運命論者は語る
その日も、私は隠れるようにして草むらの中にうずくまっていた。
繰り返す日々にはもう慣れた。訪れる人間達へと預言を告げ、かりそめの安らぎを得る。預言とは、起こりうるべき未来だ。その言葉を理解したところで、私たちには何の意味もない。何をする事もせずとも、“預言”はこちらへと歩み寄る。けれども私たちは預言を読み解き、外れるはずのない道筋を確認するのだ。
繁栄ある、未来の為に。
『赤き実を、道へと差し出せ』
時に預言は、突拍子もない言葉を紡ぐ。その日私は一つ赤いトマトを道路の真ん中へとぽつんと置いた。あのトマトは、この世界の、いったい何の役割を果たすのだろう。 いったい、次のどんな預言を生み出すのだろう。もしかしたら、あのトマトで飢えをしのぐ人間や、動物がいるのかもしれない、それともただたんに、あの物体へと足を躓かせ、転けさせる為だけに存在し、またそれが次の預言へと繋がるのかもしれない。預言とは連続的だ。いいやそれそのものが一つの長い糸ともいえる。原因と結果が一致する事はない。なぜなら、どれが原因で、結果なのか、どんどんと遡らなくてはいけないからだ。
トマトではなく、りんごなら、どうなっただろう。
私はふと考えた疑問に、一人で笑ってしまった。開けた唇から零れた息が、さらさらと草を撫でる。ごろりと身体をよじりながら、地面へと顔をすりつけた。
(………多分、変わらなかったろうな)
それが、預言だから。
導師派も、大詠師派も、正直どちらでもいいと考えていた。結局、預言という事実がある事には、変わらないから。どちらだと主張しても、自分のような下っ端にはなんの影響もない。ただ預言を詠むだけだ。
それはただ思考する事を放棄した、ある種の逃避に近いのかもしれない。
(でも、本当に、そうだったんだろうか?)
ピタリと青臭い匂いへと鼻を突けていると、何か小さな息づかいが耳をついた。すう、すう、とまるで誰かが小さないびきをかいているような音に、ああそのものなのか、と理解した。誰か自分以外の人間がいるのかもしれない。
身体をひょいと起こしながら、辺りを見回した。背の高い草に囲まれているようで、誰がいるかは分からない。けれども私はなんとなく気になってしまい、じっと根気よく見詰め、やっとこさ不自然に草が倒れている部分を発見したのだ。
近づいていると、それは小さな体だった。緑色の、首筋よりも少し下の長さがある髪をちょいと耳元辺りで二つにくくり、少女なのか少年なのか判断に困る顔つきはあどけない。パチリと目を閉じていて、私はふ、と微笑んだ。
可愛いな、と純粋に考えた。
時折聞こえる口元の息に目を細め、随分気持ちよさそうに寝ている、と小さく屈みながら観察する。気のせいだろうか、私はこの子を、どこかで見た事がある気がした。
思い出せそうで、思い出す事ができない。む、と首を横へと垂らし、取りあえず、ここで寝ていては風邪を引いてしまうとお節介ながらもこの子どもを起こす事へと決めたのだった。
「………君」
人差し指を伸ばす。子どもの肩をつく。それは僅かに揺れる。「きみ、起きなさい」それでも子どもは瞳を瞑った。揺らしてみれば、迷惑そうに喉でうなり声をあげ、かたくなに瞳を瞑る。「ほら、きみ」 聞き分けのない子どもだ。
少年の髪へと撫でるように手を添えたときに、その緑の髪が、強く瞳の中へと印象づけられた。緑色。小さな子ども。
「 イオン様、どこに、いるんですかー!」
泣き出しそうな子どもの声が響き、その瞬間に、ハッ、と気づく。
導師、イオン。ローレライ教団の最高指導者。その幼さにして、預言により人生を取り決められた少年。
放そうとした手のひらは動かすに、ガタガタと指先が震える。この人が。間近で見る彼は、遠くからぼんやりと眺めていたときよりも一生幼さを強調した。
まだ子どもじゃないか。10なるか、そこらの年齢の少年は、昏々と瞳を瞑る。
イオン様、と呼びかける少女の声は次第に小さくなり、私は彼の髪の毛をぎゅうと握りしめながら、少々の好奇心が身を過ぎた。
この、預言により運命が決められた少年の、預言とは、一体どんなものなのか?
そこいらの敬虔なる信者達と変わる事のない、ただの預言なのかもしれない。けれども、彼は預言により決められた。もし彼が、トマトではなくリンゴのように、預言に選ばれなかった人生があったのならば、それは一体どんなものだったのか。
どくり
嫌な音が、心臓へと響く。
預言に選ばれた少年の、その中の、預言。
気づくと私は指を伸ばし、彼の額へと手のひらを付けた。まるでいつもと変わらない動作のように、ゆっくりと瞳を閉じ、彼の預言を読み取る。体中に第七音素を集め、ふー、と短いスパンで息を繰り返した。
次第に視界が暗くなり、文字を頭の中へと直接切り込んだように、様々な言葉が溢れ、そして、
ぱちんっ!
破裂音。
私は重い瞳をこじ開け、その音をまた聞き返した。耳へとしっかりに残ったその音は、今まで私が、何度も何度も聞いてきた音だった。
手のひらが震える。視界が暗く、当たり前のように渡されていた道が、ガラガラと崩れ落ちる。
(…………なんて事を、したんだ)
知らなければよかった。
ただなんとなく、この少年の行く末へと、目を向けようとしただけだったのに。
ごくり。唾を飲み込む。
心臓の鼓動が嫌に響く。
( 導師イオンは)
導師イオンは。
ざわざわと風の音が草花に響き、照らす太陽の光がいやにまぶしい。その中でぽつりと、その少年は白い顔を映し込み、淡い緑の服が、その中へと埋もれる。
嫌な汗が背筋を撫でた。
( 死ぬ)
ぱくりと動かした唇は、誰にも見られる事はない。ただ彼から手のひらを離し、逃げてしまおうと震える手首を、誰かの小さな手が、掴んだ。「ひっ」 ぱちりと少年の瞳は開き、ギリギリと力強く、腕を締め付ける。血の流れが止まってしまいそうな締め付けに、ぐう、と私は喉から声を漏らした。
「あなた、見ましたね?」
すいと語尾が跳ね上がってはいるものの、それは私の返事など必要としていない。当たり前の確認のように、少年は形のよい眉を曇らせ、器用にも唇をつり上げながら、私を下から、じいと見上げた。私は、それでも首を振った。知らない。見てはいない。知らない。
振りすぎた首筋はピキリと音を立てた。泣き出してしまいそうなほどに、鼻の奥がつんと染みる。私は、こんな小さな子どもから受けるであろう叱責が、恐ろしくて仕方がなかったのだ。
だから、おねしょを隠してしまった子どものように、ただただ息を押し殺し、首を振る。一言でも声をもらせば、感情のダムは決壊し、ざばざばと流れ出してしまいそうだった。
けれども彼は心底どうでも良さそうに、ふうん、と鼻で笑った。
「名前は?」 淡々とした声だ。 「……、で、す」
千切れた言葉はぼとりと涙が地面に染みた。何故泣くのかと彼は不思議そうに眉を寄せる。「ハッ!」 バカバカしいものを見た。そんな風に言うように、彼は口元をにい、とつり上げ、笑った。そして私の耳へと呟いた。
「いいことを教えてあげます、・。あなたはおそらく死にますよ」
僕と同じように。
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2008.11.15
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