ねこむすめがやってきた




いいかいちゃん。男なんてみんなケダモノなんだ、分かるかい、ケダモノ。ちゃんはとっても可愛いから、ちょっとでも油断してしまうと、頭からかぷり! なんだからね。だからちゃんはお兄ちゃんとゆーちゃんとお母さんとお父さんと、ずーっと一緒にいよう。え? お兄ちゃんと達はケダモノじゃないのかって? いいところをつくね、ふむふむさすがちゃんだ!

でもねお兄ちゃんは大丈夫なんだよ、なんでかって?
だってお兄ちゃんはちゃんのお兄ちゃんなんだもの!






「勝利くん、何で猫はにゃあにゃあなの?」

道ばたの端っこで、ごろりとだらしなくお腹を見せる猫のお腹をがしがしと撫でながら、私はそんな事を考えた。うっわ、野生は死んだなぁー、と有利くんが買い物袋を背中にごろごろと喉を鳴らす猫をじいっと見詰めていた。

ちゃんは変な事をいってかわいいなぁ、ウンウン」
「勝利くんそれ褒めてるの? 貶してるの?」
「褒めてるんだよ!」
「そっかぁ」
それで納得しちゃうのかよー?」

有利くんがお母さんから頼まれた買い物袋から、お魚のパックを取り出し、「いいよな勝利ー」と一応の確認の元に、ぺりぺりと包装をはがして、爪のさきっちょで黒猫にゃんこへとわけた魚のご飯を渡した。ちなみに勝利くんは「ちゃんゆーちゃん、おにいちゃんと呼びなさい」と随分真顔で若干ずれた答えを出していた。これで大学生なのだから、ちょっと笑ってしまう。

嬉しそうに猫がにゃあ、と鳴くたびに、何だか妙な気分になってしまうのだ。
ノンノン違うのよ、君の鳴き声は、そんなんじゃないでしょう?

そう首を傾げるたびにじゃあどんなものだったっけ? とまたまた首を傾げてしまう。

「勝利くん」
「おにいちゃん」
「おにいちゃん、猫のモノマネしてー」
「にゃあー」
「うっわ勝利まじきもいなにしてんだよ」
「可愛いちゃんの頼みなら断る訳にはいかんだろう!」
「断れよ! つーかもそんなん頼むなよー!」
「うーん、やっぱりにゃあにゃあー?」
「聞いてないし!」

なんだかもっともっと、違うような、そんな気分。
どんなのだろう。

もっとこう、






メェメェ



まさかお風呂で流されるとは思わなかった。まるでお風呂の栓抜きをすぽんっと引っこ抜いたように渦を巻いて、まるで洗濯機の中のようにぐるぐると巻き込まれる。ぽかんと目を見開いたのも一瞬で大きく開けた口から喉へとごぼごぼ重い水が吸い込まれた。

気持ち悪いっとごほごほ息をする度に、気泡が溢れて、落っこちる滑り台の感覚がお尻を痛くさせる。つるつるつるつる。
一体これは!?
踏ん張ろうとした右足の抵抗も空しく、最後にぐるりと一回転した身体は、妙な場所へと落っこちた。ばしゃんっ

水面に叩きつけられた影響なのか体中がひりひりとして壁へと向かってバタバタと手を動かしても、まるで大きなプールの中で泳いでいるような感覚だ。
暖かいお湯の温度はきっとお風呂だ! と思ったのに、これはもしかしたら温水プールか何かなのかもしれない。ありえない。でも私は水着を着用していない。そもそも自宅のお風呂から瞬間移動なんてしちゃうんだろうか。

もやもやと湯気で曇った視界の中で瞬きをすると、誰かがバタバタと駆けめぐる音が聞こえた。「べいがああああああ!!!!!」 何をいっているのか少々理解しがたい発音と声の主が、おそらく扉である場所を、ガラガラガラ! と勢いよく滑らせた。

長い髪の人だった。白と紫の、丁度中間色である綺麗な色合いの髪を振り回し、ぼろぼろと涙やらなんやらを顔へと貼り付け、普通にしていれば男前だろうに興奮しすぎた顔つきが、たまらなく恐ろしい。「ひっ」
男の人だ! と考えると、思わず身体を小さくさせてしまった。

       いいかいちゃん。男なんてみんなケダモノなんだ

そんな勝利くんの声が聞こえて、「よくぞよくぞおいでくださいましたあああああ!!!」と叫びながら近寄る男の人が恐ろしすぎて、びくびくと身体が震える。

お風呂の中へと、着ている服ごと飛び込もうとした男の人は、また誰か知らない男の人に、ぐいっと首もとを掴まれた。「ぐえ」とカエルを潰してしまったような声が聞こえて、それと同時に「落ち着けギュンター!」「しかしコンラート!」

「見れば分かるだろう、彼女は女性だ!」


コンラートと呼ばれた男の人は、ざばざばと服ごと飛び込み、慌てたように大きなバスタオルを私へと巻き付けた。
茶色い髪のその男の人を見詰めながら、何でこの人は私へとタオルを巻いたんだろう、と考えた瞬間、はっと気づいた。
「ひ、ひ、は、はだっ、はだかっ」

混乱していて言葉になっていない所為なのかもしれないけれども、コンラート、さんは首をくいっと傾げて、「すまない、何をいっているのか分からない」 まるで言葉が通じてないかのように困ったような顔をする。
「ここ、どこで、なんで私はだかですか!」
一生懸命な言葉も、彼はくいっと首を傾げた。まさか本当に言葉が通じていないのだろうか。彼らが何をいっているのかを、私はしっかりと理解しているのに。


ぐるぐると混乱している間に、コンラートさんがタオルごと私を横抱きにした。ひいっと驚いて泣いてしまいそうになったときに、お尻の辺りから、ぴちゃんっと水がはねる音がする。なんだろう、とその場を見た瞬間、黒くて長い何かが、私のお尻からお風呂の表面へと垂れていた。ぴろり。動く。ぴちゃんっ。

コンラートさんに押しつけられ、お風呂場の床へと顔をつけていたギュンター、さん? ががばりと顔をあげる。「陛下ではないのですかー!?」「違う、それにほら、耳が」 耳?

頭の上で、ぴくぴくと何かが動いているような気がした。恐る恐る手のひらを伸ばしてみれば、何かが、ある。ふわふわとしていて、こりこりとしていて、ぴくぴくと動いて、「不思議だな、その耳は一体」

コンラートさんが、私を抱え込んだまま、ささっと頭の上の何かを撫でる。
ぞわ、ぞわ、ぞわり。
まるでついーっと背中をゆっくりと触られたような、そんな感覚に、息を飲んで、ぼろりと涙が出そうになってしまった。「や、やめっ、やめやめっ」 私の静止の言葉が聞こえないのか、理解が出来ていないのか、彼の大きな指が、かりっと爪を立て、ひっかいた。おそらく、“もう一つの私の耳”へと。

         !!!」
「猫の耳だね、これは」

平然と言ってのけるその人に


「けけけけけ、けだものーーーーーーー!!!!!」




思いっきり、パンチした。




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2008.11.24