みしめる音が響く。近づく。誰かが手を振っていた。見覚えのある青年だ。そうして、赤の騎士団長が笑っている。

さん……!?」
「え、え、だれ……?」
「だ、誰っていうか、うちの同盟軍にいる人だよ」


けれどもどうにも様子が違う。馬を走らせ、地面に飛び降りたその青年の服装を見て、ナツは幾度も瞬いた。「あの、さん、それ……」「ん? あ、この服? ちょっと城に忍び込むときに面倒だったからさ。人から借りたんだよ。似合う?」「は、はい。似合います」「……そう普通に返されちゃうと照れてくるな……」

ぽりぽりと頭をひっかく青年に、「、ふざけている場合か」「お、軍師殿、悪い悪い。連絡通りのお仲間さん達だ」

むんと胸をはって、草原に並ぶ騎士たちに手のひらを向ける。ひどく胸が熱い。「シュウさん、連絡通りって……」「には、ナツ殿の護衛を含め、定期の連絡を任せていたのです。ビッキーが所有していた、瞬きの手鏡の破片から作った粉を紙にすりあわせれば、その内容がこちらへと届くことが分かりましたので」

ああ、とナツは頷いた。それを使えば、一瞬にいて元の鏡の場所へと戻ることのできる不思議なものがあるという。元はトラン共和国に保管されているらしいが、ついこの間新しく仲間になった少女が、その小さな破片を所有していたのだ。

「その、全然……知らなかったな……」
「あはは。軍師殿って人が悪いだろ?」

「冗談だよ。だいたい本気だけど」

どっちだ。くすりと笑いながら、ナツはカミューを見つめた。そうしてマイクロトフに目を向けた。

「改めてのお願いでありますが、我ら元マチルダ騎士団員を、あなた方デュナン軍の配下に入れていただきたい」
「俺からもよろしく頼む」

下げられた頭に、慌ててナツは首を振った。「そんなのこっちからお願いしたいくらいだよ。ね、シュウ」「ええ。我らデュナン軍は、お二方、そして彼らを歓迎します」


     対談は失敗した。けれども、新たな仲間ができた。



胸の喜びを押し付けるように、ナツは頬を紅潮させた。
そうして力の限り、息を吸い込んだ。







2012/12/30
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マチルダ編終了