もしドタチンがケータイだったら








「初心者にもおすすめ、どたふぉん……」

私はパッケージに書かれたその言葉を見て、「ほうほう」と頷いた。なにしろこっちは何も知らぬ新参者。初心者向けとかかれたそれに安心気分で頷いて、床の上にちょこんと立ってこっちを見上げているミニチュア真っ黒帽子の青年に、「よろしくー……」 恐る恐る、声をかけてみた。
「おう。よろしく」

ドタチンは、ポケットに手をつっこんで、うん、と頷いた。ちょっと仏頂面だが、フレンドリーな返事がありがたい。前途は洋々だ、と明るい気持ちで付属の説明書を指でめくる。
他のヴァージョンも、一緒に説明が入っているらしい。力持ちなしずおふぉん、すぐに行方不明になるいざやふぉん。この2つを同時に所有は故障の原因となりますとな。
それは気をつけないとね、と頷いて、いや違うぞと私はお目当てのページに目線を落とす。

『どたふぉんは、初心者向けです。メール、電話、ネットにアラーム、その他もろもろ、なんでも真面目にこなします。けれどもときどき不思議なことをします』

不思議ってなんだ。

「まあドタチンくん、私、今まで普通のケータイだったからさ、お互い慣れないことばっかだけど、仲良くしようね」

そう言って、彼の前に手のひらを出した。ドタチンは暫くじっと私を見上げた。そうしてぷいっと不満気に視線を逸らした。初心者におすすめケータイなはずなのに?
慌てて私は説明書を読み返した。

『追記・ドタチンと呼ぶとちょっとだけ怒ります』 

どたふぉんなのに、これいかに。





どたふぉんは真面目である。メモ帳にかりこりと何を書いているかと思えば、今日の予定のまとめであった。「忘れないようにな」と頷きながら丁寧な文字で鉛筆をはしらせる。「あ、ありがとうございます……」

持ち主の私よりも確実に几帳面なドタチンは、メールのチェックも忘れない。瞳を閉じて、じっとあぐらをかいている最中は、新着メールの問い合わせ中である。パチッと彼は瞳を開けた。

「あ、メールきた?」
「おう。ちょっと待て」

よいしょ、よいしょ、とメールを書いて、大きな鉛筆をふうふうさせて、メールの受信完了だ。





そんなふうに気が利くものだから、ドタチンはすぐにバッテリーがなくなる。

『バッテリーは元気度でわかります。バッテリーがなくなるとつかれた顔をします』

持っていた説明書を確認して、「なんと曖昧な……」と思わず眉間に皺がよった。あなたは現在疲れてますか? と問いかけるとか、どこの新興宗教の勧誘だ。どうしたものかな、と思っていれば、そこは初心者向けケータイ。

『ドタチンは疲れると、ため息の数が多くなります』

続いた説明書の文章を見つめて、中年サラリーマンか、と悲しくなった。
ドタチンはと言えば、テーブルの上でどこかを遠く見上げながら、はあ、と長くため息をついている。なんだかごめん。

「ドタチン、省エネモードでいいよ。起動中のアプリでいらないものは削除してくれてもいいんだよ……?」
「わかった」

こく、とドタチンは頷いて、閉じた瞳を開けると、ぐったりとテーブルの上に寝っ転がった。ふいい、と相変わらずため息が重い。
「あとドタチンって呼ぶんじゃねえ」

どれだけアプリを削除中でも、ドタチンワードに反応アプリの優先順位は高いらしい。






ドタチンが本を読んでいた。
リビングのテーブルに置きっぱなしな本に、興味を示したらしい。大きな本の上にのって、一心不乱に文字を見ている。小さな文庫本の上で、ゆらゆらぐらぐら体を動かして、一行ごとに文字を追いながら移動する。そして興味深けに頷きを繰り返している。
(そういや読書が好きとか説明書に書いてあったっけ)

読んだ本を、記憶して、暗唱してくれる電子ブック機能も搭載である。
普通の本でもいいんなら、もうちょっと読ませてみようかなあ、と思ったそのときだ。「うおわ!?」 ぱたん、と本が閉じた。本と本の間に、ドタチンがサンドされた。「うおおおお!?」

危ない危ない、と慌てて救出しようと足を踏み出したとき、なんとか自力で脱出できたドタチンが、本の間から顔だけ出して、なんとも不安定な体勢で、ぼんやりと天井を見上げている。「なんだか布団みてえだな……」 分厚すぎるだろ。

静かに言葉をつぶやく彼の言葉をきいて、助けるべきか、放置すべきか暫く悩んだ。
ときどき不思議なことをします。そんな説明書の文章を思い出して、「ドタチン?」とちょっとだけ声をかけてみた。ドタチンはハッとしたように私を見た。そうして急いで本の間から脱出して、ぷい、とこっちに背中を向けて座り込んだ。

「ドタチン、本読みたいんなら、何か持ってこようか?」
「お、おう」

相変わらずこっちに背中を向けて、ぐい、と黒い帽子をひっぱって赤い顔を隠すドタチンを見つめて、広告にのっていた着せ替え学ランの購入も、ちょっと検討してみようかなあとかなんとか思ったり。



初心者型ケータイのどたふぉんは、照れ屋で気遣い屋ですが、なんとも使いやすいいい子です。