もしイオンがケータイだったら







「こっ……」

私はパクパクと口を開けて叫んだ。それから両手を前に出した。彼女はさぞ不思議そうな顔をして、んん? と楽しげに足を揺らしている。「あ、だー」 おおーい、とパタパタ彼女が腕を振るたびに、私は不安で仕方がない。あ、あ、あっ、と両手を伸ばして、彼女の下をぐるぐるした。

「こ、こらあー!!! 降りてきなさーい!!」
「うん? なんで? 高いところは気持ちいーよねー」
「気持ちよくなあーい!」

台所の換気扇の上にちょんとひっかかって、イオンは座っている。気づくとイオンは高いところにいる。白い首筋が見える金髪を嬉しげに揺らして、「ふはあ」と一服つくような声を出したあと、ようし、と彼女は立ち上がった。ひい、と私は飛び上がった。「そっちに行くねー、うけとめてー!」「う、う、うけとめ!?」


ぽーん、と彼女が飛び出すと同時に、私は必死に両手を出した。「ぎゃああーーーー!!!」 イオンがこわれるうー!!!








またあそこの家の人ったら暴れてる。近所の人にそう思われているんじゃないだろうかと心配になりながら、私は無言でお腹を押さえた。「大丈夫? 。ごめんねー」 ひらり、と私の後頭部に見事に着地したイオンはともかく、私はと言えば見事に腹からコンロに激突した。

「今度からの上には着地しないようにするからね」
「まずは高いところに登らないって約束してほしいなあ……」

どうせ言っても無駄だということはわかっているので、ただの定例の愚痴である。「というか、イオン、頭に落ちるとき、二回バウンドしなかった?」「してないよ?」 気のせいだろうか。たすたす、とやられた頭を撫でながら、はーあ、と溜息をつくと、イオンはパッと顔を上げた。

「おなかへったー!」
体がちっちゃいからか、燃費が悪い。なんでも美味しくぽくぽくほっぺを膨らます。「チョコは二個まで」「五個!」「四個」「さんこー!!」 ぶるぶる両手を伸ばして右手を二本、左手に一本指を立たせるイオンを見て、ふほー、と短く息をついた。

「三個ね」
「うわあーい!」

慣れた動きでぴょんぴょん台所を飛び跳ねて、自分の頭くらいに大きなチョコ型バッテリーを、とんとんとん、と頭に三個のせて、とてとてと消えていく。きっとお気に入りの場所でひなたぼっこをしつつ、おやつと洒落こむのだろう。(まあいいけどね) あーあ、とため息をついて、気まぐれにゃんこみたいな、食欲満点イオンふぉんの背中を見つめた。

うちのケータイは、常に花丸、元気いっぱいである。





「イオンってさあ、ちょこまか動くからバッテリーがすぐになくなっちゃうんじゃない?」
「そっかなあ」
「そうそう」

たまにはまったり待機モードなんていかがでしょうか、と女二人、机に向かって提案してみると、「んん」とイオンは口元に小さな指をあてて、どんぐりみたいな目をぱちぱちした。「待機モード? 頑張ればできるよ」「それじゃあよろしく」 お勉強している間、お姫様みたいに可愛らしく座っててくださいな、という言葉は、説明書に書いてあった、“一応”とある国の公女様で、お姫様である、と書かれていたので、多分あんまり間違ってない。


「まっしろーなくーもーふわふわ♪」
「浮かんじゃうくらいあまーいー♪」
「ほとりでーミーラークールー♪」


「……イオン……」
「お、はな! ……ん?」

ポキッとシャープペンシルのシンが折れた。「待機できてないよ! かわいいけど待機ができてないよ!!!」「えー、先生にも合格もらったダンスなんだけどなあ」 あとは私、騎士ステップしか踏めないよ、とぷっくりさせているほっぺをぐにぐにしてみた。「ふぐぐぐぐ」
そもそも待機をするって概念を、彼女はご理解いただけているのだろうか。







このところ、電気の使用料がちょっとおかしい。別にエアコンも暖房をつけっぱなしというわけでもなく、至って普通の一人暮らし、いや、イオンとふたり暮らしの日々である。「んん……ケータイって、結構電気を使うからかなあ」 うちのイオンはバッテリーの容量は小さいけど、その分充電時間は短くて住んでいるはずなのに、変な話だ。

「なんでだろうなあ……」

まるで、誰か別の人が家の中にいて、勝手に電気を使っているみたいだ。まさかそんな、と笑ったとき、私はずるりと階段から足を滑らせた。「へっ」 ふぎゃっ、と慌てて手すりをつかむ間もない。「ひぎゃあ!」 叫んだのは頭の中だ。ぶるぶると小さくなって襲いくる痛みを待っていたのに、いつまで経ってもなにもない。「……ん?」

見覚えのない男の人が、ぎゅっと私を抱きしめていた。「…………ん?」 目が会った。ような気がした。でも彼は視線を隠す、大きなゴーグルをかけていたものだから、実際のところはちょっとよくわからない。「大丈夫ですか」 小さな声だ。「ああ、はい」 とりあえずコクコク頷いた。いつの間にか男の人は消えていた。

「ええー」


ええええー、と私は廊下に両手をついて、呆然とした。






「あ、それ六甲だよ」

あんまりにも当たり前に、かりかりメールを受信しながらイオンが言うものだから、「ふへ」とまた変な声が出てしまった。「誰それ?」「んー、私の弟……みたいな?」 いやどう考えてもイオンの方が下だろう、という言葉は飲み込んでおいた。うううん? と本人も悩んでいるので、深く突っ込まないことにしよう。

相変わらず、イオンは一人で勝手に高いところに消えてしまう。
ふと、さすさす、と頭を撫でた。二人分の着地の音は、とすとす頭の上に響いていた。六甲という携帯は、一人勝手に隠れて、イオンを、ついでに私を守ってくれているらしい。




「イオンー、六甲くんはどこにいるの?」
「今日はお兄のとこだから、いないみたいー」
「えっ、いるときといないときがあるの」

ふーん、と私はコーヒーを飲んで、くるくるダンスの動画再生をしてくれているイオンを見ながら肘をついた。「つまんないね」「なんかいった?」
別になんでも、とゴーグル男子を思い出して、苦ったいコーヒーに、あちち、と舌を出して、今度は一気飲みした。

「う、うぼうおあちち」
「……、一体なにしてるの?」