大変だ、これは大変だ、どうすればいいんだろう



 布団を干す





ずっとずっと探してた女の子が、たまたまパッタリと出会ってしまったのだ。きっとこれは凄い偶然な訳で、「運命だ!」と叫んでしまいたい訳なのだけれど、そんな言葉は胸の中にひっそりと留めておくことにする。

「こ、こんにちは」
「はい、こんにちは」

そんなありきたりの台詞を、お互い顔を見合せながらへらりと笑って、それ以上何も言えなかった自分が、情けなくて情けなくて死んでしまいそうだ。次こそは、とガタガタとバスに乗りながら、やっぱり俺は彼女に話しかけることができず、ぼうっと窓の外を見ている程度で終わってしまう。
あと数日あるさ。


(や、そういうこと、考えない方が、いいだろうな)

3日あるさ2日あるさ1日あるさと、どんどんと短くなっていくだけに決まっている。自分の性格なんて、自分が一番よくわかっているものだ。大きく吸い込んだ息をぴたりと胸の中にためて、ぱんぱんぱん! と大きく叩いた。

「…………ぐあー」

口元をひくつかせて、へろへろと口内から、空気が抜けていく気がする。
とりあえず、掃除しよう。次があるさ。




畳の上をぎしぎしと歩く。素足にざらざらとした感覚が新しく、どこかこそばゆい。お世辞にも綺麗だ! と胸を張ることのできない合宿所の掃除に、何故だか妙な気合いが溢れてしまって、俺はむん、と頭にタオルを巻きながらさながらどこかの機械のようにチャカチャカと動いていた。

義務的に動かしていた瞳が、ぱっと見開いたのは一瞬だ。小さな影が、白い布団に飲み込まれるようにもそもそと動いている瞬間を発見してしまい、びくり、とほんの一瞬、足を止め、奥歯をぐっと噛みしめた。

次があるさ。

そんな自分の声が聞こえたけれども、ひょいと彼女から布団を奪い取りながら、「大丈夫か」とぼそりと呟く。目の端に映った少女が、きょとんとした表情をしていることに気づいて、ヤバい、これはミスった、うざかった、俺ほんとうざかった、というかぶっきらぼうな言い方になったんじゃないだろうかとビクビクして、半泣きに歪んでしまいそうになった顔をぐっと引き締め、誤魔化すようにベランダへと向かった。


いきおいよく布団を干せば、何故だか彼女も、ふらふらと体を揺らしながら、俺の隣へと布団をぼふりと並べる。なんだそれ。俺、意味ないじゃないか。余計な御世話だと思われたんだろうか。
妙に気まずい沈黙だな、と思いながら、また押入れへと移動し、布団を並べる。やっぱり彼女も並んだように布団を持つ。気まずい。長い沈黙だ。

ぽすり、と並べた布団を右の手で軽く叩きながら、ふと気付いた。
(これ、気まずいって思ってるの、もしかして俺だけだったりするんじゃね?)
そもそも、彼女は俺のこと、覚えていないんじゃないだろうか。勝手に名前を盗み見たのは俺だし、これってもしかして、俺が一方的に気にしていただけだったりするんじゃないだろうか。

そんなことを考えればあまりの恥ずかしさに、ぐっと頭を両手で抱えてへたりこんでしまいそうになったのだけれど、そんなことをすれば、彼女に変な人だな、と思われるのがオチだ。
事実ちょっと変な人だ。



(アー、俺って、自意識過剰すぎ)

これは本気で恥ずかしい。かなり恥ずかしい。お互い名前だって名乗っていないのだ。一方的に彼女の名前を知っている俺が、一方的に意識していただけなのだ。

そんなことを考えれば、「こんにちは」の一言で終わってしまう自己紹介なんかじゃなくて、ただ普通に、「花井です、よろしく」と言うべきなんじゃないか、という気分が、むくむくとあふれてくる。そもそも俺は、彼女の事をなんて呼べばいいんだろう。下の名前なんてまさか言えるはずもないけれど、田島さんでいいんだろうか。本当にそれでいいだろうか。


今がきっと、最初で最後のチャンスに違いない。これを逃してしまえば、きっとまたまた言いづらくなってしまうに違いない、と気合を入れて、隣に佇む彼女へと、ばっと視線を向けた。
けれどもタイミングが悪かったのか、ピッタリと合わさった視線に、思いっきりいれた根性はへたへたと遠のき、こくりと首を傾げる彼女に、ぱくぱくと唇を動かして、「布団叩き、場所、知ってる?」 

手のひらにかいた妙な汗がだらだらと流れる。知らないです、ごめんなさいと首を振る彼女に、いいえこちらこそすみません、と思いっきり土下座したい気分だ。すみません。ほんとなんかすみません。

彼女はぐっと頷いて、「じゃあ先生に訊いてきますね」とくるりと体を反転させた。「あ!」 ちょっと待ってくれ!

見事なまでに吹っ飛んで行った最初で最後のチャンスに、無意識に大きな声を上げてしまった。驚いたように振り返った彼女に、ぐるぐると真白になる頭の中で、くーっと唾を飲み込み、思いっきり体を硬くする。


「俺、花井だから!」


だからどうしたんですか。叫んだセリフを反芻して、思わず自分自身に突っ込みそうだ。これはおかしい、このセリフは絶対おかしい。

けれども彼女は気にした風もなく、「私、田島です」と合わせたように答えてくれて、ぐいっと思いっきり胸を掴まれてしまったような気持ちに、口元を、ぎゅっと結ぶ。いいんだろうか。呼んでしまっても、いいんだろうか。

「うん、田島さん」 はい、花井さんと頷いた彼女は、それじゃあ、とパタパタと消えてしまったのだけれど、花井さん、とよばれた声が頭の中で繰り返し聞こえ、「くー!」とあふれる声を押さえつけるように、俺は干した布団を、バシン! と大きく叩いたのだった。





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2009.02.13