もしラピードがケータイだったら








携帯がよくわからない。そんなあなたにはこちらの携帯。
難しい操作も、システムもなんにもありません。ただし機能は制限されています。お年寄りは小さなお子様におすすめする一品です。


「わふ」

ぱたり、とその携帯は尻尾を動かした。私はビクリと震えた。薄々気づいていたような気がする。でもなんだかみないふりをしていたというか、見かけが可愛かったというか、犬好きな心をプッシュしたというか。

説明書を握りながら、私はちらりとまたその携帯を見下ろした。かしかしと後ろ足で頭をひっかいている。「ああ……っ!」 超かわいい。フンッ、とラピードふぉんは鼻から息を吹き出して、キセルを口にくわえなおした。「何しててもかわいいいいい!!!」 とにかく手のひらサイズのわんこは、くの字の尻尾をひらひらさせて、「わふ」ともう一回返事をした。「あいしてるー!」 抱きしめようとしたら逃げられた。

そんなつれない仕草がたまりませんなあ! とよだれを垂らしながらも、さっきから微妙に気づきつつあった事実に、またソッと目を向けてみた。
「フンッ」
わんこの鼻息ってかわいい。ではなく。


「…………これ、メール機能、使えなくね……?」

鉛筆とか持てなくね?




説明書を読むのは嫌いだ。だから毎回なんとなく、見かけで決める。その中で一番かわいくて獣だったのがラピードふぉんだった。お年寄りと子ども向けなら、操作方法だって簡単だろう。そんな決めつけのもと購入してみたのだけれども、携帯としての機能が排除されまくりな携帯な気がする。


「えええええ、えええええ、ええええ」

さすがに電話はできるよねえ電話は! と、ラピードふぉんを捕まえようとすると、またひらりと腕の隙間から逃げられた。携帯すらもさせてくれぬ様子である。可愛いじゃないか! 「ラピード、きみの使い方って……」 本人(犬?)に問いかけてみようにも、キリリと精悍な青い瞳を向けられるだけで、心と心で通話するにはまだまだちょっとスキルが足らない。気がする。

「ええい、説明書だ説明書……」
苦手なんだけどなあ、とぶつくさ説明書を確認してみたものの、文字が小さくて読めなかったので、パソコンのネットで調べてみた。ラピードふぉんの特徴。メール、電話機能、ともに送信のみ。「いつの時代ですか!?」 一応送信はできるの!?

これはしまったなあ、と頭をひっかいた。返品は難しいにしても、次は機種変えをした方がいいかもしれない。はあー、と溜息をついて、テーブルに頭をつっぷして、髪をひっかいた。そうしてもう一回ラピードを見た。かしかし頭をひっかいている。「かわいい……」 のは認めるけど、携帯としての機能がないってちょっとどうよ。

「いや、機能はあるはず……あるはず……」 じゃないと携帯ショップで打っているわけがない。はず? 「なんだろ、他機能……動画……写メ……音楽……」 どれを考えてもできる気がしない。うーん、とまた深く椅子に座った。そうしてふと顔をあげた。

「ラピード、3ひく2は?」

おすわりをして、じっとこっちを見上げていたラピードが、こくりと首を傾げた。そして、「ワンッ!」 
電卓機能を発見した。






「いやこれ受信はできないっていうか、日本語が受信できないってだけなんじゃ?」
言葉を受け取って理解していても、彼からはこちらに伝えるすべがないというわけだ。付属品であるユーリふぉんを購入すれば、セットで使えるようになるらしいが、もうそれ付属っていうかこっちが付属じゃね? とかつっこんでいる場合ではない。

「えーっと、吠えて意思を伝えることができるんだから、こう、文字にパターンを作れば……」

Aはワンと唸りを一回ずつで、Bはワン、唸り、ワンと言ったようなパターンを作っていけば、なんとかなるような気がする。「えーっとちょっと待てよ、これがこうで、あれがそうで……」 一文字一文字、ローマ字に吠えと唸りの対応表を作ってみた。私の隣では、我関せずと言った顔をするラピードがぐうぐう丸まっておねんねをしている。

「できたー!!」

ローマ字対応表の出来上がりだ。あとは受け取った言葉をローマ字に変換して、この対応表通りに彼に吠えてもらえばいいだけだ。いやいや、我ながらよく思いついたものだ、と汗をぬぐっていたとき、何かに似ていると気づいた。でも何かはわからない。こめかみに指先を置いてみた。トントンツー、トンツーツー。「…………モールス信号かッ!!!!」 前時代への一歩だった。隣でピクッとラピードの耳が動いていた。






最初こそは返品かと思ったものの、こうして馴染んでみると中々楽しいやつである。携帯のくせに携帯されるのを嫌がるものの、なんだかんだと言って、一緒に出かけてくれるし、ポケットの中に入ってくれる、頼もしい相棒だ。「お子様とおじいちゃんおばあちゃん向けケータイなんてねぇ」 本当に、はじめはどうかることかと。

「まあまあ、終わり良ければすべてよし」
なんて鼻歌を歌いながら、バイト帰りにて、ふらふら私は家路についていた。ぽつぽつと、暗い夜道を電灯の明かりが照らしてくれる。ぴーぷーぷー、と下手な口笛をふいて、スキップした。でもちょっとずつ、私は静かになって、歩幅を大きく、足早に歩いた。ぎゅっとカバンの紐を握る。後ろに足音がくっついている。ぽたぽたと嫌な汗が流れた。

人気はない。聞こえる音は、私とその後ろの人の足音だけだ。また足の動きを速めた。でも、後ろの人も速くなった。どきどきと心臓が嫌な音をたてる。「ヒッ」 走った。とうとう、後ろの人も走りはじめた。どんどん音が近くなる。「やっ……!」 誰かに腕をひっぱられた。そのときだ。


「ウーッ、ワンワンワンッ、ワオーンッ!!!!!」
ラピードが、私のポケットの中で吠えた。わっ、と野太い男の人の声がして、一瞬力が緩んだ。その隙に私は逃げた。ラピードはまた吠えていた。勇気がわいた。(お年寄りやお子様向け) そうして、心の中でラピードの宣伝文句を思い出して、すっかり忘れていたお決まりな重要機能が頭をよぎった。

(防犯ブザー!)

ばたばた、とカバンが暴れる音がする。ぐしゃぐしゃになった髪の毛を振り乱して、「うっぎゃー!!!」とラピードと一緒に叫びながら私は帰った。「ラピード、えらいぞー!!!!」 


叫んだ声は、夜の住宅街に、近所迷惑にも響きわたった。
「お前がいて、よかったぞー!!」




勇敢、シンプル、子ども好きなラピードふぉんは、お年寄り、お子様にピッタリだ。