第20話  あつくなって、まいりました





(…………あれ、今原作でどれくらいなんだろ?)


私はぼんやりと座り込みながら、椅子の上でバタバタと足を動かした。頬杖をついた手をじりじりと動かして、ぼんやりと教室を後ろから見つめる。ロンシャンがいる、ということは、季節が一巡りして、二年生にあがった後ということだ。というか、そんなことは自分が二年生ということで分かる。(……そもそも、原作とか、そういう価値観、あるのかな)

今のところ、自分はそんな事件には巻き込まれていない。「んんん」 黒曜編なんかに入っていれば、また面倒なことになるぞ、と口元をぶうぶうさせてみたけれど、ものすごく私の思考は今更かもしれない。というか、最初に考えておくべきことだったかも。
(まあ、今までぼんやり過ごして問題なかったんだから、大丈夫かなあ)

どうなんだろうなー、とえいえい首を動かし、そうだ、と私はポコンっと手のひらを打った。(沢田の様子を、もっとじっくり観察したらいい) 自分に覚えのある事件が起これば、それは原作中ということになる。分かってどうにかなるというものでもないけれど、気になるものは気になる。

ようし、そうしよう、と思った瞬間、教卓に立った担任が、「よーし、それじゃあ」とパンパン、と日誌を叩いた。

「明日からは夏休みだけど、みんな、はめを外すんじゃないぞー」



「……………」
みーん、みんみんみーん

外では、ミンミンゼミが元気に存在を主張していた。






京子ちゃん達が沢田達を海に誘っている様をぼんやりと横目で見ながら、そうか……夏休みか……そうか……と私は静かに自分の荷物をまとめた。京子ちゃんと沢田達が海に行く、確かそんなイベントが原作にあったような気がする。記憶が正しければ、6巻だが、7巻だかそこら辺だ。
なるほど原作中ということかー、と疑問は解けたものの、別にそこまで気になることでもなかった。そんなことよりもと私は静かに自分のロッカー前に佇み、ぎゅうぎゅうに敷き詰まった荷物達を見つめ、計画性と言う言葉の大切さを理解した。

「……、持ってやろうか?」と、私と同じく大荷物を抱えた山本に声をかけられ、自身の罪を重くこの体に受け止めてみせると首を振りながら、私はずしずし一歩を踏みしめた。だいたい外観要素のイメージはというと、巨神兵あたりである。腐ってやがる。女子として死んでる。



「アーッ、アーッ、アーッ、アーッ、くーらーっ!」 ズザーッと部屋に滑りこむように入り、クーラーのスイッチを探した。ピッとボタンを押してそわそわバタバタ床の上で暴れてみたものの、そう素早く涼しくなるものでもない。この間が辛い。
やっとこさ効き始めた涼しい風の中でごろごろと転がり、はー……と長い息を吐き出した。「クーラーに、くらくーらー……」 そんなボケを呟く余裕すら生まれてきた。

とりあえず私の夏休みの予定はと言うと、クーラーの下でぼんやりしながら日々を過ごすというつもりであった。のだけれど。


   ***


「恭弥先輩、ちょっと暑いんですが」
「じゃあ脱いだら」
「Tシャツ脱いだらただの痴女になるじゃないですか!?」

どうしろと言うのだ。
この私の当たり前の主張に、恭弥くんはなるほどというように頷き、そのまま無視して私の隣にくっつきながら、ポチッとテレビのスイッチを変えた。相変わらずテレビを見るとご飯を食べるくらいにしかうちに来ないとは、どんな倦怠カップルだ。「ご飯作りましょうか」「まだ減ってない」 夏休みだというのに、相変わらず制服のままだけれども、帰宅した後も制服なのだから、別に変なのは変わりないかな、と勝手に納得した。

「先輩、学校行かないんですが」「今日は日曜日だけど」「……えー……」 
さっそく曜日の感覚が死んできた。というか、夏休みなのだから日曜日とか関係ない気がするけど、いちいち突っ込んでたらきりがない。

そうですかあそうですかあ、じゃあお弁当は明日ですねえ、と熱っ苦しい隣の少年を見ないふりをしながら呟くと、丁度テレビにざざんと広がる海が見えた。生中継らしく、レポーターの女の人が、何やら明るい声でビーチの宣伝をしている。

(夏だなー)
でも私はクーラーがきいた部屋で、ぼんやりしてる方がいいなー、と隣の恭弥くんに声をかけようとした。けれども恭弥くんはじっと画面を見つめたまま微動だにしない。「あれ、恭弥くん、もしかして」 海行きたい? 「噛み殺さないとな」「ん!? あ、人ごみ!?」

テレビ越しでもアウトですか!? と慌てて画面を見つめれば、見覚えのあるツンツン頭の少年やら何やらが映っている。(沢田―ッ!!!) タイミングの悪さは天下一品であった。

すっく、と立ち上がった恭弥くんに私は思わずしがみついた。そうした後で、しまったと滝汗を流した。子どもの頃の恭弥くんといくら変わらないとは言え、相手は天下に名を轟かせる風紀委員長である。殴られる。もっと言うのであれば、ボコられる。「恭弥くん!!!」 私は間を持たせんばかりに叫んだ。「真夏のビーチに制服は、超暑いよ!!!!」 言わなきゃよかったと後悔した。

私は無言で震えながら審判の時を待った。けれども特になんの反応もなく、恭弥くんは静かに突っ立っている。ちらり、と顔を上げた。恭弥くんはじっと考えるように前を向いていた。そうしてずるずると私をひっぱったままソファーの上に座り直した。同じく、隣で丸くなった。

あいかわらず、テレビではぎゃーぎゃーと騒ぐ中学生たちが端っこの方で映っている。こんな理由でも別によかったのか……と私は腕組をしながらぼんやり画面を見つめる風紀委員長を見つめて、やっぱり暑いのは嫌だよねぇ、と妙な親近感を持ちながら、クーラーの温度を一度調節した。
どうでもいいけど、さっき間違えて恭弥くんって呼んじゃったな、と考えたら、別にいつものことなはずなのに、なんとなく恥ずかしくなった。




  


2012/07/09