運命論者は語る
ローレライ教団導師、イオン
彼は死ぬ。おそらくそれはひどく近い未来に。死の預言を読むことは禁忌とされていた。けれども彼は、自身の死を理解している。私は、自身の幼稚な好奇心により、彼の預言を覗き、叱責を受けた。そして、
・。あなたはおそらく死にますよ
そして、私自身の死を告げられた。
導師イオンにそう告げられてから数日。私は何もできなくなった。死を前にして、人は穏やかでいることはできなくなる。だからこそ、ローレライ教団は、死の預言を読まない。人々は健やかに日々を暮らし、そうすることにより、未曾有の繁栄が訪れる。今まで、ただそれだけを信じ、例え他者の死を知ろうとも、「大丈夫、あなたはきっと、元気で、健やかに過ごすことができますよ」とにこりと笑顔をつくり答えてきたのだ。
ローレライの教えは、全てを理解しているつもりだった。今まで自身が死を告げなかった人々も、きっと、この私の行為はしょうがないことであったと理解してくれている。そうであるはずだ。そうでなかったとしても、これは仕方のないことだ。ただの預言者である私が、彼らに死を告げ、彼らの心を脅かすことなどできない。例え事実を告げたところで、結局未来は変わらないのだし、ユリアが残した譜石以外の預言は、詳しく読み解くことすら困難である。しょうがない。しょうがない。私は悪くはない。
そうわかっている。だというのに、私は恐ろしい罪悪感に苛まされた。私は死ぬ。導師イオンは、そう予言なさった。それがいつなのかは分からない。あれはただの、導師のちょっとしたイタズラであるのかもしれない。そうであるのならば、それほどありがたいことはないだろう。けれどもおそらく違う。彼の近い死を知ってしまったことに対して、彼はあの穏やかな瞳の奥に、冷たい炎を青々と揺らしていた。そして、わずかに口元に笑みを乗せた。おそらく、あれは(嬉しげだった)
自身と同じだと、道連れを見つけ、喜んでいる無邪気な子どもの顔だった。
かたかたかた、と指先が震える。
いつだろうか。
私が死んで、この世から消え失せてしまうのは、いつなのだろう。
いつ、どうやって、どこで、どんな風に。導師イオンに、確認しなければならない。そればかり考える自身が、ひどく情けなかった。一介の預言師である自身が、教団の導師である彼とのお目通りなど、叶うはずもない。あれはただの偶然だったのだ。おそらく、私が彼と自由に会うことのできる立場であったのなら、私はひどい醜態を晒し続けただろう。そのことに対して、よかったと思えばいいのか、それとも残念に思えばいいのか、私には分からない。一つ言えることと言えば、後者の気持ちの方が強く、私はただベッドの上に寝っ転がり、枕に顔をうずめている。ただそれだけだ。
今まで私は、幾人もの信者たちから、彼らの死を隠した。
しょうがないこと。そう思っていたのだ。
だというのに、自身の死を告げられた途端、私はころりと考えが変わってしまった。不安で不安で仕方がなく、何もすることができない。心を穏やかにして、預言通りに過ごすことなど到底不可能だ。幼い頃から教団への教えを受け続けたというのに、私はこうも簡単に、ころりと自身の考えを変えてしまった。これは恐ろしく恥知らずなことであり、また、兼ねてより疑問となっていた事柄に、パキリと小さな亀裂が入った。
(なんで、人は預言を詠むんだろう……)
初めから決まりきっていることなら、そんなものを詠んだところで意味はない。ただ私達は、不安を抑え込もうとしているのだろうか。私達は、預言から外れることを極端に恐れる。外れる訳がないのに。それは預言だから。……本当にそうなのだろうか。今まで私が伝えはしなかった、既にもうこの世にはいないかもしれない人たちは、私が彼らの死を告げることで、何かが変わったのかもしれない。もしかすると、彼らの生を引き延ばせたやもしれない。
(…………そんなことない……)
それは、考えてはいけないことだ。
そんな訳がないと、幾度も幾度も預言師の教えとして、そう教わった。けれども分からない。私はただ何もすることをせず、ベッドの中で丸まった。「? ?」 こんこん、と友人が部屋をノックする音が聞こえる。「どうしたの、気分が悪いの?」 (うん、悪いよ……) 「お医者様を呼びましょうか。部屋の鍵を開けて、」(そんなの、意味がないんだよ……) 結局、私は死んでしまうのだから。医者など呼んでも、なんの意味もない。
今までの、私の短い人生の中で、預言を詠んだ人々に対して、ひどく申し訳のない気持ちになった。けれども、死の刻限を伝えることも、正しいことだとは思わない。ぐらついた気持ちを抱えながら、私はベッドから抜け出し、日々を変わらず過ごした。また彼らの死に瞳をつむった。
ただ定期的に、自身の死に関する不安が襲いかかった。食事をしている最中、就寝中、歯を磨いているときも、預言を詠んでいるときでさえも。自身がこの世界からいなくなってしまう。この世から消え去ってしまうのだ。黒々しい何かにかき消されてしまいそうで、じわりと網膜から涙が滲んだ。そんな私を見て、友人たちは、何があったのかと不安げに問いかけたが、私はただ首を振ることしかできなかった。
導師イオンに、会わなければ
不安定な日々から数日が経ち、少しだけ周りが見えるようになると、私はそう願うようになった。
もう一度導師にお会いして、彼の真意を探る。あの言葉はただの冗談であり、お前が詠んだものは、ただの間違いだ。嘘でもいい。そう言って欲しかった。とにかく、導師イオンにお会いすることができないものかと様々な人々へお伺いを立てたが、誰も首を縦に振ることはなかった。ならばと彼に死を告げられたその場所へと、私はやっとこさで訪れた。無意識に、その場を避けていた自分がいた。けれどもやぱり、導師イオンはそこにはおられず、私はただ日々を繰り返した。
歯の根が咬み合わない夜が来る。ガチガチと、ひどく不快な音が体中に響いた。私は未熟な身でありますので、ぜひとも導師から教えを携わりたい。そんな言い訳を口にしながら、幾度もかけたお伺いは、全てこっぴどく断られ、とうとう私も諦め始め、「あれは悪い夢であったのだ」と自身を慰めようとしたとき、導師がお倒れになったときいた。ついに来た。そう思った。来るべき時が、私が詠んでしまった未来がやって来たのだ。
次はいつだろう。私の番はいつであるのだろう。また私は部屋にこもった。けれどもその間に導師はすっかり健康を取り戻したらしく、私はホッとして胸に手を置いた。
元の導師守護役が解任され、新たな守護役が決まったと噂には聞いた。名前はアニス、背に奇妙なぬいぐるみをつけている。けれどもそれは私にとって、なんの関わりもないことだ。雲の上のお方達だ。そう思っていた。あのときまでは。
手の中に持つ本の表紙を抱きしめながら、私はのろのろと歩を進めた。導師からあの“おそろしい”預言を聞き、いくらも時間が経ったというのに、相変わらず私の腹の中に居座る不安が晴れることもなく、じくじくと気を病む日々が続いていた。しばらくすると、大丈夫、と明るくなる。けれどもまた怖くなる。その繰り返しだ。いくらかはマシになっていたというのに、導師がお倒れになったと聞いたあのときから、また私は気の病をぶり返した。
長くため息をついた。ふらふらと前を見ず、下ばかりを見つめていたものだから、広い教団の中で、道を踏み間違えてしまったのだと気づくことはなかった。
ふと、私の右隣を、小さな少女が通り過ぎた。背には奇妙なぬいぐるみがかかっており、彼女の左右にくくりつけた髪束が、歩く度にふわふわと揺れる。(……奇妙なぬいぐるみ……?) 私はぼんやりと彼女の背を見つめ続け、唐突に気づいた。彼女が新たな導師守護役なのだ。間違いない。私はごくりと唾を飲み込み、彼女の背をつけた。自身が歩くこの道は、私のような立場のものがあるいてはいい道ではない。そう分かっていた。運がいいことにも、警備の兵に見つかることはなく、彼女、アニスはコンコン、と部屋をノックして扉の向こうに消えてしまう。
(あの部屋の向こう側が、導師イオンの……)
また唾を飲み込んだ。私は左右を確認し、そそくさと足を早め、こんこん、と彼女と同じく扉を叩いた。反応はなかった。「失礼します」私は勢い良く扉を開けた。けれどもそこには、導師イオンのお姿はなく、ただ奇妙な魔方陣が床に描かれているだけだ。「あ……」 転送の譜陣だ。
当たり前だ、導師のお部屋を、こんなに無用心に開けておく訳がない。(けれども、ここで待っていたら) 導師に会えるのかもしれない。いくらかの逡巡が湧いた。けれども私はその全てに瞳をつむり、その場に立ち尽くした。どれくらいの時間が経ったのだろか。目の前の譜陣が青く輝き、3つの人影が見える。アニス、導師イオン、そして、(大詠師モース……!)
私はパッと彼らと距離を置いた。けれども喉を震わせながら息を飲み込み、導師イオンの前へとかしずいた。導師守護役が、すぐさま奇妙な人形をこちらにつきだし、モース様は慌てたように後退り、イオン様はただじっとこちらを見下ろした。「こちらは導師イオンと知っての狼藉ですか! お下がりなさい!」 少女が毅然とした声を放つ。私はそれにかぶさるように声を張った。
「私は! ローレライ教団預言者、・と申します! イオン様、わたくしを覚えておいででしょうか。ぜひとも、あのときイオン様がお詠まれになりました預言について、今一度お聞かせ願いたく、無礼を承知でこちらに参りました!」
からからになった喉から声を震わせた。そして彼を見上げた。アニスは困惑気にイオン様を見つめ、導師イオンは、ひどく冷淡な表情で私を見つめるばかりだった。「……・……?」そしてゆっくりと、私の名を口にした。「はい」と私は大きく頷いた。イオン様は、またゆっくりと瞳を細め、小さな顎に白い手のひらを当てた。「申し訳ありませんが、覚えてはいません」 そうつきつけられた言葉に、目を見開いた。そうして、私は少しだけホッとした。
やはりあれは、小さな導師のいたずらだったのだ
そうに違いない。
そうに決まっている。
きっとそうなのだ。
私はへたりと地面にへたりこみ、モース様の叱責の声を聞いた。すぐさま私は申し訳ありません、と立ち上がり、頭を下げた。そしてもう一度、とイオン様のお顔を見つめた。「…………?」 何か、奇妙に胸がうずいた。彼は私をぼんやりと見上げ、ゆっくりと首を傾げた。空っぽの瞳だった。あの青々とした炎はどこにもない。「あなたは……」 本当に、イオン様?
ただ勝手に口元が動いただけだ。
なんの意味もないし、一度ばかりに会った少年と、今の少年の姿が一致しない。本当に、ただそれだけで、一日ベッドでぐっすり眠りこければ、忘れてしまうような疑問だった。そのはずだった。
イオン様のお隣で、モース様は、一瞬にして顔を赤黒くさせ、奇妙に狼狽したように体をゆすり、いぬかんばかりに私を睨んだ。そして何かを口にしようとした。私はどくりと心の臓が、嫌な音を立てた。だから、瞬間的に叫んだ。「申し訳ありませんでした!!!!」 大声で、外の兵にまで聞こえんばかりの声で。
一瞬にして、部屋の中には護衛の兵が集まり、武器を構え、異変を尋ねる声を揃える彼らに対して、変わらずモース様は顔を赤黒くさせ、「導師の部屋に通じる譜陣に、立ち入る許可を持たぬものが踏み入った」と素早く説明した。私はすぐさま兵に連行され、きついお叱りを受けたのち、自室へと返された。処分は追って通達される。そう聞かされた。
私が連行される際、モース様は、ひどく慎重に、「お前の名は、・で間違いはないか」と幾度も確認した。私は眉をひそめながら、鷹揚に頷いた。
ベッドに手のひらをつき、長く長く息を吐き出した。
多くの疑問が、湧き溢れた。そして私はすぐさま部屋の荷物をまとめた。もともと、自身は死んでしまうのだと導師に告げられていたこともあり、ある程度の整理もできていた。
貯めた少ない金を懐に入れ、誰にもものを告げることなく、私は長く住み慣れた教団から逃げ出した。こうして、私はダアトの街を後にした。
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2012/04/20
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