「あ、さんだー!」

こないだぶりー! と元気にぱたぱたと手を振るナナミに、「おうよ、久しぶり」とはこつりと歩を向けた。
マチルダの対談からしばらく、無事逃げ延びた新同盟軍は、兵の編成にてんてこ舞いだ。カミュー、マイクロトフとともに引き連れられた騎士たちの数は、マチルダ騎士団の訳半数。

都市同盟一の軍事力を誇っていたマチルダ騎士団は伊達ではない。これだけの人数であるのならば、さぞ多くの混乱があるだろう、とは予見していたが、そこはやり手の軍師様だ。騎士団長であるカミュー、マイクロトフがともに来てくれたと言うことも、混乱を抑える一因となった。まあそもそも、彼らの存在がなければ、この状況は成し得なかった訳だが。


さん、またお仕事なの? 行っちゃうの?」
「うんにゃ。その反対で、出戻りなのさ」
さん、いっつもいないよねえ」
「そんだけ軍師殿にこき使われてんの……っと」

ナナミの隣には、小さな少女がぺしぺしとに手のひらを向ける。それを軽く受け止めながら、「ただいま、ピリカちゃん」「……! ……!」「おうおう。元気元気」 口をいっぱいに開けて嬉しげに言葉を主張する女の子を、よっこらせと持ち上げた。

「お、なんだ。高い方が嬉しい? 案外勇気がある子だね」

そんならほら、と肩車で歩きながら、ナナミとは隣に並んだ。「そうだ。カミューさんが探してたよ。シュウさんにお話ししてるのを見たもん」「ほーほー」 またレディーって言われちゃった! と嬉しげに頬を赤くする少女に苦笑して、「あいた」 はピリカに頭を打たれた。

「ん? ああ、ピリカちゃんもレディーだよ、レディーレディー。飴玉いる? あいた」

ちょっと言葉が軽かった? とへらりと笑うと、どっしりと頭に体重をかけられた。「こらピリカちゃん、首が折れちゃうでしょーが」「ピリカちゃん、高いところ好きだもんねー」 将来おっきくなるもんね、と笑うナナミに、「そういう問題でなくね。ってこらこら、ピリカちゃん動かないで」

あぶないでしょー、と呆れ声で破顔する。「よう」とかけられた声に、おう、と返事を繰り返す。
道の頭にはためく洗濯物を見上げた。朗らかな道だ。


   ***



「俺を将にって、あんた何言ってんの?」

自身を探している。そう聞いたものだから、騎士の部屋のドアを叩いた。どうぞとフェミニストに招き入れた騎士の男に頭をかいて、シンプルに用件を問いかけてみればこれである。「シュウ殿に、君を将にと推薦した」「……何言ってんの?」

少々込み入った話題であるらしい。パタリと扉を閉めて、わざとらしく態度をでかく椅子に座る。「ちょっと話が見えないね。赤の騎士団長様のきまぐれに付き合うほど、俺は暇じゃないんだが?」 くすりとカミューは微笑み、どこから取り出したのかティーポットを片手に、優雅な仕草でカップをの前に差し出した。はのそりとそれを受け取り、簡素なテーブルに置く。

「きまぐれじゃないさ。我がマチルダ騎士団の編成に頭を悩ましていることはきみも知っているだろう? 実際のところ、まとめ役が足りないのさ。彼らの中にはロックランドにとどまったものも多いからね。だからシュウ殿に適当な人員を推薦するように頼まれていたんだが」

私は君を推薦した。となんてこともなくまとめられた言葉に、は不満気に眉を寄せた。「どこの馬の骨とも知らない俺に従うことになるんだぞ。騎士連中には同情の言葉しか出ないね。だいたい、そういうのは内輪で固めるのが定石ってもんだ。身内には身内が一番だろう」
気持ちの面も、効率の面も含めての話だ。
ため息をつきながら、目の前に出されたティーセットを睨んだ。琥珀色の表面に、暖かな湯気が漂っているが、どこから持ち入れたのか、少々疑問である。

、ここは新同盟軍だ。騎士という存在はすでに存在しないんだよ。すでに我らは瓦解し、新たに取り込まれた。必要とあればフリック殿の隊にも、ビクトール殿の隊にも騎士の編成を組み込む予定だ。君以外にも実力と信用がおける人物であるのなら軍を率いてもらいたい」
「あのねえ、騎士殿」

待ってくれよ、と片手をひらつかせて、長くため息をついた。こういう相手はあまり得意ではないかもしれない。「そう俺をかってくれることはありがたいんだがね、軍を率いるだなんて一朝一夕でできることじゃない。適当な人員をひっつかまえて、そらまかせた、なんて乱暴だぜ?」「適当じゃないよ。君はできるだろう」

一瞬、シュウか、と彼は瞳を細めた。しかし違う。あの男は取引においては信用に値する人間だ。「ロックランドからの逃亡の際、君と並んで馬に乗り、ピンときた。あれは訓練されたものの動きだ。大勢の兵を引き連れて、出陣することを前提としたね。すくなくとも、君が言う一朝一夕のものではない」

耳の裏をかいた。やはり勘のいい男は苦手だ。「勘違いしないでほしい。私はきみの過去を詮索したい訳ではないよ。私とて、今はただの剣士だ。、君も同じだろう」「さあねえ」 どう反論したものか、と騎士団長様の端正なお顔を見つめて、は長く息をついた。

「俺はやっぱりあんた達とは違うよ。義憤にとらわれてここに参加した訳じゃない。ただ軍師殿に雇われた。それだけだ」
「金かい?」
「いや」
「それでは何を?」

別に隠すことでもない、カップから立ち上る湯気を見つめ、膝の上の指先を交差させる。「弟を、探そうと思ってね」 きょとりとカミューは瞳を見開いた。「……それだけかい?」「それだけってな」 お前な、と無意識に荒げた声と浮いた腰を落ち着かせ、ふんと鼻から息を吹き出し、は不満気に椅子の背もたれに座り直した。

「弟を探すね、それはこの新同盟軍でなければ意味をなさないことなのかい?」
「いや……」

イエスかノーで答えれば、首を振るしかない。カミューは面白げに口元を緩めた。「だったら君は、自分の意思でここにいるんだ。それだけでも十分だ」「あのなあ」

例えば、ハイランドの人間に目をつけられているだとか、例えば、シュウの情報網がひどく便利なことであるとか。否定の声をあげようと思えば、いくらなりとて言葉は飛び出す。けれども、どうにもそれは言い出しづらかった。ある種、彼の言葉が正しいことは、とっくの昔に自身は認識して、知ってしまっているからだ。

「……軍師殿はなんて言っていた?」

彼はすでに、軍師に進言した、そう言っていたはずだ。カミューは意外気に口を開いた。「なんだ、まだ会っていなかったのかい?」「軍師殿の時間が空くまで、もうちょい待てと言われたんでね」「了承された。特に何の反論もなかったかな」

あっそ、とはつまらなさ気に肘をついて、手のひらに頬をのせた。とっくの昔に、自分を除いて決まってしまっていた話ということだ。
「よろしく頼むよ、殿」
「なんだよ改まって。気持ちが悪いな。でいい」
「ならば私はカミューで」
「はいよ」

ところで、カップの紅茶が冷めてしまうが、飲まないのかい? と微笑む男に、は長く長く息をついた。取手を指にかけながら、口に含んだ。「……ぬるいぞ」「きみがさっさと飲まないから」
くすくす面白げな声を出す赤の騎士団長は、くえない男であるらしい。



   ***


こうして、彼は馬のあぶみに足をかけ、多くの兵を引き連れた。ひょろりと長いその男は、奇妙な剣を腰に下げていた。紺のマントをはためかせ、戦場を駆ける。剣と同じく、奇体な男であると噂させるその青年の名は

     彼は、弟を探している




2012/12/30
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