もし臨也がケータイだったら
1
上着のポケットを勢い良く叩いてみた。ぽんぽんぽん、と体全部をチェックして、念のためとズボンのポケットも確認する。慌ててカバンの中を開けてみた。いない。いない。やっぱりいない。おかしいと思った。いやいつものことだった。私は震えた。震えて携帯の名前を叫んだ。
「臨也ーーーーー!!!! どこに行ったー!!!!!」
私のケータイは、よく勝手に行方不明になる。
2
「アッハ、怒った? 怒った? 怒っちゃった? やだなあ携帯にだって自由はあるよ、自由の権利が人間だけだなんて思い上がりだよね、携帯には自由にあるべきだ。自由に生きて自由に充電して自由に奔放に生きる権利があると俺は思うのさ!」
「言いたいことはそれだけか」
数日ぶりに帰っていたイザヤふぉんの首根っこを捕まえながら、私はブチブチと血管を破裂させた。ぷらぷら、と臨也は宙に浮いたまま、短い両手両足をぱたぱた動かしている。「ごめんごめんって!」 軽い調子でまるで悪びれなくへらへら笑う彼を見ていると、両手の中に入れてシャッフルしてやりたくなる気持ちがふつふつと湧いてきたけれどもそういう場合ではない。
とにかく、と私は臨也をテーブルの上に置いた。「あんたがいない数日の間、ものすーーーーっごく困ったんだからね!」 こんなことを言い聞かせたところで、なんの意味もないことはイザヤふぉんとの生活の間にすでに重々承知しているが、一応言わせてもらう。
「ところで俺、今何回自由って言ったかわかるかな?」
「どうでもよいわ」
「6回さ! しかしそう見せかけて7回さ! 問題文も合わせてね! 人間注意深く生きなきゃ駄目だよ俺はケータイだけどね!」
「人の話をお聞き」
基本的に、うちの携帯は話が通じない。通じてるように見せかけて通じてない。行方不明になっている間に一体何をしているのか気になって仕方がないのだけれども、きっちり履歴の削除まで行う周到さには、思わずおでこにデコピンを入れてやりたいところである。「まあいいや。とにかく、メールの受信をチェックして。あーもー、急ぎの用事が入ってたらどうしよう……」 携帯はそろって機嫌屋な奴が多い。送る方も、そう認識してくれていたらありがたい。
「はいはい、ちょっと待ってね。あ、受信チェックって普通のやつ? それともヤフー? グーグル? エキサイト?」
「……どれも登録した覚えがないのですが」
「あ、ごめん。こないだ使ったときの、そのままにしたままだった」
てへぺろ、と額をコツンした臨也を、片手ですっと持ち上げた。「ん?」「…………勝手に、フリーメールを! 登録! するなー!!!! っていうか何に使ったー!?」両手の中に閉じ込めて、思いっきりシャッフルしてやった。
全体的に、行動が怪しいのがイザヤふぉんの特徴である。
3
上着のもふもふフードを揺らしながら、臨也は楽しげに首を揺らしていた。テーブルの上に肘をのせながら寝っ転がって、英単語をつぶやいていく。
「cover」
「覆う」
「require」
「必要とする」
「struggle」
「あっは、もがき苦しむ」
「嬉しげにいわんでいい」
っていうか今誰のこと想像した。
私はコトコト問題集にシャープペンのお尻をおいて、「辞書機能はもういいよ」と臨也に声をかけた。「あれ? もう終わり?」「うん、終わり。ありがとう」 頭の中には大量の辞書がボリュームたっぷりに登載されています! パッケージにはそう書かれていたものの、今のところ宿題の単語チェックくらいしか使う機会がないのは申し訳無いところである。
「俺としてはもう少しと勉強してみたいね。君が俺という便利な辞書を使用することで怠惰にまみれて堕落していく姿にはちょっとばかし興味があるような気がしないでもないかな?」
「よし、デコピンするね」
デコピンを入れられた頭を押さえながら、臨也はうん? と首を傾げた。「ぴーーー」「えっ」「ぴーーーーー」「ええっ」 壊れた? と慌てて臨也のフードを持ち上げて、宙にうかせて振っていた。「こらこらこら、何するのさ」「ああ、びっくりした」
一体今のは一体何? と私は臨也を宙ぶらりんにしたまま問いかけた。基本的に、私達の会話はこのポーズである。「いや、この間説明書を見たら、エロい単語は規制されるって書いてたから試しにつぶやいてみたってだけなんだけど」 なんだかつまらないねこれ、とぼやける臨也を私は無言でシャッフルした。お前エロい単語を唐突につぶやいてたんかい。
4
でかくなるアプリというのは、中々に便利である。小さければ、ふらふらどこぞに消えてしまう臨也だが、これだけ大きいならば、存在の認知が行い易い。「、そろそろ動きたいんだけど」「アウト一発。枕がないので」 そのまましばらく人間もとい、携帯枕をお願いします、とソファーの上で臨也の膝に寝っ転がって、雑誌をぴらぴらめくってみた。
「お」
「なに?」
「臨也に妹ふぉんができるんだって。片方はメール送信が一文字しかできなくて、もう一個は単語を一個入れると大量に別の単語も付属しちゃうらしい」
「なにそれ?」
なんでそんなことになっちゃったの、と呆れた声を出す彼の膝の上で、ごろりと位置を替えてみた。「製作段階でくじびきで決めたらしい」「適当だね」 あーあー、と臨也はあくびをした。暇をしているらしい。それからピラピラ雑誌をめくり続けた。「ねえ」 おうよう、と鈍い声で返事をした。「せっかくでかいし、暇だし。俺とぴーーーーーしない?」「規制音規制音」
残念全く聞こえないので、と雑誌をめくると、あちゃー、と臨也はぺしんと自分のおでこを叩いた。そろそろ、ご飯の時間かもしれない。