Dona Dona

すぱげってぃー

がしゃがしゃがしゃ。案外皿洗いというものは奥が深いものだな、と今更ながらに気づいた。手を泡だらけにさせているのに、どんどんと汚れたお皿がたまっていく。
つまりは回転数を多くしなければならないと分かってはいるのだけれど、やっぱり駄目だとため息をついていたとき、私と同じコックコートを着た男の人が、隣に立って、マネをしなさいというように、ちょいちょいと手元を人差し指で指した。

何十にも重ねられたお皿をその人は洗い場に並べていて、何で水の中でためておくんだろう、と見た後に、ざーっと持ち上げる。

「あ、すごい」

一枚一枚持つよりも、とっても効率がいいな、とひびわれた手のひらでパチパチ拍手を打つと、その人もにっこりと笑って、私の背中をバシンと叩く。
まるで次から頑張れよ、といわれてるみたいで、ちょっと嬉しかった。


ー」

ふいに聞き覚えのある声が耳に響いて、鉄格子のように食堂と割いている空間へと目を向けた。予想通りに、オレンジ色で、ツンツンとした髪の毛の青年が、パタパタと手を振っていた。私も「らびさん!」
おいでおいで、と手のひらをくいっ、と上へとあげる仕草をする彼を見て、どうしようかと見事な筋肉で、フライパンをぶんぶん振り回すじぇりーさんへと振り返った。いいわよ問題なし! とでもいいたげに、うんうんと何度も頷く彼女(彼?)に、同じく私もうんうん頷いて、鉄格子の向こうへと、キリキリ重い音をたてながら、扉を開いた。
彼女の名前は、らびさんの教えて貰ったのだ。



「らび、さん!」

はっ、と少しだけ息を乱しながら、彼を見詰めると、右目にしている眼帯の、反対側の瞳がきゅるん、と動いて、NOと呟いた。えと、違う。なにが、と左と右をきょろきょろ視線を動かしながら、「ラビさん!」

よくできました! といいながら、私の頭をくしゃりと撫でた。そんな事をいえば、私の名前も、じゃなくて、なんだけれど、まぁいいか、と嬉しい気分になってしまう。
ラビさんはおいでおいでと私の手のひらをひっぱって、さっきまで私が居た場所へと向かって、じぇりー、違う、ジェリーさんに声を掛けた。多分、ラビさんは私を子どもか何かだと勘違いしている気がする。

彼がジェリーさんに掛けた言葉は、早口でなんとなく聞き取り辛くて、うう、と頭を痛くさせていると、ラビさんが、「何ていった?」と訊いてくる。くるくると頭の中で、発音を思い返して、「すぱげってぃー!」
正解、とまた頭を撫でられると、ほわんとしてやっぱり嬉しい。
とっても仕事が早く、さっ、とできあがったものを渡してくれたジェリーさんにしっかりとお礼をいって、頭を下げる。他の人にすると、どこか妙な顔をするけれど、ジェリーさん違う。もしかしたら、中国かどこかにいた人かもしれないな、と彼女の背中に大きく書かれた「愛」という文字を見て、思った。

ラビさんは二つのトレイを持ちながら、さかさかと歩いた。これじゃあいけない、と「持ちます!」と手を出せば、んん? と彼はわざとらしく首を傾げる。
ああ、持ちますって、英語でどういうんだっけ、と頭の中をぐるぐるさせながら、もう一回、日本語で「持ちます!」と私は叫ぶ。
カラカラ明るい声で笑いながら、またラビさんは、「んー?」と首を傾げた。


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2008.09.02



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