| さんが、いつもの時間帯にいなかった。 日番谷視点で、第5話 ボーイ、考える 間違いか。そんな事を思ったけれども、一日経っても、二日経っても、それどころか一週間経っても、あのコンビニで彼女と会う事はなかった(いや会うというか俺が会いに行ってるというか) それが一ヶ月も過ぎたとき、俺の頭の中には、「合計で562円になります」という彼女の声がぐるぐる響く。いらっしゃいませ。ありがとうございました。 にっこり微笑んだ彼女の顔を思い出して(いやもちろん営業スマイルというやつで、俺に向かって微笑んだんじゃない事は分かっている)一人で、「あああああ」 ガリガリと頭をひっかく音が、部屋の中でよく響いた。当たり前だ。俺は客で、彼女は店員で。それ以上でも、それ以下でもなくて。ああ、とても、当たり前だ。 (………今更かよ、俺) 涙が出そうだ。 これを機に、という程大人でもないし、諦めきれないとがむしゃらに通うほどガキじゃない。結局どっちつかずなこの状況に、妙なプライドが邪魔をする。 (ちくしょうめ) ガツンと叩いた机は、ほんの少し揺れた。その後に無駄にしんとした空気に、ぐ、と唇を噛みしめたくなる。いいや噛みしめた。きっかけが欲しかった。ケジメが欲しかった。こんな中途半端に終わるくらいなら、そうだ、いっそ、「シロちゃんシロちゃんお買い物行くんだけど一緒に行かない?」「なんでそこで俺を誘うんだ!」 ていうかお前家帰れ! それから帰ってきた雛森が、「スーパーでコンビニのお姉さんに会ったよ」といわれたとき、例え誘われた理由が荷物持ちだったのだとしても、素直に行くべきだったと死ぬほど後悔した(ちくしょうなんで俺じゃなくて雛森なんだ)(神様俺のことキライだろ!) ちくしょうめ! と頭を抱えた俺を、雛森は随分嬉しそうににやにやと口元を動かしている。なぜだか背筋がぞわりと来て、「なんだよ」「べっつに〜」 さっさと出て行って家に帰れ! といつも通りな俺に、「え、イヤ」 けんもほろろに出された言葉に、いいよもういいよお前が出て行かないなら俺が出て行ってやる!(俺の家だけどな!) 「やっだシロちゃんどこいくの」 「さぁな」 「またコンビニ?」 「………どうでもいいだろそんなこと」 「私さんのシフトの時間訊いてきたけど」 「………(なんだいきなりこいつ)」 「それでもどうでもいいのー?」 にやにや。にやにや。 あまりにもな擬態語が、俺の耳に聞こえてきそうだ。おそらく。まぁ多分だが、きっと今の俺はマヌケなぐらい口をパクパクとさせて、そうする度に、雛森がまた、嬉しそうな顔をして、「シロちゃん、今度こそ一緒に行こうか、お買い物」 無駄に上がり調子なその語尾に、一瞬殺意を覚えた(でも微妙に感謝してやるよこのヤロウ!) 随分上機嫌な雛森を背に、慣れた音を響かせて、ウィイイン、とドアが開く音がする。いつも通り「いらっしゃいませー」という声が聞こえて、その声に、無駄にどくんと心臓が飛び跳ねた(なんたって一ヶ月ぶりだかんな!) さんに、雛森が慣れ慣れしく声を掛けてるのが無駄に気になるが、落ち着け俺、死ぬ気で落ち着け、本気で落ち着け。 右手と右足を同時に出しつつ、文房具コーナーで、本気で視線をふらふらとさせてしまった。いいやさんが俺を見ている訳なんてないが、いつまでもじっと文房具を見詰めているなんて思われたら、明らかに俺変なヤツだ。なので俺は、「もう目的のものは決まっていますよ」的な感じで即座に商品をつかんでレジに持って行かなければならないそうだ俺! 下手をするとカタカタ震えてしまいそうな手を、ぎゅ、と筋肉で押さえつけて、もう何をレジに出しているのか分からないような半分混乱状態で財布に手を伸ばした。……妙なものを出してませんように!(なんたって一ヶ月ぶりだからな!) ピッ、と、バーコードの音が聞こえたとき、小さく、声が、 「彼女さん、かわいいですね」 とかいえたら苦労しない。いいやそうじゃなく、彼女って誰だろうか。今この場で女性といえるべき存在は、さんただ一人だ。敢えていうなら、雑誌の立ち読みコーナーで一人中年の女性がいるけれども、まさかその人な訳がない。(彼女って、だれ、ですか) 半分うつむきがちだった俺は、ちらりと彼女を見ると、さんも、ちらりと妙な方向を見た。その先には、「シロちゃんまだー?」とかこらえ性のない女がひとり。(ああ、そういえばもう一人いたな) その瞬間、がっ、と頭の中が暗くなって、いやいやいや違いますからさん、まさかまさか、こんなのがそんなんじゃないですからという意味を込めて、「別に」ホントに違いますんで。 さんから受け取ったレシートを、どうしたらいいか一瞬分かりかねて(なんてったって一ヶ月・略)もったいないけどコンビニのレシート入れの中に入れておいた。あんまりにも焦っていた所為か、ぐちゃりと手の中でくずれてしまったそれを見て、(ああ、記念にとっときゃよかった)とか思う俺は本当に最低だと思う。 ふつふつと溢れるような感情に、ぐ、と唇を噛んだ。気がついたらゆるみそうになる頬に力を入れて、「雛森、帰るぞ」 だっておいおい、俺今日、初めてさんと会話した。たった一言か、少ししかねぇけど、会話したんだ。 「シロちゃんがんばんな」 ぱんっ、と力強く叩かれた感覚は、なんだかとても妙な気分になったのだ。 (きっと明日、紅葉柄になっているに違いない) 1000のお題 【621 後悔先に立たず】 TOP 2008.03.18 |